04 観察してみる

2006.12.13

 

久しぶりに実家に帰ってきた大作は、弟を探して家の中をうろうろとしていた。

小生意気で意地っ張りで。子どもの癖にプライドが高く、泣いている姿を見せるのを嫌う弟――歳三をからかうために。

 

大作は土方家の五男である。

医家である、粕谷仙良のところへ養子にいった彼は、あまり頻繁に実家に帰ってくることはない。

何かの用事のついでに、養父から許しをもらって帰ってくるくらいだ。

ふっくらとした丸顔の、見るからに頭の良さそうな色白の男。

一見、柔和な笑みを浮かべた人の良さそうな男に見えるが、その実誰よりも根性がひねくれている。

今日はどうやって弟を泣かしてやろうか。

ほくそ笑みながら探していると、外から子ども達が何かを囃子立てるような声が聞こえてきた。

「歳三だぁー! 歳三が来たぞぉー!」

「近づくなー! 近づくとおかまがうつるぞ!」

「おんなおとこ、おんなおとこッ!」

見れば百姓の子ども達が、歳三に向かってはやし立てている。

垣根に隠れて様子を伺っていた大作は、無性に腹が立ってくるのを感じた。

柔和な顔を一瞬にして、般若のごとく変化させて子ども達を睨みつける。口元が引きつっているのが恐ろしい。

歳三を虐めていいのは、自分だけだ!

何で、あんな頭の悪そうなガキ達に、この楽しみを奪われなければならないんだ!

ムカムカしながら歳三を見ると、弟は小さな身体を震わせて俯いていた。

泣いているのか?

ギョッとして大作が出て行こうとした瞬間!

歳三はキッと顔を上げると、自分よりも年上の体の大きなガキ大将に向かって飛び掛った!

「うわぁッ! おんなおとこが怒ったぞ!?」

歳三が反撃をしたのは、これが初めてだったのかもしれない。

子ども達は心底驚いたように声を上げると、周りの小さな子ども達はその声を聞いて火のついた様に泣き始めた。

「このガキッ!」

反撃されて、頭に血が上ったのか。ガキ大将は、大きな拳で歳三を所構わずと殴りつける。

歳三は腕にしっかりと食いついて離れない。

しまいには、怖気づいた気の弱い子ども達がガキ大将を置いて逃げ出す。

――もうこのくらいで止めさせるか。

大作は頃合を見て飛び出すと、

「ヤベッ!」

残っていた子ども達も、ガキ大将を一人残して逃げ出していった。

ガキ大将は、逃げようにも歳三にしっかりとしがみ付かれて逃げられない。

逃げ遅れて大作を睨みつけると、

「歳三!」

大作は、力任せに身体を引っ張られ、殴られる歳三の小さな身体を、慌てて抱きとめた。

ぼろぼろになって、所どこの血のにじむ着物。

破れた着物から覗く肌には、たくさんの大きな青あざができている。

大作は奥歯をかみ締めると、ガキ大将をにらみつけた。

「な、なんだよ!?」

その眼光のあまりの鋭さに、ガキ大将が怯む。

「離せ! 大作!」

歳三は後ろから羽交い絞めにされながらも、まだガキ大将に飛び掛ろうともがいている。

このままここにいたら、また喧嘩になるかもしれない。

あの餓鬼には腸が煮えくり返るが。

大作は大柄なガキ大将を睨みつけると、暴れる歳三を引きずるようにして家に戻った。

 

部屋に入った瞬間大人しくなった歳三の着物を脱がして、手当てをしてやる。

自分も医者の卵だ。簡単な薬くらい持っている。

いつもなら大作に突っかかってくる歳三も、先の喧嘩で力尽きたのか、されるがままになっている。

「沁みるぞ?」

ワザと沁みる薬をたっぷりと傷口に付けてみても、歯を食いしばって歳三は俯くだけだ。

「……どうして喧嘩なんかしたんだ?」

オマエは弱いのに。

自分の大事な弟が、他人の手で怪我をさせられたのが気に喰わなくて、八つ当たり気味に言うと、歳三は拗ねた様に口を尖らせてプイと横を向いた。

その生意気な仕草が、ムカツク。

素っ裸のまま意地を張っても、風邪引くだけだっての!

歳三の額をデコピンすると、歳三は目に浮かべた涙を必死にこぼすまいと力を入れた。

「あんな馬鹿な奴ら、相手になんかするな」

そうすればこんな怪我をさせられずにすんだものを。

少し大げさに包帯なんかを巻いてやりながら大作が言うと、歳三は震える唇をかみ締めて

「……大作がいたから」

消え入るような声で言った。

「おれが負けたら、大作、またおれのことばかにする」

悔しそうに身体を震わせる弟の声を聞いて、どうしようもなく愛しさがつのってくる。

「俺がいたの気付いてたのか?」

「あんなの、かくれた内には入んねぇよ!」

「生意気だな。オマエ」

「……ふぇ」

あ!

とうとう堪えきれなくなったのか、小さく嗚咽をもらした歳三に気付いて、大作は内心慌てた。

 

恐らく。歳三は、いつもはあんな連中を相手にすることはなかったのだろう。

なのに、今日に限って相手の挑発に乗ったのは、大作に男だと認められたかったから……。

――なんだよ。結局コイツが怪我をしたのは、俺のせいかよ。

大作は苦々しく息を吐くと、立ち上がりざまに後ろを向いたままの歳三の頭を、一つぽんと叩いてやった。

「男が人前で泣くんじゃない」

「ないてねぇ!」

「……そうかよ」

弟の頭を撫でる、なんて甘ったるい事はできなかったが。

精一杯の愛情表現で叩いてやると、大作に初めて優しくされた歳三は、必死に拳で目をこすって、両足を踏ん張ってくるりと大作に向き直った。

「あの時、大作がじゃましなかったら、おれが勝てたんだ!」

「はいはい。そりゃあ悪かったな」

「もう、じゃますんなよ!」

「はいはい」

生意気なヤツ!

弟を適当にあしらいながら言うと、歳三は満足そうに一つ頷いた。

いそいそと着物を着る歳三を尻目に見ながら、先ほどのガキ大将を思い出す。

もう二度と弟に怪我をさせないよう、思い知らせてやらなければ。

口元にゾッとするような黒い笑みを浮かべる大作に気付きもせずに、歳三はすっかり着物を着替え終わると、今度は破れた着物を持ってオロオロと隠し場所を探し始めた。

こいつを虐めてもいいのは、俺だけだ。

そんな物騒な事を大作が考えている、なんてことを思いもせずに。

押入れの隅に丸めた着物を隠してしまうと、歳三は荷物を手に持つ大作に気付いて声をかけた。

「もう帰んのか?」

「ああ」

「……ふぅん」

「兄さんたちにヨロシク言っとけよ」

「……わかった……」

途端にテンションの低くなった弟に、小さく笑みを漏らすと

「じゃあな」

ワザと家に一人弟を残して、大作は土方家を後にした。

広い部屋にポツンと立って。不安そうに自分を見る歳三が可愛い、なんて思いながら。

外に出て、太陽の眩しさに目を細めると

「さぁて……」

大作は薬箱を背負いなおして、口元ににやりと笑みを浮かべた。

 

それから――。

 

 

 

 

まっすぐ彼が家に帰ったのかどうか……。

ただ、泥だらけで家に帰った大作は、やけにすっきりとした顔をしていて、養父たちに不思議がられたという。

 

 

俺の弟を虐めるなんて、いい度胸してるじゃない。