03 一緒に食べてみる

2006.12.11

 

土方歳三は、辺りの村でも評判の可愛らしい子供だった。

真っ白の肌にくりくりとした大きな瞳。

一見しただけでは女の子と見まがうばかりの愛らしい顔。

大きくなればさぞや良い男になるだろう、と親戚の女達は寄ると触ると話していたものだった。

「ばあちゃん」

歳三を溺愛したのは、親戚の中でも気難しいと評判の橋本家の”ばあちゃん”も同じで。

兄喜六に手を引かれて遊びに来た歳三に、顔をしわくちゃにして喜ぶと、歳三は舌足らずな声でそう言って膝に飛びついてきた。

「おーぉ、歳三かぁ。よぅ来たの」

クリクリとした目で下から見上げられて、”ばあちゃん”はニコニコと顔中をほころばすと。いつもの毒舌もすっかり忘れて、暖かな手で歳三の頭を撫でた。

前もって来るとわかっていたら、菓子でも用意しておいたものを。

生憎と子どもの喜びそうなものは何もない。

今度からは、ちゃんと前もって来るのを知らせるよう、後で喜六にしっかりと釘をさしておかなくては。

”ばあちゃん”は、目をギラリと光らせて喜六の後姿を睨むと、不思議そうに見上げる歳三の頭を誤魔化すようになでた。

何か歳三の喜びそうなものはあっただろうか?

一生懸命考えてみても、何も思い浮かばない。

だけど可愛い歳三に何かをやりたくて。

喜ぶ顔が見たくて。

「ちょっと待っておいで」

”ばあちゃん”はそう言うと、背中をシャンと伸ばして厨へと向かった。

待っておいで、そう言ったのに。

歳三は腰にがしりと腕を回して、一緒についてくる。

ふくふくとした小さな手には、まだぽつぽつと笑窪が残っていて。”ばあちゃん”はそれを見ると、思わず笑みをこぼした。

 

結局棚の中を探し回ってみても甘いものは何もなく。

”ばあちゃん”は仕方なく沢庵を切ると

「お食べ」

とばかりに歳三の前にコトリ、と置いた。

こんなものしかなかったのが悔やまれる。

喜六もほんに気の利かぬ男よ。

歳三にはもっとうまいものを食わせてやりたいのに。

心の中で喜六に対して文句を言ったが、歳三は目を輝かせて沢庵を口に入れると、ニッコリと笑って”ばあちゃん”を見上げた。

「おれ、ばあちゃんのタクアンが、いちばん好き!」

その言葉に見る見るうちに”ばあちゃん”の顔から苦々しいものが消え去る。

「そぅか、そぅか」

少し温めに入れた茶を両手で抱えながら、ニコニコと笑っておいしそうに食べる歳三を見ると、”ばあちゃん”は満足そうに目を細めた。

口が達者で気難しいと言われる”ばあちゃん”も、歳三の前ではついつい笑みがこぼれてしまうようで。

 

結局、沢庵をぺロリと平らげてしまった歳三に嬉しくなった”ばあちゃん”は、用事を済ませた喜六が歳三を迎えに来るまで、しょうゆ豆やら漬物やらを思いつくままに並べ、歳三と一緒に次々と食べるのだった。

喜六に対する怒りは、すっかりと消えてなくなっていた。

 

 

橋本家からの帰り道。

辛いものを食べ過ぎた歳三が、喜六の手を引いてしきりと喉の渇きを訴えるのは、また別の話。

 

 

にいさん、のどがかわくよ!