四国ペンギンズ
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香川マラソン2026
第1回 香川マラソン
2026年3月15、香川県高松市において第1回香川マラソンが開催された。
香川マラソンは、高松市で開催される初めてのフルマラソンだ。
いまどき、全国のほとんどの都道府県では、主に県庁所在地においてフルマラソンが開催されている。県庁所在地でフルマラソンが無い県は珍しい。
四国各県を見ても、他の3県は以前から県庁所在地においてフルマラソンが開催されてきた。
ところが、香川県は全国から有力選手が集まる丸亀ハーフマラソンというとても有名なハーフマラソン大会があるため、フルマラソンを開催しようという機運が乏しかった。
私の個人的な考えとしては、丸亀ハーフマラソンの距離を延ばしてフルマラソンにすれば良いだけじゃん、って前々から、思ってた。
折り返し点を今の坂出から国分寺まで延ばせば済む事だ。途中に坂も無いし、とても走りやすいコースだと思う。
でも、どういう事情があるのかは知らないが、この度、丸亀マラソンとは別に、高松市に遅ればせながらフルマラソンができたって訳だ。
近年の異常なマラソンブームを背景に、全国的にマラソン大会が次々にできていたのはコロナのバカ騒ぎの前だ。
コロナのバカ騒ぎが落ち着いた今、マラソンブームもだいぶ落ち着いてきたような印象なので、なぜ今頃になって香川マラソンができたのかイマイチ釈然とはしない。ちょっとタイミングがズレているような気がしないでもない。
去年、高松のサンポート地区に巨大なアリーナが完成したため、そこを会場としてフルマラソン大会が始まる事になったのは事実だが、アリーナができたからフルマラソン大会もできたってのも釈然としない。
香川マラソンについては、「香川県初の市民フルマラソン」なんて謳い文句が流布されているが、これは嘘だ。大間違いだ。
香川県には46年も前の1980年から続いている瀬戸内海タートルマラソンていう立派なフルマラソン大会がある。私が初めて出たマラソン大会はこの瀬戸内海タートルマラソンなので、とても愛着がある。
(ピッグ)「その割りには最近出てませんよね」
(幹事長)「開催時期が11月から1月に変わったからなあ」
愛着ある瀬戸内海タートルマラソンだが、開催時期が寒くもなく暑くもない快適な11月から寒い寒い1月に変わったので、もう出る気はしない。
とは言え、この由緒ある大会を無視して香川マラソンが香川県初のフルマラソンだなんて言うのは許せない気持ちがある。
(ピッグ)「最初から否定的な意見ですね」
(幹事長)「なんだか釈然としないのよ」
また、香川マラソンができた事によって、我々が愛してやまなかった庵治マラソンが廃止になったのも悲しい。
香川マラソンは大きなフルマラソン大会なので、大勢のスタッフが必要だし、多額の経費もかかるだろう。その影響で庵治マラソンが吹っ飛んだんだと思う。
(幹事長)「でも、香川マラソンの経費に比べたら庵治マラソンの経費なんて誤差みたいなもんだよなあ」
(支部長)「批判的な人がおるんやろなあ」
庵治マラソンを廃止したって、香川マラソンの巨額の赤字の補填には程遠いはずだ。でも、マラソンに関心の無い人にとっては、高松市で2つもマラソン大会を開催するのは無駄遣いに見えるのかもしれない。
と色々と批判的な事を書いてきたが、地元高松市においてフルマラソン大会が開催されるのは嬉しいのは間違いない。
なんと言っても移動が楽だ。自宅から電車か自転車で会場まで行ける。素晴らしく便利だ。
〜 コース 〜
香川マラソンのコースは、海のそばの高松サンポート地区にできたアリーナ香川を出発し、中央通りを南に進む。
5kmほど走ったら上天神の交差点に来るので、そこをいったん右(西)に折れて少し走り、すぐまた左(南)に折れて琴平街道(国道32号線)に入る。
32号線を12kmほど走ったらスタート地点から17km過ぎの所に第1折り返し点がある。イオンモール綾川の近くだ。
第1折り返し点で折り返して32号線を戻り、10km足らず走って香東川に架かる成合大橋の手前で左(北)に折れて香東川に沿って北上する。
途中、国道11号線を横切るところから自転車道に入るなどして北上を続けるんだけど、なぜか哲ちゃんちの辺りで急角度で左(南)に折れてしばらく進む。
(哲)「なんであんな所で折れるのよ。おかげでうちの近所は長時間、車が通れないのよ!」
(幹事長)「哲ちゃんの都合はどうでもええが、本当におかしなコースやなあ」
南に向かって2kmほど走ったら第2折り返し点があるので、すぐに折り返して来た道を北上する。
再び香東川に沿って北上を続け、旧国道11号線(今は県道33号線)まで来たら右(東)に折れ、途中、左折したり右折したりしながら中央通りに戻る。
中央通りに戻ったら、そのままアリーナ香川にゴールするのかと思ったら、なぜか浜街道を左(西)に折れて1kmほど走り、第3折り返し点で折り返して戻ってくる。
再び中央通りに戻ってきたら左(北)に折れて、今度こそはアリーナ香川に駆け込んでゴールだ。
どうして、このようなややこしいコースにしたんだろう。
不可解な地点は2つある。
1つ目は哲ちゃんちの近所で、北に向かっていたのに突然南に鋭角に折れ、2kmほど走ってすぐまた戻ってくる所だ。
2つ目はゴール間際になって西に向かって1kmほど走ってすぐまた戻ってくる所だ。
そこにスカイツリーだとか通天閣のような見どころがあるのなら分かるが、どちらも何も無い所だ。なんでわざわざ行って帰ってくるのか分からない。
(支部長)「距離を稼ぐためやろ」
(幹事長)「他には考えられんけど、それにしても不可解だ」
42kmを確保するためややこしい順路にしているんだろうけど、それだったメインの第1折り返し点を先へ延ばせば済む事だ。
イオンモール綾川の近くに設定している第1折り返し点を3km延ばせば、第2折り返し点も第3折り返し点も不要だ。どっちもそのまままっすぐ進めば済む。
わざわざこのようなおかしなコースにしている理由が分からない。
(幹事長)「絶対に何か事情があるんやろなあ」
(支部長)「走ってみたら謎が解けるかも」
コースの謳い文句としては「市街地から田園、里山へ―次々と広がる香川の美景」だ。
「新しく完成したウォーターフロントのアリーナをスタート地点として、街の中を抜け、田園地帯を通り、里山ののどかな自然を感じながら折り返し、再び美しい瀬戸内海を目指します。コースを走り抜けることで、香川らしい景色をたっぷり楽しむことができます」との事なのだ。
しかし、私は地元だし、よく走るコースなので知っているが、そななうまげなコースではない。街中を抜けた後は、単調な田舎の道だ。景色を楽しめるようなコースではない。
また「起伏が少なく、比較的フラットなコースとなっており、どんなランナーにも走りやすい設計になっています」との事だが、これも嘘だ。
スタート地点から12kmほど走ったところに大きな坂があり、第1折り返し点で折り返して戻ってきた時も同じ坂を通る。なので、コース上には大きな坂が2つある。
決してフラットなコースではない。
(ピッグ)「相変わらず否定的な意見ですね」
(幹事長)「本当におかしなコースだよ。私が設定したら、もっと素晴らしいコースにできるのに」
私が独裁者なら、浜街道をコースにする。
アリーナ香川を出て浜街道を西に向かって生島の辺りまで走れば片道10kmほどだ。また東に向かって志度の辺りまで走れば片道10kmほどだ。
なので、この2地点を往復すれば42kmは確保できる。ほとんど坂の無いフラットなコースだし、終始、海が見える景色の良いコースだ。
また、交通規制の観点から言っても、このコースの方が優れている。
香川マラソンのコースは、サンポートから綾川まで南北に続いているため、マラソン開催中は高松の東と西の交通が完全に遮断される。迂回路は高速道路くらいだ。
でも、浜街道をコースにすればこういう問題は起きない。
(幹事長)「どやろ?」
(支部長)「だから何か裏事情があるんやってば」
〜 エントリー 〜
香川マラソンのエントリーは香川県民優先枠が9月16日の正午に始まった。
地元の人の優先枠ってのは、最近のマラソン大会ではよくある枠組みだ。
東京マラソンのように、応募者が多くて一般枠のエントリーではなかなか当選できないっていうような人気の大会なら、地元民を優先する枠があるのは理解できる。マラソン大会は地元の理解が無いと成り立たないからだ。
ただ、多くのマラソン大会においては、一般枠もすぐにはいっぱいにならない。なので、わざわざ地元民の優先枠何て作らなくても構わないように思える。
香川マラソンだって同じだろうと思っていた。わざわざ県民優先枠なんて設定したところで、なかなか埋まらないんじゃないかって思ってた。
なので、慌ててエントリーを急ぐつもりは全く無かった。
でも、D木谷さんや長谷選手や倉石選手や支部長が、受付開始と同時に次々と「エントリーしました」というラインを入れてきたので、ほな私もエントリーしようか、って思ってエントリーした。時刻は13時過ぎだった。
ランネットは全然混雑しておらず、普通にスムーズにエントリーできた。全く急ぐ必要は無かったと思った。そんなもんだろうと思った。
ところが、なんと、14時過ぎになってピッグから恐ろしい連絡が来た。
(ピッグ)「今、香川県民枠でエントリーしようとしたら既に締め切られていました!」
県の発表によると、なんと1時間半程度で定員いっぱいになったんだそうだ。
一体どういう事?何が起きたの?ちょっと信じられない。
確かに、県民枠は定員が2000人なので、定員いっぱいなるのは時間の問題ではあった。それでもせめて2〜3日はもつと思っていた。驚きだ。
でも、県民枠がいっぱいになっても一般枠がある。一般枠は定員が7200人もある。なので、こちらは余裕で大丈夫だろうと思った。
一般枠のエントリーは10月6日の正午に始まった。
そして、今度は高知のおんちゃんから悲鳴があがった。
(おんちゃん)「ランネットが大混雑でアクセスできない!」
ほんまかいな!?って事で試しにアクセスしようとしてみたが、確かに大混雑でランネットに入っていけない。
そして13時半過ぎに定員いっぱいにより締め切りになってしまった。
県の発表によると、なんと今回も1時間半程度で定員いっぱいになったそうだ。
一体どういう事?何が起きたの?ちょっと信じられない。
ふるさと納税枠(定員500人)ってのはまだ空いているようだが、5万円も寄付しないといけないので、ちょっと高すぎる。
海外在住者枠(定員300人)てのもあるが、我々には全く無関係だ。
また、同時に募集していたファンラン(3km、1km)も1時間以内で全て定員に達したそうだ。
一体、どうしてこんなに人気が出たんだろう?全国的にも有名で有力選手がこぞって参加する丸亀マラソンも定員は同じく1万人程度だが、ここまであっという間に定員いっぱいにはならない。
一体、どういう事だろう?
似たような時期に開催される徳島マラソンや高知マラソンは、追加募集してもなかなか定員を確保できない。一体、何が違うんだろう?
高知マラソンは行くのがちょっと不便なので分からないでもない。早起きして自家用車で行かない限り、前日から行かないと無理だ。JR高知駅からは遠くて歩いて行けないし、スタート時刻が9時だからだ。
しかも、自家用車で行ったら車を停める場所が無くてとても困る。(もちろんそれでも我々は当日の早朝に車を飛ばして行く)
徳島マラソンは高知よりは少しマシなイメージがあるが、実は高松からでも早起きして自家用車で行かない限り、前日から行かないと無理だ。JRでは始発便に乗っても間に合わないのだ。JR徳島駅からは遠くて歩いて行けないし、スタート時刻が9時だからだ。
しかも、自家用車で行ったら遠く離れた臨時駐車場に車を停めさされる。(もちろんそれでも我々は当日の早朝に車を飛ばして行く)
その点、香川マラソンはスタートが10時で、9時45分までに整列すればいいので、JR高松駅に9時過ぎに到着しても問題ない。これなら高知や徳島や松山からでも楽勝で来られる。岡山からでも8時頃に出たら間に合うから、本州からも来やすい。
このようなアクセスの良さが人気の違いなのかもしれない。
もちろん、小豆島で開催されてきた瀬戸内海タートルマラソンを除けば、香川県で初めて開催される本格的なフルマラソンという事で香川県民の関心と人気も高いのだろう。
それにしても、私としては想定外の異常なまでの過熱ぶりだ。
後から考えれば、割りと早めにエントリーして良かった。
て事で、無事エントリーできたのは幹事長、支部長、D木谷さん、のらちゃん、長谷選手、倉石選手、木村選手、加藤選手の8人だ。
ゾウさんはボランティアで参加するそうだ。
(幹事長)「1週間前に名古屋ウィメンズマラソンに出たばかりだから、2週続けてフルマラソンってのは無謀だよね」
(のら)「どき!」
ゾウさんとのらちゃんは先週の名古屋ウィメンズマラソンに出たばかりだ。なので、のらちゃんは2週連続でのフルマラソンとなる。強靭な体力を誇る彼女だから可能な事だ。
また、スーパーランナーのH本さんもボランティアで参加するそうだ。ボランティアも総動員のようだ。
〜 肋骨の骨折 〜
香川マラソンの2週間前の2月28日に善通寺五岳山空海トレイルが開催された。
もちろん、今年も私は出場した。トレイルランが大好きな私が、地元で開催されるこのレースに出ないなんて事はあり得ない。
のらちゃんも一緒にエントリーしてたんだけど、2月1日の丸亀マラソンの直前に肉離れをおこしてしまい、泣く泣く欠場となった。
後から考えたら、欠場の方が良かった。なぜかと言うと、レースの前日まで雨が降り、トレイルがドロドロのぬかるみになっていたからだ。
ぬかるみになって走りにくいってだけなら「タイムが悪くなる」ってボヤけば良いだけだが、ぬかるみのトレイルに滑りまくり、何度も転倒してしまった。
特に、レース終盤になると足腰が弱ってきて踏ん張りが効かなくなったためか、最後の転倒がやたら強烈で、立木に激しくぶつかってしまった。
ぶつかった時は「痛いなあ」とは思ったものの、それほど激しい痛みではなかったので、単なる打撲だと思っていた。
ところが、レースの翌々日の夜になって、立木で痛打した左の脇腹がとても痛くなってきた。
寝る事もままならないような尋常じゃない痛みだったので、翌日、慌てて整形外科に行って診てもらった。
レントゲン写真を撮ってもらったら、なんとまあ、肋骨が折れていた。ヒビが入っているんじゃなくて、はっきりと折れてズレていた。どうりで痛い訳だ。
肋骨を骨折するのは、2016年の那覇マラソンの時以来だ。
その時は那覇マラソンの3日前に交通事故で車にぶつけられ、左の肋骨を3本骨折した。
那覇までの飛行機も予約しているし、ホテルもとってるので、とりあえずみんなと一緒に那覇まで行った。
そして、とりあえずスタート会場まで行ってみた。仮りに走るのが無理だった場合でも、歩いて行けるところまで行ってみようなんて思ってた。
ところが、ホテルから会場に行くまででも脇腹が痛くて痛くて脂汗が出てきた。これじゃあ絶対に走るのは無理だと思い、残念ながらスタートする前に出走を取りやめた。
前回は骨折した肋骨は3本だったが、今回は1本なので、ちょっとは痛みがマシだ。
(のら)「そういう問題なの?」
(幹事長)「何となく」
でも、疼き方は同じだ。久しぶりに感じる懐かしい痛みだ。
この1年間、出るレース出るレース空前絶後の大惨敗が続き、去年12月の松江城マラソンでも制限時間ギリギリのゴールだったから、そもそも香川マラソンも制限時間内のゴールは簡単ではないと思っていた。
それが肋骨の骨折により、ますます厳しい状況に追い込まれた。
ただ、ちょっと試しにランニングしてみたが、ゆっくりならそれほど激しい痛みは無い。歩いても痛かった那覇マラソンの時に比べたら、だいぶマシだ。痛み止めを飲んで、バストバンドで胸をしっかり固定すれば、なんとか我慢できる。
(ヤイ)「無理したらいけませんよ。しっかり養生してください!」
ヤイさんやH本さんや哲ちゃんだけでなく、大半の人から止められた。骨折して2週間でフルマラソンに出るのは無茶だと言う。
でも大会の5日前に整形外科に行って相談したら、医者は「痛くなかったら走っても良いですよ」って言ってくれた。
もちろん、自分でも完走は難しいような気がする。なんとか我慢できるのはゆっくり走った場合であって、制限時間内で完走するペースで走ったら痛みが強くなり、ちょっと怖い。
(支部長)「完走なんて目指さずに、行ける所まで行ってリタイヤしたらええがな」
支部長は最近、出るレース出るレース、リタイヤしているのでリタイヤに対しては何の抵抗も無い。
私もリタイヤするのにさほど抵抗は無い。
どうなるか分からないけど、とりあえずスタートラインには立ち、痛くない範囲でゆっくり走り、どこかの関門で引っかかれば、そこでリタイヤしよう。
一方、のらちゃんは2月1日の丸亀マラソンの直前に肉離れをおこした。
そのせいで丸亀マラソンを欠場したし、翌週の坂出天狗マラソンも欠場したし、さらに2月28日の善通寺五岳山空海トレイルも欠場した。どれもせっかくエントリーしていたのに、泣く泣くの欠場だった。
て事で1ヵ月間はおとなしく静養していたが、そのおかげで肉離れはすっかり良くなり、1週間前の名古屋ウィメンズマラソンには出場することができた。
1ヵ月間もランニングを控えていたから、当然ながら今年は良いタイムは狙わず、完走する事だけを考えて抑えて走った結果、見事、完走する事ができた。
(のら)「タイムは遅かったけど、完走できた良かったよ」
(幹事長)「遅いと言ったって、最近の僕のタイムよりマシやがな」
名古屋ウィメンズマラソンは見事完走したが、それから僅か1週間後の香川マラソンでどのような走りを見せられるかは分からない。
今回もペースを抑えて走れば完走は問題無いだろうけど、調子に乗ってガンガン飛ばした時にどうなるかは分からない。
〜 前日の受付 〜
香川マラソンの受付は前日だ。丸亀マラソンなんかは前日にも当日にも受付があるが、香川マラソンの受付は前日だけだ。
そもそも、最近のマラソン大会では事前にゼッケンとか参加賞のTシャツなんかが郵送されてくる事も多い。そういう場合は現地での受付は不要だ。
郵送でなくて現地での受付でも良いけど、それなら当日の朝の方が便利が良い。
今回は地元の大会なので、前日受付でもそんなに大変ではないが、例えばこれが高知マラソンや徳島マラソンでも前日受付になったら、とても不便になるだろう。
私が岡山マラソンを避けているのは、まさにこの理由だ。岡山マラソンは受付が前日だけだが、岡山に前泊するなんて発想は無いので、受付だけのためにわざわざ前日に行って帰ってこなければならない。それが面倒くさい。
主催している県としては、前日受付にして県外からの参加者に泊まって欲しいって事だろうか。
受付は大会会場のアリーナ香川でやっている。受付は10時からだったので、自転車に乗って10時半頃には会場に着いた。待ち合わせていたのらちゃんも電車に乗ってやってきた。
アリーナの中に入ると、既にゴールの門なんかが設営されている。
普通のマラソン大会は陸上競技場が会場の事が多いので、最後はトラックを走ってゴールとなる。でも、香川マラソンは大都市のマラソン大会のように、こういう施設の中にゴールがあるので、なんとなく晴れやかな感じで格好良くゴールできる。
明日が楽しみだ。
受付では計測チップが付いたゼッケンと、参加賞のTシャツや記念品のお箸を貰う。
Tシャツはオリーブのような色だった。背中に大きな字で「う!」って書いてある。たぶん、うどんの「う」なんだろう。
その他、企業ブースなんかが出ているので、適当に回って遊んだりする。
15秒間で何回足踏みできるかっていうコーナーがあり、のらちゃんと対決したが、64回対60回で負けてしまった。実際のランニングでも負けが続いているが、こんな事でも負けてしまった。
百十四銀行さんのブースには1億円の札束のレプリカがあった。
ヒョイと持ち上げようとしたら、めちゃめちゃ重くてビックリ。なんと10kgもあるんだそうだ。一万円札は1枚でちょうど1グラムなんだそうだ。
非力な私はとてもじゃないが3億円も持って逃げる事ができない。
今日はお天気は良いけど、ちょっとだけ風があって少し寒かった。
明日は風も穏やかで寒さは気にしなくても済みそうだ。
〜 会場で集合 〜
今日のマラソン大会のスタート時間は10時だ。多くのマラソン大会は9時頃にはスタートするので、ちょっと遅めの設定になっている。参加者としては遅い方が何かと都合が良い。
更衣場所や手荷物の預け場所がオープンになるのは8時からなので、8時過ぎに入口付近で集合する事にした。
時間に余裕があるので、家でゆっくり朝食を食べる事ができた。
私の場合、朝食を食べてしばらくするとトイレで大が出るようになるので、早目に食べて出発する前にトイレを済ませるのが理想だ。マラソン大会の会場のトイレは、どこも激混みになるからだ。
朝食を食べてしばらくしたら、うまい具合に便意を催してきたので、トイレに行って用を済ます。
自宅から会場までは自転車でも30分はかからないので、7時半頃に自宅を出た。マラソン大会の朝にこんなに遅く家を出ることはないので、とっても楽だ。やはり地元で開催されるマラソン大会は楽だ。
朝は気温が低いため自転車に乗って走ると少しひんやりしたが、風が弱いので寒いほどではない。これで陽が昇れば暖かくなるだろう。
会場には順調に8時前には到着した。
すぐに支部長と合流し、さらにザビエルも来てくれた。ザビエルは今日は参加しないが、家がサンポートに近いので撮影係で来てくれたのだ。
(幹事長)「少しはランニングしてる?」
(ザビエル)「全くしてません!」
せっかく去年の秋のイスタンブールマラソンを見事完走したのに、もったいない。
しばらくすると長谷選手や倉石選手や木村選手や出木谷さんや加藤選手も到着した。
最後にのらちゃんとゾウさんが電車に乗ってやってきた。
急いでザビエルに集合写真を撮ってもらった。

アリーナの前で揃って記念撮影
なぜ急いでいるのかと言うと、ゾウさんがボランティアの持ち場に集合する時間が迫っているからだ。
ゾウさんの持ち場は高松北警察署の前という事なので、私たちが高松トライアスロンでボランティアする時にいつも持ち場になる場所と同じだ。
記念撮影した場所の横には芝生が広がっていた。そこに入ると、風が無く、お日様が当たってポカポカと暖かい。更衣場所は地下の駐車場なので、この屋外の方が気持ちが良い。
って事で、ここに腰を下ろしてダラダラと着替えを始める。
ウェアの選択は、どんな季節のマラソン大会であっても最も重大な問題だ。
寒いのは大嫌いだけど、暑くなるとバテてしまうから避けなければならない。
3月中旬なので、少しは春めいてきたが、油断するとまだまだ寒い時季だ。朝から気温はそんなに高くなく、日影ではヒンヤリする。でも、日なたにいるとポカポカ暖かい。
(幹事長)「こりゃ難しいな。結構、暑くなるかも」
(支部長)「絶対に暑くなるって」
スタンバイする場所は海沿いなので、冷たい潮風を恐れていたんだけど、むしろ暑さに気を付けなければならない。
ただ、ハーフマラソン程度なら最初から最後まで一生懸命に走るから、体が熱を発散して暑くなるが、フルマラソンの場合はそんなにペースは上げられない。
終盤はトボトボと歩くだろうから体は熱くならず、急速に冷えていくだろう。歩かないにしても、後半は疲れて足をひきずって歩くようなスピードになりそうなので、歩いているのと同じように体は冷える。
寒い中を震えながら歩くのだけは絶対に避けたい。なので、暑くなる事よりも寒くなる事を恐れなければならない。
て事で、長袖のシャツを着た上に半袖Tシャツを着た。
長袖シャツの上に着るTシャツは一昨年のホノルルマラソンで貰った水色のTシャツだ。遠くからでも分かるように、のらちゃんも同じTシャツをお揃いて着ている。
さらに、最近、登山で愛用しているメッシュのアンダーシャツも着た。これは登山の時に素晴らしい性能を発揮してくれており、どんなに汗をかいても、全然ベチョベチョしない。
普通のマラソン大会なら汗をかいてもそれほど気にならないが、今日は後半に汗が冷えて寒くなる恐れがあるので、中に着てきた。
タイツは、今日もランニングタイツではなく普通の薄手の防寒タイツを履いた。
私はもともとランニングタイツはなるべく履かない主義だった。ランニングタイツを履くと足が突っ張って走りにくくなり、履いてない方が走りやすいような気がするからだ。
でも、ランニングタイツには筋肉疲労を防止する効果もあるという事を聞いてからは、寒い季節には防寒用も兼ねてランニングタイツを履いていた。
だが最近は、ランニングタイツをやめて、代わりに普通の防寒用タイツを履いている。防寒用と言っても、一番薄手のものなので、足は突っ張る事なく動かしやすい。
寒かったらウィンドブレーカーとかビニール袋を被る事も考えて用意してきたが、この天気なら不要だろう。
雨が降る可能性はゼロだが、防寒のためにビニール袋を被っているランナーも多い。そういうランナーはランニングシャツやTシャツだけといった薄着なので、スタート前の防寒対策で着ているのだろう。
手袋は分厚い手袋は暑そうなので、薄手のランニンググローブにした。顔は手袋で拭くとして、いざと言う時のためのティッシュを短パンのポケットに入れた。
シューズはアシックスのノヴァブラストにした。最近は、ハーフマラソンまでの距離が短いレースではマジックスピードを履き、フルマラソン以上の長い距離のレースではノヴァブラストを履いている。
ノヴァブラストはマジックスピードのようにスピードが速くなるシューズでは決してないが、足が疲れないため、終盤のペースダウンが避けられる。
2023年の徳島マラソンでノヴァブラストを履き始めてから以降は、フルマラソンでもウルトラマラソンでも終盤に足が痛くなって走れなくなったって事が無くなった。
(幹事長)「凄いと思わない?」
(支部長)「それはスピードが落ちているからやがな」
確かに、最近はスピードがめちゃめちゃ落ちているので、そのせいで足が痛くならないだけかもしれない。
その他、今日は珍しくスマホを持って走る事にした。骨折した所が痛みだしてリタイヤするかもしれないので、緊急事態に備えたものだ。
スマホホルダーを腰に巻いて、ついでに痛み止めの薬や、足攣り防止の薬も入れた。
〜 スタートブロックへ移動 〜
スタートブロックへの整列は9:00〜9:45だが、あんまり早目に行っても仕方ないので、しばらく芝生の上でゴロゴロしていた。
9時半近くになったので、ようやく腰を上げて地下の手荷物預け場所へ進む。女子は別なので、のらちゃんとはスタートブロックで落ち合う事にした。
地下の駐車場は広いので、手荷物預けの場所は分かりやすく、混雑も無く、とてもスムーズだった。初めての開催にしては、とても手際が良い。
荷物を預けたら地上に出て、最後のトイレに向かう。
ところが、トイレに行くのが遅すぎたようで、長蛇の列になっていて、なかなか進まない。
スタッフが「スタートブロックへの整列は9:45までです。それを過ぎると最後尾からのスタートになります」って叫んでいるけど、到底間に合いそうにない。
でも、それは私だけでなく、列に並んでいる大勢のランナーが同じ運命なので、たぶんなんとかなるだろうと思ってトイレを済ます。時刻は既に9:50頃だ。
私が指定されているのはDブロックで、Dブロックの入口へダッシュしていると、既にDブロックに並んでいたのらちゃんが呼ぶ声がする。
私とのらちゃん、支部長はDブロックで、D木谷さんや、長谷選手、倉石選手、木村選手らはもっと前のBブロックやCブロックだ。
各ブロックに何人ずついるのか分からないが、かなり多い。単純に割り算すると各ブロックとも2000人くらいいるはずだ。
事務局からのお知らせには、最後尾だとスタートラインを通過するまでに15分くらいかかるって書いてあったが、我々の場所だとどれくらいかかるのか見当が付かない。
普通なら10分や15分なんて誤差の範囲だから気にする必要は無いが、ここんとこ制限時間ギリギリの戦いが続いている私にとっては10分はとても大きい。イスタンブールマラソンでも松江城マラソンでも、どちらも制限時間まで10分を切っていたからだ。
(支部長)「一昨年の脱藩マラソンは制限時間まで6秒しかなかったやん」
(幹事長)「あれは奇跡のようなタイムやったなあ」
今日は、前半のエイドから食べ物があるようなので、補助食やジェルなんかは持ってこなかった。
(のら)「松江城マラソンで失敗したのに?」
(幹事長)「今日は大丈夫かと思って」
松江城マラソンでも、前半のエイドから食べ物が豊富にあるとの事だったので、それに期待して何も持たずに走ったら、なんと食べ物は少ししか用意されてなくて、私たちが着いた時にはことごとく無くなっていた。
そのせいでエネルギー不足に陥ってしまい、ペースはガタガタに落ちてしまった。
(支部長)「あれで私は力が出なくなってリタイヤしたよ」
その失敗を忘れてしまい、今日も何も持ってこなかった。大丈夫だろうか?
とりあえず足攣り防止薬の2RUNをドーピングする。これでちょっと一安心だ。
〜 スタンバイ 〜
スタートが近づいてきたので、本日の目標タイムを設定しなければならない。
どんな時でも、どんなレースでも、常に大会自己ベストを狙うのが良い子のランナーとしてあるべき姿だ。
ただ、香川マラソンは初めての参加なので、どんな惨敗タイムでも大会自己ベストになる。なので、本来ならお気楽に走れば良い。
(のら)「制限時間内でゴールしないと排除されるから大会自己ベストにはならないよ」
(幹事長)「どき!」
そうなのだ。今はフルマラソンを完走できるかどうかとても不安な状態であり、制限時間内に完走できるかどうか危機的な状況だ。
理由は全く分からないが、2024年7月の汗見川マラソンから突如として驚異的と言うか、あり得ないような空前の大惨敗が始まった。
(支部長)「理由ははっきりしてるがな。老化や」
(幹事長)「老化って、そんなに突然くるものなのか?」
2024年の汗見川マラソンのタイムはそれまでとは次元の違う驚異的な遅さだったが、それに続く酸欠マラソンのタイムも過去のタイムとは次元の違う驚異的な遅さで、ハーフマラソンの圧倒的自己ワースト記録を叩き出してしまった。
さらにその後も脱藩マラソン、庵治マラソンと、過去のタイムとは次元の違う驚異的な遅さで大会自己ワースト記録を出しまくってきた。
それに追い打ちをかけるように、2024年の年末の八ヶ岳アイスクライミングで肩を痛めてしまった。あまりの痛さに上半身を自由に動かすことができなくなったため、それ以降、ますます走るのが遅くなり、丸亀マラソン、坂出天狗マラソンと大会自己ワースト記録を出し続けた。
体の痛みはその後もずうっと続き、10月の酸欠マラソンでは遂に制限時間をオーバーしてしまうという空前の大惨敗を喫した。
マラソン大会に出始めて30年になるが、これまで制限時間の事なんて気にした事はほとんど無い。
唯一、制限時間との戦いとなったのは、2025年4月の富士五湖ウルトラマラソン80kmコースだった。この時は結局、制限時間に間に合わなかったが、過去のレースで制限時間をオーバーしたのはこれが最初の事だった。
それでも、この時は距離が80kmだったので自分でも諦めがついた。しかし、次に制限時間をオーバーした酸欠マラソンはハーフマラソンだ。ハーフマラソンですら制限時間をオーバーしてしまったのだ。
そして、その次の大会が11月のイスタンブールマラソンだった。
ハーフマラソンですら制限時間をオーバーしてしまうような状態で、フルマラソンを制限時間内で完走できる自信は全く無かった。非常に危機的な状況だった。不安爆発で本当に焦っていた。
でも、制限時間内に完走しないと完走メダルを貰えない。わざわざ遠路はるばるトルコまで行って完走メダルを貰えなかったら、こんな悲しい事は無い。
イスタンブールマラソンで完走が危ぶまれたのは私だけでなく、ザビエルも同じだ。ザビエルは特に故障を抱えていた訳ではないが、そもそもマラソン大会に出たのは7月の汗見川マラソン(ハーフマラソン)が最初であり、その時は制限時間の3時間をギリギリでクリアしたというレベルだ。
フルマラソンは完全に初めてであり、普通に考えたら完走は容易ではなかった。
て事で、完走が危うい2人のためにサポート態勢が取られる事になった。
まず、のらちゃんが私をサポートして走ってくれる事になった。
また、D木谷さんはザビエルをサポートして走る事になった。
そのおかげで、私もザビエルも完走する事ができ、なんとか完走メダルをゲットした。奇跡のような結果に、今、思い出しても感動する。
この作戦が良かったので、続く12月の松江城マラソンでも完走が危うい私のためにサポート態勢が取られる事になった。イスタンブールマラソンに続いてのらちゃんが私をサポートして走ってくれたのだ。
なぜイスタンブールマラソンを完走できたのに、松江城マラソンでもサポートが必要だったかと言うと、制限時間が短くなったからだ。
たいていのフルマラソン大会は制限時間が6時間くらいだが、イスタンブールマラソンは制限時間が6時間20分と20分長かったのだ。
僅か20分の差にどれだけ意味があるのか走る前は見当が付かなかったが、ゴールしたのが制限時間数分前だった事を考えると、ものすごく重要な20分だった。
しかし、松江城マラソンは制限時間が6時間だった。イスタンブールマラソンより20分短かったのだ。イスタンブールマラソンのペースではアウトなのだ。
おまけに、ほとんどフラットだったイスタンブールマラソンに比べて松江城マラソンはかなりアップダウンがあるし、風が無く穏やかな気候だったイスタンブールマラソンに比べて、冬の山陰は冷たい強風が向かい風となって吹き荒れる。
て事で、松江城マラソンを制限時間内で完走できる自信は全く無かった。非常に危機的な状況だった。不安爆発で本当に焦っていた。
だが、イスタンブールマラソンに続くのらちゃんの手厚いサポートのおかげで、再び制限時間数分前のゴールという快挙を成し遂げた。
(支部長)「それは快挙なのか?」
(幹事長)「奇跡のような結果だったからな」
このような経緯を考えれば、今回だって完走できるかどうかとても不安な状態だった。
それに加えて、2週間前に肋骨を骨折してしまった。ほとんど全ての人に「骨折して2週間でフルマラソンに出るのは無茶だ」と出場をやめるように忠告された。
ただ、ちょっと試しにランニングしてみたら、ゆっくりならそれほど激しい痛みは無い。歩いても痛かった那覇マラソンの時に比べたら、だいぶマシだ。痛み止めを飲んで、バストバンドで胸をしっかり固定すれば、なんとか我慢できる。
もちろん、なんとか我慢できるのはゆっくり走った場合であって、制限時間内で完走するペースで走ったら痛みが強くなり、ちょっと怖い。なので、完走は難しいような気もする。
それでも、とりあえずスタートしてみて、痛くない範囲でゆっくり走り、どこかの関門で引っかかれば、そこでリタイヤしよう。
(幹事長)「どこでリタイヤしても骨折を言い訳にできるから、むしろ気楽やな」
(支部長)「遂にその境地に達したな。ええ心がけや」
(のら)「痛くないのに痛いフリしたらあかんよ」
さすがに今回ものらちゃんにサポートをお願いする訳にはいかない。イスタンブールマラソンと言い松江城マラソンと言い、私をサポートしてくれたのらちゃんは自分のタイムを犠牲にして献身的なサポートをしてくれたからだ。
そもそものらちゃんだって2月の丸亀マラソンの直前に肉離れになり、丸亀マラソン、坂出天狗マラソン、善通寺五岳山空海トレイルと連続で欠場して1ヵ月間も休んだので万全には程遠い状態だ。
(のら)「私たちって、かなりボロボロやね」
(幹事長)「歳とってきたらあちこちボロボロになってくるなあ」
のらちゃんは1週間前の名古屋ウィメンズマラソンでは見事完走して復活したが、タイムは例年に比べたら大幅に悪かった。
なので、今日はどこまで良いタイムを出せるかの勝負なのだ。私のサポートをしている余裕は無い。
〜 スタート 〜
スタート時間が近づいてきたが、Dブロックまではあんまり場内放送は聞こえない。
スタート時間の9時になると、スタートの合図が鳴り、前の方のブロックのランナー達はゆっくりと動き出す。だが、Dブロックには何の動きも無い。
赤灯台の防波堤に整列していたCブロックのランナーが移動したら、ようやくその後に着いてDブロックも動き出した。それでも、ゆっくりゆっくりだ。
ようやくスタートゲートが見えてきても、まだまだゆっくりとしか動かない。スタートゲートが近づいてきたらだんだんスピードは上がってきたが、それでも普通に歩くようなスピードだ。
結局、我々がスタートゲートを通過したのはスタートの合図から10分近く経過してからだった。
なので、私に残された制限時間は6時間じゃなくて5時間50分だ。
(幹事長)「10分も短くなってしまった!」
(のら)「誤差の範囲だよ」
(幹事長)「松江城マラソンのタイムならアウトだよ」
松江城マラソンでは制限時間まで7分ちょっとしか残ってなかったから、スタートで10分も遅れたらアウトだ。
ただ、10分の遅れは想定内だ。
イスタンブールマラソンや松江城マラソンに続き、今日も細かいタイムスケジュールの表を作ってきた。各地点を何時何分に通過すればギリギリで完走できるという予定表だ。
その予定表にはあらかじめスタートの10分の遅れを織り込んでいるので、ちょうど予定通りだ。
予定表によると1kmを8分18秒で走ればギリギリで制限時間の16時にゴールできる。18秒は細かすぎるとして、1km8分で走れば制限時間内にゴールできるって事だ。
もちろん、最初から1km8分で走るのではなく、もう少し速いペースで走って少しは貯金を作りたい。
初めから1km8分で走っていたら絶対に最後は遅れてしまうので、前半はもっと速いスピードで走って貯金を作っていく。終盤は、その貯金を食いつぶしながら逃げ切る作戦だ。
(支部長)「前半で貯金を作っていくと言う素人のような作戦は、これまで何十回と失敗してきたやろ?最初から最後までイーブンペースが望ましいで」
(幹事長)「それは普通のペースの場合や。1km8分なんていう超スローペースの場合は作戦を変えんといかん」
1km8分だなんて、下手したら歩いているのと変わらないくらいのペースだ。さすがに、そんな超スローペースで最初から走るなんてあり得ない。
なので、目安として最初は1km7分ちょっとくらいで走りたい。松江城マラソンでも20km地点辺りまでは1km7分ちょっとで走れた。
とは言え、無理は禁物だ。
私は、これまでの何十回という失敗レースにより、最初から調子に乗って飛ばしたら終盤に足が動かなくなるのが分かり切っているので、最初からペースを抑えて走る。
抑えると言っても、意識的に遅く走るのではなく、無理せず自然体で走るっていう意味だ。ハーフマラソンの丸亀マラソンなら、出だしから頑張って走るが、フルマラソンでは決して頑張ってはならない。
西に向かってスタートしたら、まずはすぐの突き当りを左(南)に折れる。するとすぐに地下道に入る。JR高松駅の下を通り抜ける地下道だ。
のらちゃんは地下道に降りる下り坂までは一緒に走っていたが、地下道から出る上り坂ではさっそく少しずつ離れていく。私が一気にペースダウンしたからだ。
今日も上り坂では徹底的にペースを落として、疲れないようにするつもりだ。
地下道を抜けると、左(東)に折れる。すぐに高松北警察署の前を通るが、この辺りにいるはずのゾウさんを見つける事はできなかった。
少し走って中央通りに出ると右(南)に折れる。ここまでで1kmほどだ。
自然体で走ってきたが、最初の1kmのラップは7分弱だった。当初予定よりは少し速いが、最初なのでこんなもんだろう。
ここから4kmちょっとは中央通りを真っすぐに南に走る。
ほんの少し走ると兵庫町商店街の入り口にさしかかる。ここでザビエルが声援を送ってくれた。誰かに声援を送られると嬉しくて力が出てくる。
そのまま真っすぐに南に向かって走ると、3km地点辺りで栗林公園の前を通り過ぎる。
ペースは少しずつ落ちていき、3km地点でのラップは1km7分を超えてしまった。でも、まだまだ予定通りのペースだ。
栗林公園では獅子舞の演舞をやってるって事だったが、沿道から少し入ったところでやっていたので、あまり見えなかった。もっと沿道まで出てきてくれたら良いんだけど。
気が付くと、すぐ隣を支部長が走っている。いつもは序盤からハイペースで飛ばす支部長も今日は私と同じようなペースで並走している。
(幹事長)「今日はペースを抑えてるな」
(支部長)「これくらいのペースなら完走できるかな」
「最初から飛ばしたら後半に足が動かなくなるので、前半はペースを抑えて走るべし」という鉄則に、支部長もようやく気付いたようだ。
これまで何十回も失敗してきてようやく気付いたとなると、ちょっと遅すぎだ。
実は、永遠のライバルである支部長は、近年、フルマラソンを完走した事がない。
2024年のホノルルマラソンは完走したが、これは制限時間が無い大会だったので、終盤は歩いたが完走できた。
普通のフルマラソン大会を完走したのは2022年の神戸マラソンが最後だ。太古の出来事だ。
イスタンブールマラソンは僅か15km地点で止めてしまったし、松江城マラソンも27km地点で止めてしまった。
最近、支部長がフルマラソンを完走してないのは、最初から気合が入ってないからだ。「何が何でも完走するぞ!」という意気込みが感じられない。
(支部長)「無理して辛い思いをするのが嫌になってきたからな」
(幹事長)「それは理解できる」
私がイスタンブールマラソンや松江城マラソンで完走できたのは、サポートしてくれたのらちゃんに尻を叩かれ続けたからだ。一人では絶対に無理だっただろう。
その支部長が少しずつ前の方に離れていく。支部長がペースを上げたとも思えないので、私が早くもペースダウンし始めたのだろう。
思ったとおり、4km地点でのラップは7分を大きくオーバーしてしまっていた。
今日は1km平均8分で走れば良いんだから、まだ少し余裕はあるが、こんな序盤で予定ペースのギリギリで走っていたのでは、終盤に絶対に関門で引っかかると思うので、さすがに少し気合を入れてペースを立て直す。
松江城マラソンでは、自然体で走りながら中盤まで安定して1km7分ちょっとのペースを守って走っていた。それに比べたら今日はイマイチだ。
明らかにのらちゃんのサポートが無いからだ。このままで大丈夫だろうか?
〜 第1折り返し点 〜
なんとか気持も新たに走って行くと、うちの近所にあるゆめタウンの前にある5km地点に来た。
ここでのラップはほんの少しながら7分を切っていたので、ズルズルととめどもなく落ちていくパターンからは抜け出せたようだ。
5km地点の先に最初の第1給水所がある。ここは水しか無い。まだ、そんなに喉は乾いてないが、喉が渇いてからでは遅いので、今日もこまめに給水していく。
その先に上天神の交差点があるので、そこをいったん右(西)に折れて少し走り、すぐまた左(南)に折れて琴平街道(国道32号線)に入っていく。
中央通りは色々な建物があり、風景が変化に富んで退屈しない。しかし、32号線に入ると単調な風景になり、あんまりワクワク感が無い。それでも、まだ元気なので普通に走って行ける。
恐れていた肋骨骨折の痛みだが、無理しない範囲で走っている事もあり、今のところほとんど痛みは無い。このままもってくれたら良いんだけど、疲れてくるとどうなるか分からない。
しばらく走ると8km地点の先に第2給水所がある。ここも水しか無いが、こまめにスポーツドリンクを頂く。
その先には10km地点がある。5km地点からここまで1km7分20秒ほどのラップが続く。期待してたのよりは少し遅いが、まだそんなに焦るほどでもない。
ただ、この辺りから右足の親指が痛くなってきた。明らかにマメが出来ているようだ。
いつものようにマメ防止のために両足の指先にはテーピングをしている。以前は足の指によくマメができていたが、テーピングをし始めてからはマメができる事は無かった。それなのに今日はどうしたんだろう?
スピードを上げて一生懸命に走っている時ならまだ分かるが、今日のように最初からチンタラ走っているのにマメができるなんて、どうしたんだろう?
考えられるのは、フォームがおかしくなっているのかもしれない。骨折の痛みを抑えるために体が変な具合にねじれたり傾いている可能性はある。
それでもまだ10kmしか走ってないのにマメが出来て痛み出すなんて、かなりマズい状況だ。この先、大丈夫だろうか?
11km地点の手前に第3給水所がある。ここは饅頭とバナナがあるはずだったが、立ち止まらなかったので饅頭は見つけられなかった。それでもバナナを見つけたので、小さなバナナを1個頂いた。
お腹が空いていたが、ようやくここで食べ物を頂けたので、少しだけ安心だ。松江城マラソンのように食べ物が無くてガス欠になるのを心配していたが、なんとかなるかも。
この辺りからいよいよ上り坂が始まる。大した傾斜ではないと言う人もいるが、弱っている私にとっては巨大な坂だ。
まだ前半なので元気があるランナーはそのままスピードを緩めることなく走って行くが、私は無理せず一気にペースを落として地味に上っていく。
坂は傾斜もさる事ながら、結構な距離があり、なかなか終わらない。ただ、このコースは個人的に時々走っているので、この坂の傾斜や長さも分かっているので不安は無い。
上り坂が終わった12km地点でのラップは一気に1km8分半に落ちていた。
ピークを過ぎたら、しばらくは下り坂となる。ここはホッと一息つけるところだ。
ただ、下り坂が終わると、再び上り坂がある。この坂はフタコブラクダのように2つのピークがあるのだ。私はよく知っているので戸惑いは無いが、ウンザリする。
2つのピークの間の鞍部を過ぎた13km地点の先に第4給水所がある。ここは何かしらのお菓子のようなものがあるはずなんだけど、立ち止まらなかったので見つけられなかった。仕方なく水だけ頂いた。
上り坂では再びペースダウンしたが、2つ目のピークを過ぎると長い下り坂になる。
下り坂が終わったところが15km地点で、さすがに少しペースが上がっていた。
15km地点の先に第5給水所がある。ここはコップに入ったブドウがあったが、もっとカロリーの高そうなお菓子のようなものが無いか探したが、見つけられなかった。仕方なく水だけ頂いた。後から考えたらブドウを頂くべきだった。
その先にうどん所があるはずなんだけど、見つからなかった。後から聞くと、コースの沿道ではなく、小さなショッピングモールの駐車場にテントが出ていたとの事だ。
気付かずに通り過ぎてしまっていた。知っていれば貰いにいったのに残念だ。
17.5kmほど走ったところに第1折り返し点がある。なので、折り返してきたメンバーとすれ違うはずだと思い、少し前からセンターライン沿いを走る。
D木谷さんや長谷選手ほか速いメンバーは見つからなかった。どこら辺を走っているか見当がつかなかったからかもしれない。
でものらちゃんは分かった。まずのらちゃんのライバルのライバル猫さんとすれ違った。その後から4時間30分のペースメーカーの集団が走ってきた。
そして、そのすぐ後からのらちゃんが走ってきた。
(幹事長)「おーい、のらちゃーん!」
(のら)「あ、幹事長ーっ!」
それまで必死な顔つきをしていたので、しんどいのかと思ったけど、すぐに笑顔になったから一安心だ。今日も肉離れの後遺症は出ていないようだ。
ざっと計算すると、この時点でのらちゃんはだいたい2kmほど先を走っていた。
しばらく走ると、ようやく17.5kmの第1折り返し点に到達した。てっきり綾川のイオンモールまで行くのかと思ってたら、折り返し点はイオンの手前だった。
折り返し点の前後は、コンスタントに1km7分15秒くらいのペースで走っていた。道はつまらないウンザリするような景色の道だが、ペースはそれほど落ちていない。
ただ、右足の親指のマメは相変わらず痛む。どんな状態になっているのか見たいところだが、そんな事をしている時間はないから我慢する。
18km地点の先に第6給水所がある。ここでもカロリーの高そうなお菓子のようなものが無いか探したが、見つけられなかった。仕方なく水だけ頂いた。
19km地点辺りから再び長い上り坂が始まる。最初は傾斜が緩いが、20km地点辺りから傾斜がきつくなる。
往路と同じくフタコブラクダの坂なので、21km地点では上り坂のせいでペースが落ち、22km地点では下り坂になるので少しマシになり、23km地点では2つ目のピークに上がるため再びペースが落ちる。
21km地点の先に第7給水所がある。ここでもカロリーの高そうなお菓子のようなものが無いか探したが、見つけられなかった。仕方なく水だけ頂いた。
スポーツドリンクや水の後に、うどん出汁ってのがあった。これは是非とも飲まなければいけないと思って飲んでみたら、暖かい出汁を想像していたら冷たい出汁だった。
走って暑くなってるから熱い出汁ではなくて冷たい出汁を出してくれてるんだろうけど、冷たい出汁はイマイチ美味しく感じられなくて、全部は飲まなかった。
ここには21.1km地点の中間点があった。タイムは2時間半ちょっとなので、それを2倍したら5時間ちょっとでゴールできる事になる。制限時間内でのゴールを目指している私としては、めちゃめちゃ楽勝のペースだ。
でも、松江城マラソンでも同じ様な事を持ったが、その後はどんどんペースが落ちていき、最終的には6時間近くかかったら、甘い妄想を抱いてはいけない。
23km地点の後は長い下り坂になるため、ホッと一息つける。
24km地点には第8給水所があり、ここでようやく食べ物があった。シャウエッセンだ。これは頂かなければならない。ただし、シャウエッセンは消化に時間がかかりそうで、早急なカロリー補給には向いてないような気がする。
シャウエッセンを食べたりして時間を使ったため、25km地点でのラップは8分にまで落ちていたが、仕方ない。
26km地点を過ぎて少し走ると、再び香東川に架かる成合大橋に戻ってきた。
でも、復路では成合大橋を渡らずに、橋の手前で左(北)に折れて香東川に沿って北上する。成合のジョイの前を通る道だ。
その道に入ってすぐの所に待ちに待った2つ目のうどん所があった。予想通り中野うどん学校や清水屋がある駐車場だ。
ここには6軒ものうどん屋さんが店を出していて、清水屋と中野うどん学校のほか、こだわり麺や、さぬき麺機、はなまるうどん、丸亀製麺がテントの中に並んでいた。
迷う事なく大好きな清水屋のうどんを食べようと思ったら、なんと何人も列を作って待っている。こんなところで時間を無駄に使う余裕は無いので、他のうどん屋のコーナーに行くが、どこも数人の列ができている。
「こら、あかんがな」って思い、うどんは諦める事にした。うどん屋さんの前を回ったものの、うどんは食べられず、空しく無駄な時間だけを使ってしまった。
後から考えたら、列に並んでもそんなに長い時間待たされる事はなかったような気がするし、とても残念な思いだ。
〜 第2折り返し点 〜
うどん所を出たら、今度はなんとソフトクリームが提供されていた。見ると、ちゃんとした大きさのちゃんとしたソフトクリームが配られていた。
今度こそは頂こうと思ったけど、ここは10人以上の長い列が出来ていて、しかもなかなか列が動かない。うどん以上に待たされるのは間違いない。
て事で、うどんに続きソフトクリームも諦めた。うどんもソフトクリームも諦めたのに、無駄に時間ばかり浪費してしまったのが悔しい!
すぐ近くに第9給水所があり、ここにはバナナがあったので、小さなバナナを1個頂く。
道はそのままジョイの方に行くのではなく、すぐに斜め左に折れて香東川に沿って北上する。
そして、堤防の上を走り続け、国道11号線を横切る辺りから河川敷の自転車道に降りていく。
その後、河川敷から上がって普通の道を走ると、30km地点の手前に第10給水所がある。ちょうど哲ちゃんちの近くだ。
ここでもカロリーの高そうなお菓子のようなものが無いか探したが、見つけられなかった。仕方なく水だけ頂いた。
ここまで上り坂やうどん所ではペースが落ちたが、それ以外の区間ではなんとか1km8分以内のペースを維持してきた。
ところが30km地点では何も無いフラットな区間だったのに、1km8分をオーバーしてしまった。遂に当初予定のギリギリのペースにまで落ちたのだ。
松江城マラソンでは25km地点以降はずっと9分をオーバーしていたから、それよりは少しマシだけど、終盤になると一気にペースダウンしてしまうのは同じだ。
哲ちゃんちの近くを通り過ぎ、産業道路に出たかと思うと、ここでなぜか左後(南)に急角度で折れて南に向かう。これが非常に不可解なところだ。
そのまま真っすぐに産業道路を北上すればいいのに、なぜここでいったん再び南に行くのか?もちろん、42kmの距離を確保するためだろうけど、それなら第1折り返し点をもっと先まで延ばせば済む話だ。とても不可解だ。
産業道路を南に向かって2kmほど走ったところに第2折り返し点があるので、すぐに折り返して来た道を北上する。
この辺りは景色もパッとしないし、本当に退屈でウンザリする区間だ。
ラップを見ると、ずうっと1km8分ちょっとが続いている。当初予定のギリギリだが、一気にペースダウンする事はなく、なんとか安定しているので、まだ危機感は強くない。
折り返して哲ちゃんちの近くまで戻ってきた34km地点の手前に第11給水所がある。ここでもカロリーの高そうなお菓子のようなものが無いか探したが、見つけられなかった。仕方なく水だけ頂いた。
また、さきほど失敗したにもかかわらず、再びうどん出汁を手に取ってしまい後悔した。
この辺りの反対側の車線には、南へ向かう30.7km地点の関門がある。ちょうどたまたま関門時間がきたようで、スタッフが号令と共に一斉に道に出てきて、大きな布をゴールテープのように張ってランナーを通せんぼをした。
関門まであと少しだったランナー達は、当然のことながらガックリだ。嘆きながら直前で崩れ落ちていく。
めちゃめちゃ厳しい処置のように見えるが、制限時間を目標に走っている私よりさらに4〜5kmも後を走ってるんだから、そのまま走り続けても制限時間内でのゴールは不可能だろう。
産業道路をしばらく走ると、35km地点に着いた。
ここまでなんとか踏ん張ってきたが、ここへ来てペースが一気に落ちてしまい、いきなり1km9分をオーバーしてしまった。ついさっきまでなんとか想定ペースを守ってきたのに、一気に大きく落ち込んでしまった。
まずい。非常にまずい。イスタンブールマラソンや松江城マラソンなんかに比べたら、ここまでなんとか耐えてきたけど、遂にここで力尽きたようだ。足に限界がきたようだ。
ただ、制限時刻の16時までまだ80分以上ある。距離はあと7kmだから、1km10分かかっても大丈夫だ。
て事で、なんとか1km10分を超えないように頑張る事にした。
その辺り施設エイドがあり、「コーラがあるよ」なんて言ってる。さっそく吸い寄せられるように近づいてコーラを貰う。
フルマラソンの終盤に飲むコーラは美味しい。美味しいと言うより生き返る。
しばらく走ると旧国道11号線(今は県道33号線)に至るので、そこを右(東)に折れる。
すぐ先に36km地点の第12給水所がある。ここでもカロリーの高そうなお菓子のようなものが無いか探したが、見つけられなかった。仕方なく水だけ頂いた。
ここでようやく支部長の姿を発見した。ここまでずっとリードを許してきたが、終盤になってようやく追い着いた。
私もペースはがた落ちだが、支部長はたぶん歩きが出始めたのだろう。それでも今日の支部長はリタイヤしそうな気配が無い。
最近、支部長がフルマラソンを完走できなかった理由は、まだまだ体力は残っていると思うのに、気持が切れてしまうからだった。でも今日はまだ気持が切れてないので完走するかもしれない。
遂に「あと5km」の看板が出てきた。5kmしかないんだから、残っている力を全て出し切ってスパートしたいところだ。
でも、スパートどころか、ペースを維持するのも難しいほど疲れ切ってきた。
ただ、制限時間まではまだまだたっぷり時間がある。あとは歩いてもゴールできそうだ。そう思うとかえって気楽になり、疲れも和らぐ。
でも、すぐ後から支部長が追いかけてきているはずだから、再逆転されるのは回避したい。頑張るモチベーションと言えば、もうそれだけだ。
2kmほど走ると香川大学があり、その角を左(北)に折れる。
さらに少し走ると右(東)に折れる。これはたぶん高松市役所の前を通るためだろう。
高松市役所の近くではH本さんがボランティアをしてるとのことなので、探してみたが見つからなかった。
市役所の前には第13給水所があったが、さすがにここまで来たら飲物も食べ物も不要なので、パスして走り去る。
そのまま走るとすぐに中央通りに戻る。
兵庫町商店街の入口ではザビエルが再び声援を送ってくれた。スタートからもう5時間以上経っているが、ずうっとみんなを探して声援を送ってくれていたようで、本当に嬉しい事です。
中央通りに戻ったら、そのまま目の前のアリーナ香川にゴールしたいところだが、なぜか40km地点の先で浜街道を左(西)に折れて1kmほど走り、第3折り返し点で折り返して戻ってくる。これも非常に不可解なところだ。
そのまま真っすぐにゴールすれば良いのに、なぜここでいったん再び西に行くのか?もちろん、42kmの距離を確保するためだろうけど、それなら第1折り返し点をもっと先まで延ばせば済む話だ。とても不可解だ。
もう残り2kmだからラストスパートしたいところだけど、足が動かなくて全然スパートなんてできない。足が重くて動かないのだ。それでも、さすがにあと少しなので、なんとか頑張って走り続ける。
第3折り返し点で折り返して東に向かって戻っていくと、反対側の車線を西に向かって走って行く支部長の姿が見えた。だいぶ遅れているが、それでも歩かずに走っている。
よく見ると、ザビエルが歩道で一緒に走っているように見える。歩きかけた支部長を叱咤激励して伴走しているのかもしれない。これなら完走は間違いないだろう。
中央通り近くまで戻ってきたら左(北)に折れ、スタート直後と逆方向に北に向かってJR高松駅の下を通り抜ける地下道へ降りていく。
地下道から抜けたところで、とっくにゴールしていた長谷選手、倉石選手、木村選手、D出木谷さんが声援を送ってくれた。
後から聞くと、長谷選手と倉石選手は3時間半ちょっと、木村選手は4時間弱つまりサブフォー、D木谷さんも4時間半でゴールしていた。みんな素晴らしく速い。
彼らの前を通って右(東)に折れ、ちょっと走って右(南)に折れると、そこにアリーナ香川の入口がある。ここを入ればゴールだ。
〜 ゴール 〜
アリーナ香川の入口を入れば、すぐにゴールゲートが立っている。それをくぐってゴールだ。
普通のマラソン大会なら陸上競技場でゴールするが、こういう屋内施設でのゴールは大都市部のマラソン大会によくあるものなので、なんとなく気持が良い。
ゴールしてタオルをかけてもらい、完走メダルもかけてもらい、とても晴れやかな気分だ。
完走メダルは日プラが作ったアクリル製のもので、なかなか珍しい。
結局、タイムは5時間30分台だった。相変わらずパッとしないタイムだが、今日は制限時間内でのゴールを目指していただけなので、タイムにはそれほどこだわりは無い。
肋骨を骨折して僅か2週間で、しかものらちゃんのサポートが無いのに制限時間内で完走できたから嬉しい。
終盤はいつものようにペースがガタ落ちになったが、ペースがガタ落ちになる地点が、イスタンブールマラソンでは20km地点、松江城マラソンでは25km地点、今日は35km地点と、だんだん延びてきたので、タイムもマシになってきた。
このまま改善し続けると、以前のように制限時間なんて気にしなくて済むようになるかもしれない。
速かった4人は外で応援してくれていたし、支部長はまだ走っているはずだ。加藤選手もまだゴールはしてないだろう。
て事で、姿を見てないのはのらちゃんだけだ。とっくにゴールしているはずだけど、アリーナの中には大勢の人がいるので、なかなか探せない。
あんまり立ち止まっているとスタッフに怒られるので、外へ押し出されていく。
すると、外に出たところでのらちゃんが待っていてくれた。
(幹事長)「なんとか一人でも完走できたよ」
(のら)「お疲れ様やね。骨折したところは痛くならなかった?」
(幹事長)「忘れてたよ」
肋骨を骨折していた事はレースの途中からすっかり忘れていた。あんまり痛みが出なかったからだ。
ペースがとても遅かったため、骨折した箇所も痛くならなかったし、足も全然痛くならなかった。まだまだ少しなら走れそうな感覚だ。
その後、制限時間まであと5分ちょっとという時に支部長がゴールした。ザビエルのサポートにより、最後のひと踏ん張りが出たのだろう。
一方、加藤選手はなんと38.1km地点の関門に引っかかり、強制排除されたんだそうだ。38.1km地点だなんて、もうあと4kmだ。そこまで走っておきながら排除だなんて、あまりにも無慈悲な処分だ。厳しいな〜!
そこが最後の関門かと思ったら、まだその先の41.6km地点に最後の関門があったんだそうだ。
ゴールまで残り600mの所に関門を設置する必要があるのか?って疑問だったが、後から公式記録を見ると、その最後の関門を通過すれば、制限時間の16時を過ぎてもゴールさせてもらえたようだ。
制限時間がきたからと言ってゴールを封鎖すると混乱が起きるので、少し手前でせき止めたようだ。
〜 反省会 〜
レースが終わったら、普通はどこか温泉に繰り出すところだが、地元での開催だから家に帰ってお風呂に入ればいい。
もう夕方になってるから食事も夕食まで我慢するしかない。
て事で、早々に解散し、お家に戻る。
ところが、これがなかなか大変だった。自転車で来ているからだ。フルマラソンを走った後に自転車を漕ぐのはなかなかしんどい。来年は電車で来るべきかも。
自宅に帰り、長々とお風呂に浸かる。普段、私はシャワーだけでサッサと済ます。時間がもったいないからだ。
でも今日は疲れ果てたので、長々とお湯に浸かって疲れをほぐした。
ずうっと痛かった足のマメを見てみると、親指全体に広がった巨大なマメが出来ていた。中は血が充満していて風船のように膨らんでいる。見ただけでも怖そうな状態だ。これでよく42kmも走れたもんだ。
お湯に浸かりながら反省しなければならない。
イスタンブールマラソンや松江城マラソンに続き、なんとか制限時間内にゴールする事ができて、無事、完走メダルをゲットできた。
その点では、まずは良かった。ホッと一安心だ。
しかも、今回は肋骨を骨折して僅か2週間の戦いだった。ゆっくり走ったおかげで骨折箇所の痛みも大したことなく、無事に完走できて良かった良かった。
それでも3年前の同時期の徳島マラソンに比べたら1時間以上も遅い。
このまま少しずつでも回復していってまともなタイムに戻したいぞ。
食べ物については、エイドに大いに期待していた松江城マラソンではすっかり食べ物が無くなっていて終盤にエネルギー不足に陥った。
それなのに今回もエイドに期待して何も持ってなかった。そしたら今回もなかなか高カロリーの食べ物が見つからず、だいぶお腹が空いてしまった。
やはりフルマラソンの場合は、必要最低限の高カロリー食は持参すべきだと思う。
〜おしまい〜
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