草原を渡る風

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長編 「朝のない国」 馬賊ラオの幼馴染ヒロイン

1.草原  2.青空  3.土煙り 4.月夜  5.朝靄  6.

 

 

1.草原  2.青空  3.土煙り  4.月夜  5.朝靄  6.

 

 

ラオ

1.草原  2.青空  3.土煙り  4.月夜  5.朝靄  6.

 

 

2008.10.22

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この風はどこに向うのだろう?

 

 

1.草原

生まれた時から、私は草原にいた。

草原の民だから、あたりまえだけど。

生まれた時から、傍にはラオとマがいて。

私はいつも少し年上の彼らの背中を追い掛けて走った。

 

見渡す限りの草原は雨に濡れ、一層緑に瑞々しく。

 

 

2.青空

この地はあまり雨が降らない。

いつも乾燥した風が吹いている。

ラオは18。私は14になった。

 

この時から彼は私と遊ばなくなった。

いつも不機嫌そうな顔をして、大人たちを睨んでいる。

大人たちはそんな彼に怯えていた。

 

 

3.土煙り

何が不満なの?

それを知るのはマしかいない。

血に餓えた狼みたいな瞳で、馬に乗り駆けて行く。

私は唯土煙りを見るだけ。

 

彼が血にまみれた刀を振り回すのを見るだけ。

 

仲間たちが次々と凶刃に倒れて行くのを見るだけ。

 

 

4.月夜

月光に映し出されるのは―壊れたゲルと、仲間たちの遺体。

 

ラオは私を殺さなかった。

私を見ることもなかった。

一人残らず仲間を殲滅した後、彼はマと去って行った。

 

私は白い息を吐いて、一頭だけ残された馬に跨った。

 

 

5.朝靄

昼夜の気温の差が激しい草原を、一晩かけて駆け抜ける。

彼はきっとあそこにいるはずだから!

 

家畜も家も失い、私は独りで生きていけない。

 

どうして殺さなかった?

 

彼はもう長いこと私を見てくれない。

 

私は馬を下りた。

 

 

6.風

彼はまるで手の届かない宝石のよう。

 

東の空は僅かに明るい。

私ははっとして足を止めた。

ラオがいる。

どうして?

 

私を…待っていたの?

 

彼はにやりと笑い、名を呼んだ。

 

風に朝靄が流れていく。

 

私は彼の背を追いかけた。

 

 

 

 

1.草原

気がついた時から、三人でいた。

集落に子供は他にもいたが。

はみ出し者だったからだろう。

何をするにもいつも一緒に行動していた。

 

アイツは、短い脚で転びそうになりながらいつも後ろを追いかけてきた。

妹のように。

 

 

2.青空

貧困に喘ぐ毎日が不満だった。

大人達は全てを諦め現状を享受している。

労働力である俺達は、彼らに縛られ集落を出ていくこともできない。

 

役人達からは蔑まれ、僅かな物も奪い取られていく。

 

泣き寝入りなどできない。

 

 

3.土煙り

自由になるためには討つしかない。

仲間を。役人を。

金が、女が欲しければ奪えばいい。

 

街道の商隊を襲えば簡単だ。

 

本当に?

 

彼女の瞳が告げている。

彼女はこの計画など知らないはずなのに。

俺は唇を噛んで馬に跨った。

 

 

4.月夜

生涯忘れることはないだろう。

俺が想いを自覚した日を。

 

阿鼻叫喚の地獄の中。

彼女は揺るぎない瞳で俺達を見ていた。

責めているのか恐怖しているのか。

 

その瞳に逃げ出したくなる。

 

 

恐怖したのは彼女ではなく俺だった。

 

 

5.朝靄

ラオは彼女を殺さなかった。

ホッとしたと同時に、なぜと思った。

ラオは俺を見ると、にやりと笑って肩に手をおいてゲルに入った。

 

俺は全身から力が抜け、膝をついた。

今になって震えてくる。

 

彼女が生きていることに。

 

 

6.風

不安そうな顔で、いつも彼女は後ろをついてきた。

置いて行かれまいと懸命に。

 

守りたい。

ずっとそう思っていた。

妹のようだと。

 

それが違うと知っていたのは、ラオだけだろう。

 

俺は顔をあげラオの横に立つ彼女を見た。

 

 

ラオ

1.草原

どこまでも続く丘陵。

さえぎる物のない地平線。

ずっと先には何があるのか。

幼い頃はそればかりを考えていた。

 

仕事に追われ、確かめることはできなかったが。

いつか丘を越えて出て行こうと、そればかりを考えていた。

 

 

2.青空

役人に殴られ奪われ、足もとにすがる大人を見苦しいと思っていた。

どうして抵抗しない?

悪戯に家畜は殺され、家は破壊される。

 

ゲルはまた建てることができるから。

微笑む大人たちに苛立つ。

 

理不尽さに吐き気がする。

 

 

3.土煙り

やり場のない苛立ちを払う為、俺は馬で無茶苦茶に草原を駆けた。

ここにいれば、俺も大人達と同じように生きるしかない。

ゾッとする。

自由になるにはどうしたらいい?

 

鷹が兎を狩るのを見た。

 

それは天啓だったのだろう

 

 

4.月夜

罪悪感はなかった。

後悔もない。

血飛沫が上がる度高揚する。

 

心地良い。

自由になるのだ!

 

剣を振り下ろそうとした先に、立ち竦む彼女が見えた。

無理に止めた腕から汗が落ちる。

 

俺はマを見た。

彼女から遠く離れたマを。

 

 

5.朝靄

馬は一頭だけ残しておこう。

金も食料も奪ったけれど。

聡い彼女はそれに気づくだろう。

 

項垂れるマの背中はひどく小さい。

今頃になって、罪悪感に怯えているのだ。

 

そんな顔をしなくとも、

じきに彼女はここに来るのに。

 

 

6.風

俺の後ろにはマがいて。

そのずっと後ろには彼女がいる。

これで何もかもが元通り。

 

俺達は丘陵を超えて、馬を駆ける。

風が心地よい。

草の香りを吸い込み、馬の腹を蹴った。

 

自由だ!

自由なのだ!

 

風が俺達を待っている。

 

 

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