きもの

幕末

 

モドル

 

伊庭八郎の遠縁の娘

1.小紋   2.振袖   3.訪問着   4.花嫁衣裳   5.留袖   6.喪服

 

伊庭八郎

1.木綿の着物  2.着流し  3.  4.紋付  5.洋装  6.晴れ着

 

 

 

1.小紋

 

小さい頃からずっと知っていた。

それが、「特別」に変わったのはいつだろう?

 

彼はイバハチって呼ばれてて。八郎さんなぁんて呼ぶのはくすぐったかったから。

私もイバハチって呼んでいた。

 

陽気で意地っ張りな男の子。

 

 

2.振袖 

 

この頃になると背丈は追い越され、いつの間にか男になっていた。

懐こい笑顔は変わらないけど。

笑う声に、心が跳ねた。

 

くるくるとした陽気な瞳で見られると、真正面から見れなくなった。

 

背中を見たい訳じゃないのに…

 

 

 

3.訪問着

 

淡い桃色の着物に袖を通す。

今日だけは、彼に会いたくない。

 

私は、武士の家にお嫁に行く。

見たこともない人の所に。

 

上等な絹の着物に、涙を零さないよう天井を睨む。

イバハチ

イバハチ

名前を呼んでも、もう届かない。

 

 

 

4.花嫁衣裳

 

知らせたくなかったの。本当は。

だけど親戚だから。

 

こんな姿で、彼の前にいたくなかった。

 

きっと幸せになるさ。

 

…そんな言葉が聞きたいんじゃないのよ。

私の幸せの横には、あなたはいない。

 

嬉しそうな顔をしないで!

 

 

5.留袖

 

彼の笑顔は、遠くなった。

今は、“彼”が私に笑いかけてくれる。

 

誠実で厳格な人。

私の夫。

 

子供にも恵まれたけれど…

心の隅にはあなたがいるわ。

 

笑顔はかすんで思い出せないけど。

声は。

私を呼ぶ声は、覚えているの。

 

 

 

6.喪服

 

目を閉じる彼は穏やかで。

口元に僅かに笑みが浮かんでいるように見える。

 

いつも笑っていたあなただから。

きっと笑顔が染みついちゃっているのね。

 

ああ

こんな形で思い出したくなかった!

 

冷たい頬に

初めて触れた。

 

伊庭八郎

1.木綿の着物

 

オイラより3つ年上だったかな?

ツンとした口の彼女は。

 

しっかりしてると見せかけて、実はおっちょこちょいだって、オイラ知ってたぜ?

 

彼女が来たら、本も投げてイの一番に走った。

 

勿論息を整えてから会ったけどね!

 

 

2.着流し

 

少しでも大人っぽく見せたくてサ。

会いに行くときは、いつも着流し着てたんだぜ?

オイラの方が年下だけど。

年齢なんて忘れて欲しくて。

涙ぐましい努力だろ?

 

でも必死だったんだ。

アンタに呼ばれる度、余裕なくてさ。

 

 

3.袴

 

 噂を聞いた。

輿入れが決まったんだってな。

聞いた瞬間、頭が殴られたみてぇに真っ暗になって。

道着のままアンタの家に走って行った。

 

挨拶に行くのか、訪問着を着たアンタは綺麗で。

声をかけることが…できなかった。

 

 

 

 4.紋付

 

綺麗だって、やっと笑えるようになったんだぜ?

幸せになってほしくてサ。

ドロドロの心には蓋をして。

いつもみたいに笑うんだ。

 

アンタならきっと幸せになれる。

幸せにしてやるのがオイラじゃないのが…

 

口惜しいけど。

 

 

  5.洋装

 

はるか―函館の海に落ちる雨を見ている。

 

遠くまで来ちまったなぁ…。

オイラ。

ずっと昔は。一度でいいからアンタを抱きしめてみたかったんだ。

…今だから、こんなこと言えるんだけどサ。

 

もうその夢はかなわないから。

 

 

 

 

 6.晴れ着

 

アンタの声が聞こえた。

不思議だね。

何でか…聞こえたんだ。

 

誰もいなくなって。

アンタが、そっと頬に触れてくれたのを感じた。

 

アンタに伝えたいこと、いっぱいあったはずなのに。

 

声は―届かないみたいだ。

 

 

ゴメンよ。

 

 

いつか…アンタが、最期…を、迎える、その時は。

またオイラの名を呼んでおくれよ。

 

オイラ、きっとすぐに行くから、さ!

アンタがさびしくないように。

アンタが怖くないように。

 

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2008.10.23