何よ! 一体なんなの?
イヤな胸騒ぎが止まらない。
早く早く、心がせかす。
一体この先に何があるというの?
ヴィンセント先輩は、私に何を見せたいの?
心が焦って、足が縺れそうになるのがもどかしい。
は、唇をキュとかんで校舎の角を曲がった。
こんなに一生懸命走ったことがあっただろうか? いつも涼しい顔をしている彼女には似合わず息が切れている。
肩で息をして苦しいのに、『それ』を見た瞬間息がつまって背中がスゥと冷えるのを感じた。
「ジオ、ラルド……と、ちゃん?」
なぜ?
なぜこの二人が一緒にいるのだろう?
なぜだかわからないが、認めたくないが、身体がかたかたと震えだして膝から力が抜けそうになる。
「何も知らないんだな」
意地悪なヴィンセントの言葉が、蘇った。
どうしてちゃんは、ジオなんかを見つめているの?
ジオは、どうしてそんなに嬉しそうな顔をしているの?
彼との付き合いは、この学園の中では短くない。自分に接してくる数少ない友人の一人――そう思っていたのに……
「う、そ……」
は知らず口元を手で覆って、呆然と呟いた。
「ジオ……」
ジオラルドは、いつも人を小馬鹿にしたような皮肉な笑みを浮かべていたが。いつも意地の悪いポーズをとっていたが。
だが……。目を細めて、口の両端をニヤリと吊り上げているのは、彼がひどく上機嫌だというのを。
それを隠すためにわざと、そんな皮肉な表情を作るのだと。は知っていた。
「なん、で?」
なぜジオラルドが、にそんな表情を見せるのだろう?
対するは、こちらに背を向けていてどんな顔をしているのか分からない。
裏切られた、と思った。
今まで築きあげてきた友情とか、ちょっとした、そう。ほんのちょっとの信頼とか。そんなものが全て、音を立てて壊れていくのを感じた。
「うそよね……」
ジオラルドは、に興味を持っている。
ヴィンセントはそれを知っていた?
「だから、あんなことを……?」
じわり、涙がにじんだ。
悔しくて、裏切られた怒りや。勝手に感じる劣等感や――大切なが自分の知らない所で、ジオラルドと会っていたという事実に……ひどく疎外感を感じた。
もう今までのような態度で、二人に接することはできない。
遠くへ行ってしまったようだ。二人は。自分とは違う、遠い所へ――。
隣にいても、きっと距離を感じる。
「何でよ?」
理解できなかった。
したくなかった。
ジオラルドは、初めからのことが狙いだったのだろうか?
それなら、自分は?
初めから、ただ利用されていた?
を守るのは自分で。だからそんな自分が邪魔で。
まずは、私を攻略しよう、ってそう思ってたの?
それなら、ジオラルドは心の中でどんなに自分の事をあざ笑っていた事だろう。
何の疑いもなく、本当に友人だと思っていたのだから!
ゆるゆると、目を熱い膜が覆っていく。
視界が揺らいで――ぐらぐらと眩暈がする。
「ひどい、よ……」
信じてたのに!
友達だって信じていたのに!
初めからジオラルドは、自分を見ていなかった。自分を通り越してを見ていたんだ。
鼻の奥がツンと痛くなって、息が上手くできなくなった。
「こんな、も、の……!」
綺麗な服を着て。繊細なレースで着飾って!
心を鎧っているつもりだった!
こんな服を着ていたら、初めから自分に敵意を持っている人間は近づいてこない。
傲慢に心を閉ざして、友人を選別していた罰が当たったのかもしれない。
ちゃんは! ジオは! それでも私に普通に接してくれたのに!
「友達じゃ、なかった、の?」
虚しい悲しさが満ちてきて、いっそ笑いたくなった。
おかしな、哀れな自分をあざ笑ってやりたい。
唇がわななき、長い睫の先から雫が落ちた。
熱く焼けた砂の中。しゅんと涙は吸い込まれていって――
は唐突に後ろから回された大きな手に視界を隠されて、困惑して目を見開いた。
「だ、」
れ?
最後の言葉は声にならなかった。
後ろからぐいと腰をつかまれ、校舎の影に抱き込まれるようにしてひっぱられる。
体温の低い、大きな手のひら。無骨な、長い指。
「だれ?」
かすれた弱々しい声で尋ねるに、
「やれやれ」
耳元で傲慢なため息交じりの声が聞こえた。
「こんな所で何をしているのかと思えば……」
耳元で聞こえる、心地のよい低い声。
今は聞きたくない。誰よりも聞きたくない
「イアン?」
その人の声。
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2007.7.17