科学現象

戻る トップページに戻る



ミステリー研究室

宇宙に果てはあるのか・・・宇宙人は地球にいるのか・・・といった現代のミステリーの最新情報をお知らせします



宇宙が無から生まれたってどういうこと?

私たちのこの宇宙は150億年前に"無"から誕生 しました。最近の科学書は宇宙のはじまりをこのように説明しています。無から誕生する、とは私たちの常識からはとても理解できないことです。無とは、物質も光も時間も空間もまったく何もないということです。それから宇宙が生まれるとはどういうことなのでしょうか?

私たちは有無という言葉のように、物の存在を二つに分けるとすると「有る」か「無い」かのどちらかということになりますが、非常に小さい超ミクロの世界ではそのどちらでもない状態が存在するのです。それを無のゆらぎと言います。それを理論的に説明する科学理論を量子論と言います。

何もない「無の世界」の中のあちらこちらで無のゆらぎによって小さい小さい宇宙が誕生しています。その中で私たちの宇宙のように成長を続けているものもあれば、そのまま消え去ってしまう宇宙もあります。150億年前に「無のゆらぎ」から誕生した私たちのこの宇宙は運よく成長を続けることができたのです。誕生したときの大きさは10のマイナス34センチメートルしかなかったと考えられています。

何も持っていない手のひらを見せられて「何もありませんね?」と問われたら「はい」と答えますが、それは真実でもあり間違いでもあります。実際手の上に何もないのではなく無数の細菌やウイルスやホコリが存在します。私たちに見えないだけなんですね。私たちは見えるもの以外のものの存在を知りうることはできないし、理解することはできません。超ミクロな世界を突きつめると、物が有るのでも無いのでもどちらでもない無と有の間の世界が存在するのです。そういった無のゆらぎから誕生したのはこの宇宙だけではなく、成長をしつづける宇宙は他にも多く存在するということは私たちに大きなロマンを与えてくれます。


宇宙の果ての向こうには何がある?

この広大な宇宙のロマンに魅力を感じはじめた人が最初に持つ疑問が宇宙の果てはどうなっているんだろう?ではないでしょうか。

私たちは現在の宇宙の果てをこの目で見ることはできません。それはなぜでしょう?宇宙のはじまりであるビッグバン以来宇宙は膨張し続けていることは皆さんご存知でしょう。ハッブル宇宙望遠鏡は約110億年前の銀河からの光を見ることができます。しかし、それは110億年前の姿であって、現在の姿を知ることはできませんし、今も存在するかどうかさえも知る手段はありません。もしすぐれた性能の天体望遠鏡ができて宇宙の果てを覗くことだできたとしてもそれはずっと過去に放たれた光なのです。また、過去の宇宙の果てを見ることもできません。現在人類が発見した最も遠いところにある天体は140億光年の彼方にあるクェーサーで、宇宙の果てはその少し向こう150億光年の彼方にあると考えられています。しかし、150億光年の彼方にあるビッグバンの頃の宇宙は光のないプラズマ状態から中性の物質の世界であり、私たちの目では絶対に見ることのできない姿なのです。

宇宙の果ての姿を観測することができないとなると、理論を使って想像するしかありません。現在、想像されている球面のような閉じた宇宙、凹面の開いた宇宙といった形についてはここでは説明しません。では宇宙の果てはどのような姿なのでしょうか。宇宙が無からはじまったとすると、宇宙の周りに存在するものは無ということになります。宇宙の周りには時間も空間も何もない世界が存在することになります。では、宇宙と無との境はどのようになっているのでしょうか。宇宙が無でも有でもない無のゆらぎから誕生したように宇宙と無の間には、宇宙でも無でもない存在がゆらぐ極めて不思議なミステリアスな世界が存在するのではないでしょうか。その姿を見ることができないというのは本当に残念なことです。


火星に生命を見つけることができるか?

2001年10月下旬アメリカの火星探査船オディッセイが火星の軌道に乗ることに成功しました。ここ最近失敗続きだったのでGood Newsと言えます。オディッセイが火星にやってきた目的の一つは火星の過去に存在した水の痕跡を見つけることで生命が存在したことを証明することです。

火星は地球の半分より少し大きいくらいで、重さは10分の1です。重力は地球の約40%しかないため、火星の空気は非常に薄く、空気は地球の約150分の1くらいしかありません。気温も、平均気温がマイナス55度、冬の北極でマイナス133度、真昼の赤道で27度と激しい温度差があります。強い風が吹き荒れることもあり、1973年には火星の全面を覆う大砂嵐が地球から観測されました。こんな火星に生命は存在するのでしょうか?、または存在したのでしょうか?

地球上で火星と同じ条件の大気をつくり、その中で地球の生き物が生きることができるかどうか調べた実験があります。その結果、驚くことに細菌やカビばかりでなくカブトムシやサボテンまで生きていけたのです。また、月面にアポロ宇宙士が置きっぱなしにしていたカメラを地球にもって帰ったところカメラケーブルの中に地球からまぎれこんでいた細菌が生きのびていたという事実もあります。過去の火星はもっと温かく水にあふれた生命の誕生に適した環境であったと考えられています。その時代に生まれた生命の一部が現在の環境でも生きつづけている可能性は十分あるでしょう。




この宇宙のどこかに地球人のような知的生命体はいるか?

田舎へ行って空を見上げるとこの背景のような多くの星や銀河の存在に出会うことができます。私たちのこの銀河系のように星のほとんどは銀河の中に属しています。一つの銀河には1000億個を超える星が存在します。私たちのこの銀河系にも4000億個の恒星が存在します。

これらの恒星の10%が太陽のような大きさ、重さ、温度、寿命を持っていて、そのほとんどが地球や火星のような惑星を複数従えていると考えられます。実際、バーナード星、はくちょう座61番星など惑星が存在すると思われる恒星が観測によって分っています。その中に地球のような環境が存在すれば生命は誕生し、その中の何%かは人類のような知的生命に発展する可能性があるわけですから、この宇宙に知的生命が存在する、または存在した確率は100%と考えていいでしょう。

ところが、そういった知的生命体が今現在存在するか、となると確率はぐっと低くなります。人類が誕生し、宇宙に出て行けるような科学技術を持ってまだたかが数十年です。この文明はどのくらい長く続くでしょうか。早くも核戦争や環境汚染によって滅亡の危機にさらされているではありませんか。もし仮に1000年続いたとしましょう。宇宙誕生以来、宇宙のあちらこちらで文明が誕生と消滅を繰り返していったとしても、150億年と気の遠くなるような時間の中で、1000年どうしの文明の期間が重なり合う確率は極めて低いのです。



戻る トップページに戻る