01 拾ってみる 2006.12.10
花街で遊んで帰った朝。 裏口の土間の隅に、何か生き物の気配を感じて土方為次郎はふと足を止めた。 何だ……? 大きなイヌ程の大きさ、だろうか。 生憎目の見えない自分には、それを確かめる術はないが――何かがいる。 小雨のやんだばかりの朝の空気は、まだ濃い雨と土の匂いを残していて。 為次郎は小さな生き物に不思議そうに目をやると、注意深く近づいた。 山の狸が迷い込んだか。 それとも、野良犬が雨宿りでもしているのか。 近づいても、それは逃げる気配すら見せない。 つ、と腕を伸ばすと、それの身体がビクリと震えるのが分かった。 指先についたのは泥。 すっかりと冷え切った柔らかな――肌? 「……歳、か?」 土間にうずくまる生き物が、自分の末弟だと気付いて相好を崩す長兄に、歳三は不貞腐れていた顔を上げると、勢いよく飛びついてきた。 「どうした?」 まだ幼い弟は拗ねているのか、何も言わずただぐいぐいと腹に頭を押し付けてくる。 前髪の残る頭を撫でてやれば、雨にしっとりと濡れていて。 外を走り回っていたのだろう。押しつぶした草の濃い匂いがした。 「歳?」 かすかに鼻につくのは血の匂い。 「どうした?」 歳三がこうやって甘えてくるのは、大抵次兄喜六に叱られたときだ。 わかってはいたが、尋ねずにはいられない。 「歳?」 歳三は答えない。 大方仕事も手伝わず、外を走り回っていて怒られたのだろう。 泥だらけの着物。 冷え切ったからだ。 どこぞで転んで、着物を汚してきたのか。 すっかりと冷えた身体を包み込んで抱き上げると、密着したからだからかすかに歳三が震えているのが伝わってきた。 自分は年の離れたこの弟に甘いと思う。 だが懐いて擦り寄ってくる歳三が、可愛くて仕方がないのだ。 すっぽりと腕に包み込んでしまえる小さな体。 ふさふさとした、まだ柔らかな子どもの髪。 とりあえずは――。 身体を拭いてやって、手当てをして。着物を変えてやろう。 泥だらけの体にひしとしがみつかれて、自分の着物もすっかりと汚れてしまった。 為次郎は苦笑すると、女中にたらいに湯を入れて持ってくるよう頼んで、小さな身体をあやしながら自室に向かった。
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