05 連れ出してみる 2009.08.07
喜六は大の芝居好きだった。 三度の飯より芝居が好きで。 いつも眉間にしわを寄せ難しい顔をしているのに、芝居が来た日は上機嫌でニコニコとしている。 それを見れば、喜六が何も言わずとも、ああ芝居が来たんだな、と周囲のものは皆わかった。
大黒柱として一家を支える喜六はいつも厳しく。 事あるごとに口やかましく小言を言われるため、歳三はこの兄が苦手だったが…… 何がどうなったのか。 気が付けば、上機嫌の兄に手を引かれ芝居小屋へと向かっていた。
正直歳三は芝居があまり好きではない。 当時の芝居といえばどろどろしたワイドショーのようなもので、スキャンダルをさも情感たっぷりに演じたものだったからだ。 それを暗い芝居小屋の中、ちょうちんの灯りと高いところに僅かにある窓から差し込む光だけで見るのだ。 顔を真っ白に塗ったくった役者たちが繰り広げる芝居は、まだ幼い歳三には奇妙に見え、面白いというよりも恐ろしいとしか感じられない。
しかし――。 せっかく兄がこうして連れてきてくれたのだから……。 見たくないともいえず、歳三は蒼白な顔のまま覚悟を決めると兄の横にぴとりと引っ付くように座った。 喜六は上機嫌で、今回の芝居の見所や醍醐味を語ってくれる。 何でも今から始まる芝居は、実話を元に作られた話らしい。 親に捨てられた小さい子供が健気に親を探して旅をする――。 そしてひょんなことから出会った男に子供は殺される。 どんな運命の悪戯か、それが子供の親だった…… という、話らしいのだ。
(――これのどこが面白いのだろう……) 粗筋を聞くだけでも嫌になってくる。
芝居小屋の中は人いきれでムッと暑かったが。舞台上で殺される少女に、観客の上げる野次に、身を震わせ歳三はぎゅっと喜六の袖を握った。
喜六は厳しく、普段めったにこうして一緒に外出などしてくれなかったが……。 もう二度と芝居なんか見に来るもんか! 歳三はそう心に固く誓うと、ぎゅっと目を閉じて芝居が終わるのひたすら耐えた。
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