佐藤彦五郎(17歳)
何度でも言うが、らんちゃんは可愛い。 床の間に飾っておきたいくらいに可愛い。 桜の季節に合わせたような白地に淡い桃色の着物も。帯の下で蝶結びに結んだ萌黄色のしごきが、らんちゃんが歩くたびにぴょんおよんと尻尾のように揺れるのも。 何もかもがあまりに可愛すぎて、誰にも見せずに家の中大切に大切にしまっておきたくなる。 誰もいない時に、たまに取り出して大事に愛でる宝物のようにね!
だけど、可愛くないところが一つだけある。 それは……
「彦五郎さん! 私ね、今占いにはまっているの!」 これだ! 「ふ、ふぅん……。今度は何の占いだぃ?」 お、落ち着け、俺! 動揺を悟られるな! 格好悪いから! 何もまた占いの結果が最悪になったわけじゃない。 らんちゃんは俺ん家の縁側で、楽しそうに足をぶらぶらとさせながら、にこにこと笑っている。 俺の横にちょこんと座って、小首をかしげて俺を見ている。 ふっくらとした頬に浮かぶ笑窪が可愛い。なぁんて普段の俺なら思うんだろうけど。 俺は大人としての矜持を保とうと、勤めて冷静なふりをして、向こうの方に広がる田園風景を眺めていた。 まだ田植えの始まっていないそこは、一面の蓮華が咲き乱れている。 俺達の足元で揺れているのは、紫色の小さな花が咲くほとけの座。 俺はふぅと息を吐くと、湯飲みを傾けた。 これは決して落ち着くために飲んだのではない。喉が渇いていたから飲んだんだ! ああ、いつもは可愛いらんちゃんなのに。 占いが関わると酷く毒舌になるなんて……。 誰にでも欠点の一つくらいはあるもんなんだな……。 今日は一体何を言われるんだろう? 胃がキリと小さく痛んだ。 いかん。湯飲みを持つ手が震える。俺はドキドキしながら、固唾を呑んでらんちゃんの言葉を待った。 「私ねぇ、彦五郎さんの占いもしてあげたの」 きたッ! 「彦五郎さんはねぇ。えぇと……」 らんちゃんは胸元から綺麗に折り畳んだ半紙を出すと、鈴のなるような声で言った。 「彦五郎さんは、全体的に見ると凄く極端な運命を持っているんだって」 「へ、へぇ……」 「五画の吉相は、はっきりとしにくい組み合わせで、波乱と孤独に満ちた人生を送る。苦労が堪えないって結果になったわ!」 「へ、へぇ……。そっか」 「それから、自分はいい人だって思われたいから、敵を作らない平和主義者なんですって。面倒見はいいんだけど、他の人の不運まで背負い込んでしまうって結果が出たわ」 「あははー、そ、そうかぁ」 たかが占い、当たるわけない! そう思っていても、決して口に出すことは出来ない。 だって、前にそう言ったら、らんちゃん目に涙を浮かべて、せっかく彦五郎さんの調べてきたのに、って怒ったからな。 ああ、チクショウ。綺麗な小さい字が並ぶらんちゃんの半紙が憎らしいぜ。 俺は心の中で涙を流しながら湯飲みの中の茶を睨んだ。 どんな占いをしてもらっても(頼んでないのに!)俺の占いの結果は、あまり良くない。 どんな暗黒星の下に生まれたってんだよ。俺は!
なんて言い出すし。 湯飲みを持ちながらズーンと影を背負ってうな垂れていると、らんちゃんはニコニコと笑いながら続けた。 「でも彦五郎さん、恋愛面は一生懸命相手に尽くしてマメなんですって」 お!? 「彦五郎さんのお嫁さんになる人は、きっと幸せになるんでしょうね」
「でも、若いうちはいいけど、晩年は孤独の相がでてるわ」 らんちゃんは一気に俺を突き落とした。 うん……。 らんちゃんが楽しそうで何よりだけど……。今俺、とどめ刺されたから。 もう金輪際俺の占いはしてくれるな、っとは言わないからさ。 もっと可愛らしい、女の子っぽい占いにしてくれないかな。 「ねぇ、らんちゃん」 「なぁに?」 「どうせやるならさ、占いは占いでも、花占いとかそういうのはどう?」 「ええっ!? そんなの当たるわけないでしょ! 第一女の子なら花占いだなんて、彦五郎さん夢見すぎ! そんな女の子、今時いやしないんだから!」 「あ、そう……。うん、なんかごめん……」 ああ、何だか目の前が霞んで見えるよ。 花霞みってやつかねぇ……? 俺はぐすっと鼻をすすると、泣き笑いの顔で空を仰いだ。 「あー……空が青いや」 「変な彦五郎さん」
どんなにひどいことを言われたって、悪意がないってわかってるからさ! 俺は平気だよ! うん。俺、妹みたいに可愛いらんちゃんが大好きだからさ。 はぁ……。
2009.10.20 2011.6.10 |