表情で66題(内【笑う】6題)

 

表情で66題  (うち【笑う】6題。 )

 試衛館ズで頑張ります

   お題はこちらからお借りしました。 

モドル

 

01 爆笑   02 微笑む   03 歯を見せて    04 皮肉げに    05 諦めたように    06 高らかに        完結

 

モドル

 

 

 

01 爆笑

 

 

2006.12.11

「な、ななな! なんなのよーッ!? これッ!?」

は絶叫して辺りを見回した。

何で自分はこんな所にいるんだろう?

さっきまで普通に道を歩いていたはずなのに。

手に提げていた、買ったばかりの洋服の入った紙袋がズルリ、と落ちる。

呆然と見回す景色は――江戸……?

高層ビルなんていっこも見当たらない。紙と土と木でできた素朴な日本家屋が広がる町並み。

自分は今、その家の中にいるらしい。

昼なのに部屋の中は薄暗く、往来のざわめきがどこか遠くのほうで聞こえる。

は呆然と、目の前にいる人物を見て目を見開いた。

な、なんなの? この人……。

一体何やってるの? 何で上半身裸なの!?

いや、それ以前に、なぜ腹に下手くそな絵が描かれているのだろうか?

若い男は着物のもろ肌を脱いだ状態のまま、を見て固まっている。

今まで手に持っていたのであろう紅筆が、畳に赤い線を引いて無残に落ちていた。

 

その男とはポカンと口を開けたまま、互いの顔を穴の開くほど凝視していた。

何だ、こいつ……? 今どっから現われたんだ?

この部屋には、確かに自分しかいないはずだった。

なのに、いきなり何かの気配を感じたと思った瞬間――

ドスンという音と共に、この女が宙から降ってわいてきたのだ。

見慣れない服を着た、若い女。

湯上りでもないのに、肩まである髪を結わずに下ろしている。

まあ、あの長さじゃあ日本髪は結えないだろうが。

男は口を結んで、をじろじろと上から下に眺めた。

何であの着物、あんなに丈が短ぇんだ?

というか、あれ袴、か?

にしちゃあ、膝丈までしかねぇけど……。

何か髪も短いし。

いきなり宙からわいて出るなんて、こいつ本当に人間か!?

ハッ! もしかして――狸、か?

狸が化け損ねたのか?!

そうだ、きっとそうに違いない!

男は勝手に自己完結すると、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。

 

はしばらく呆然と男を見つめた後、ハッとしてきょろきょろと辺りを見回した。

「あ、あの……ここ、どこ、です、か……?」

遠慮がちに恐る恐る、背の高いこの男に話しかけると、男はきょとんとしたまま

「シェーカンー」

と発音した。

「は……?」

し、シェーカンー?

シェーカンーってどこよ!?

またまたパニックになりかけて、頭を抱える。

目の前にいる男は、が危険な人物でないと思ったのか、じろじろと好奇心一杯の目を向けてくる。

ガシリとした肩幅。

見事に割れた腹。

男はまだどこか子どもっぽさの残る顔で、わくわくとを見下ろしていたが、彼女がばっと顔を上げたのを見て、

「うぉッツ?」

小さく声を上げてのけ反った。

「あの! こ、ここって日本、ですよね?」

「あぁ?」

「いえ、あの……すみません」

何言ってるの!? 私ッ!

日本なのは見たら分かることじゃない!

だって自分は今、畳の上に立っているし……。

あ! 土足で!

は自分が人様の家に土足で上がりこんでいることに気がつくと、とりあえず急いで靴を脱いで手に提げた。

「なぁ、アンタ。今どっから来たんだ?」

「えぇと、どこからと言われましても……」

「人間か?」

男は真面目な顔でそう言うと、ずかずかと歩いていておもむろにの尻を掌で投げ上げた!

「ヒッ!?」

「なんだ……尻尾は、ねぇな」

「な! 何するんですか!?」

もう! 一体何なのよ! この人ッ!

顔は結構カッコいいくせに、いきなりセクハラしてくるし!

それどころか、腹には下手くそな顔が描かれているし! (ていうか、なんかちょっとアレ、エリザベスに似てない!?)

腹踊りでもするつもりなのだろうか……?

もしかして、宴会か何か?

だとすれば、この男の妙な井出達にも納得がいく。

よりも長い、サラサラの髪を女の様に背にたらして。

が怒ったのを見た瞬間、逞しい体で、しなを作ってふざけているこの男は、きっと腹踊りの出し物でもするのだろう。

ど、どこの宴会に紛れ込んでしまったのかは分からないけど……

とにかく速く出て行こう!

はそう思うと、慌てて畳の上に落ちていた自分の荷物を広い上げた。

「お、お邪魔しまし、たぁー……」

男とは目を合わせないようにして、そそくさと脇を通り抜ける。

何で自分がこんな所にいるのか分からないけど。

とにかく速くココから逃げ出したかった。

そう――思ったのに。

「ぎゃ!?」

ガシリと腰に男の腕が回ったと思った瞬間。急に視界が反転しては声を上げた。

「な、ななな何!?何!?」

「まぁ、待てって!」

男は楽しそうな声でそう言うと、何を思ったのかを俵のように担いで奥の部屋へと歩いていく。

「ち、ちょっと! 下ろして下さい!」

の手から、ボタボタとまた紙袋が音を立てて落ちた。

男はいったいどこに自分を連れて行こうというのか。

――恐かった。

恐怖に震えながら下から男をにらみつけると、

「まぁまぁ」

男はにっこりと笑って、鼻歌を歌いながら足で行儀悪く襖を開いた。

ああ――自分は一体どうなってしまうのだろうか?

じたばたと暴れても、一向に男の腕は緩まる気配もない。

「だ、大体一体アンタ何なのよ!?」

普段なら爆笑ものの腹の絵も、今日ばかりは笑うことができない。

半泣きになって男に噛み付く様に言うと、

「俺ぇ?」

男はにんまりと笑ってを見下ろした。

「俺の名前は、原田左之助だ。よろしくな! 狸の娘さん」

……原田左之助……。

て、新撰組の10番隊隊長、のですか……?

シェーカンー、って試衛館かよッ!!

は愕然として、男を凝視した。

ニコニコと楽しそうな笑みを浮かべている男は。

カッコいい部類に入るのだろうが……どうにも頭のほうは、何も考えていなさそうで……。

 

一体なんなの!?

何のイジメなの!?

何で自分は原田左之助に抱えられているの?

は泣きたい気持ちで一杯になった。

 

一体何がどうなったのか、さっぱり分からないけど。

 

。どうやら異世界トリップしてしまったようです……!

 

もうこうなったら笑うしかないよ!

 

 

 

 

 

 

 

02 微笑む

2006.12.14

「近藤さん! 近藤さん! 見てくれよッ、コレッ!」

声に一杯に喜びをにじませて、原田が大声で言った。

頭の上で楽しそうな声が響くたびに、彼の肩を太い腕を音が伝って身体がビリビリとする。

ズカズカと遠慮なく黒光りする廊下を歩きながら大声で近藤の名を呼ばわる原田に、

ナヌッ! 近藤さん、となッ!?

は目を光らせると、辺りを見回した。

幕末にはあまり詳しくなかったが、近藤の名前は知っている!

新撰組局長! 近藤勇だよね!?

某週刊誌で連載している漫画の影響で、には微妙に間違った幕末の知識があった。

どうやら自分が迷い込んでしまったのは、幕末のようで。

が、好奇心一杯に無理な体勢のまま顔を上げると、道場で木刀を持つ若い武張った男と目が合った。

若ッ!

あれ!? あれが近藤勇!?

日の光の少ない、時代を感じさせる道場にその人はいた。

はポカンと口を開いて、写真に残っているよりもいくらか若い、朴訥な笑顔を浮かべる近藤勇を凝視する。

片手に木刀を持って、今の今まで素振りでもしていたのか。一杯にかいた汗を手ぬぐいで拭う近藤に原田はずんずんと近づくと、ネコが飼い主に獲物を見せるように、自慢そうに効果音まで付けてを見せびらかした。

「どうしたんだ? サノ。その娘さんは……」

近藤は申し訳なさそうに眉をハの字にしてを見ると、

「捕まえた!」

サノは得意満面にそう言った。

「捕まえたって、そんな――」

娘さんに対して失礼だろう?

すまないね。

に向かって苦笑交じりに近藤は言うと、はやっと目が覚めたように瞬きをして首を勢いよく振った。

「いいい、いえ! そんな滅相もない!」

新撰組局長に謝ってもらうなんて!

動揺しながら真っ赤になって顔の前で手を振るを、原田はおかしそうに笑うと

「近藤さん! こいつァ狸の子どもだ!」

ガシリとの頭を掴んで言った。

「は?」

近藤との声がハモる。

「……たぬ、きの子ども?」

困惑したように近藤は繰り返し。

あー、そういやさっきもそんなコト言ってたっけ?

はぼんやりと思い出して、顔をしかめた。

原田は大仰な身振り手振りで急にが現われた事を近藤に伝えると、

「ふむ」

近藤はあごに手をやって、をまじまじと眺めた。

「――で? 君はその、本当にたぬき、なのかい?」

笑いをかみ殺しながら、ゆっくりと落ち着いた声で近藤が尋ねる。

――どうしよう?

自分はここではイレギュラーな存在だ。

いきなりこっちにきてしまった以上、いきなり帰るということもあるかもしれない。

たぬきで通したほうがいいだろうか……?

プライドは痛むけれど。

うんうんと唸りながら悩むを見て、さも嬉しそうに

「な!?」

原田は近藤を見ると、

たぬき決定?

はガクリと肩を落として、原田に抱えられた状態ままぶらりと力を抜いた。

「そういうことだ、近藤さん! 面白そうだから、コイツ今夜の宴会に混ぜてやってもいいだろ?」

新撰組の皆さんと宴会!?

その言葉を聞いて、途端にが復活する。

お仲間に入れていただけるなら、もうたぬきでもきつねでも構わない!

キラキラとした目でが近藤を見上げると、近藤はゆっくりと頷いて微笑んだ。

「ああ。これも何かの縁だろう。俺の名は近藤勇だ。宜しく。たぬきの娘さん」

「やったぁあ!」

喜びのあまり原田の肩の上で声を上げて喜ぶと、

「あぶねッ!」

危うく落ちそうになって、慌てて原田に抱えなおされた。

 

 

 

ていうか、誰も私の名前 覚える気なし!?

 

 

 

 

 

 

 

 

03 歯を見せて

2008.9.2

 

 

それからのは有頂天だった。

時間がたつにつれ、どんどんと集まってくる有名人たちに心を躍らせながら、近藤に頼まれるがままにテーブルを片付け、湯呑を盆にのせ走り回っていた。

 

現代の家と違って、昼間でも日本家屋はどこか薄暗い。

それはガラス窓と障子の違いだけではないようだったが。

ぱたぱたと廊下を駆け回るは気にするそぶりもなく、一生懸命に宴会の準備をしていた。

雰囲気のある純和室に、着物姿の人たちが集まってくるのをみて次第にテンションが上がってくる。

なぜ、初対面の客であるはずの自分がメインとなって準備をしているのか。

そんなことはもはやはどうでもよかった。

 

今試衛館に集まっているのは、10数人。

客人は来てすぐに近藤に挨拶に向かい、そのうち数名は道場で汗を流している。

とともに準備を手伝ってくれているのは、井上源三郎と山南敬介だ。

だがまだ、の一番会いたい人たちはやってこない。

土方歳三と、沖田総司!

 

何で!?

何でまだ来ないの!?

 

この二人を見るまでは、どうあっても現代に帰るわけにはいかない!

今か今かと心待ちにしながら、が鼻息荒く決意すると、玄関の方で明るい笑い声が聞こえてきた。

「おー! やっと帰ったかぁ!」

原田の大きな声が聞こえる。

誰?

誰が来たの?

は顔を輝かせて聞き耳を立てた。

さわやかな笑い声と、落ち着いた印象の声。

どうやら二人いるらしい。

どきどきと、期待が高まる。

原田はタヌキの子供を捕まえた、だとか喜々として話していて、二人はそれをからかうようにして笑っている。

 

どんどんと足音が近づく――!

 

開いた障子に人影が写り――

ひょこり、と髷を結った人が顔をのぞかせた。

白いきめの細かな肌に、育ちのよさそうな顔。

そして。

彼ら三人の中で一番落ち着いた雰囲気の、ちょっと苦み走った感じの若い男の人。

(誰ーーーー!?)

は心の中で叫んだ!

二人は見慣れぬ衣装を着たを見て、驚いたようにぽかんと口をあけて固まっている。

原田はそんな二人を見て楽しそうに大声で笑うと、

「な? だぁから、言っただろ? こいつが狸の子だ!」

の首にがしりと太い腕を巻きつけて、二人の前に突き出した。

「あ、ど、どうも……」

誰? 誰? 誰なの?

どぎまぎしてあいさつすると、はっと我に帰った男が、頭をかいて苦笑いを浮かべた。

「おいおい、こいつは……人間の娘さんじゃ、ないのか?」

「そ、そうだよ! 左之助! 狸じゃないって!」

慌てふためくお坊ちゃん風の人がの首から原田の腕をのけて、ぺいっと放り捨てる。

原田は文句を言って、唇を不満げに突き出した。

 

「まぁ、何にせよ。宴会の参加は歓迎するよ。野郎ばっかだと息が詰まるからな」

髷の男は落ち着いた口調でそう言うと、歯を見せてにこりと爽やかな笑みを浮かべた。

「俺の名前は永倉新八。こいつは藤堂平助。よろしくな」

 

永倉さんとと藤堂さん!

あの有名な三馬鹿トリオか!

は心の中で絶叫したが、表面上はいたってにこやかに

「はい」

と答えて会釈した。

 

 

興奮で頬っぺたが赤くなっちゃうのはしかたないでしょ!?

(だからって、惚れたってことはないからね。原田さん!)

 

 

 

 

04 皮肉げに

2008.9.4

 

 

 

宴会が始まった。

 

ドンチャン ドンチャン

マンガのようにそんな音をたてて、どこから持ってきたのか酔っ払って太鼓をたたく者。茶碗をたたく者がいる。

「……すご……」

想像以上の騒がしさに、頭を抱えてはうんざりと室内を見まわした。

 

確かに、宴会に出たいって思ったさ!

だけど、誰がここまで凄いと想像できるだろう。

原田は誰に頼まれてもいないのに、自分を見てくれ! と言わんばかりにもろ肌を脱いで腹踊りをして周りの人に迷惑がられているし、落ち着いた印象だった近藤ですら、楽しそうに豪快に笑いながら大声で話している。

あまりのうるささに、大声を出さなければ話もできず、よけいに周りの騒音も大きくなり――

 

悪循環だって

はうんざりとした顔で、ちびちびと茶を飲んだ。

ここまでくると、素面でいる方が苦痛だ。

 

土方さんと沖田さんを見るまでは酔うのはやめとこうって思ったけど…

いっそ酔ってしまった方が、精神的に楽かもしれない。

「……ハァ……」

何度目かしれない深いため息をついて、手に持っていた湯呑を口につけた瞬間――

「ぐボッツ!!?」

は目を白黒とさせて、思い切り噴き出した。

「な、何これ!?」

さっきまでお茶を飲んでいたはずなのに!

中身が酒に変ってる!?

「え、えええ?!」

自分では酒をついた記憶はない。驚愕してまじまじと湯呑を見ると、横で誰かが盛大に噴き出すのが聞こえた。

「えええぇぇ?」

て、いうか誰っ!?

広い室内でも、10人以上の男がいるのだ。

食べ物のある机の周りはぎゅうぎゅうに鮨詰めになっており、は今更ながらに横に見知らぬ若い男がいるのに気がついて目を丸くした。

「あはは。だめじゃないですか。ちゃんと飲まなくちゃ」

男は眼尻に涙を浮かべながら、明るい口調でそう言ってくる。

「だ、誰?」

年はまだ若い。少年と言ってもいいかもしれない。

黒いサラサラの髪を総髪にして、清潔な木綿の着物を着ている。

男は茶目っ気たっぷりな瞳でを見ると、

「そう言えば自己紹介がまだでしたね」

にっこりと笑って居住まいを正した。

「私の名は、沖田総司です。よろしくタヌキの娘さん」

こいつもか!

「タヌキじゃねぇ!」

思わず叫んだに、沖田がまた噴き出す。

 

っていうか、っていうか!

「い、いま沖田総司って言った……?」

ドキドキしながら尋ねると、沖田はそうですよ。と言ってまた笑った。

 

うわ……すごい。

イメージ通りの人。

華奢な体つきに、明るい性格。

 

土方さんは?

土方さんも、もしかしてもう来てる?

 

はっと顔をあげて周りの顔を見回してみたが、酒に酔って乱れる赤ら顔の男たちしか見当たらない。

がっかりして肩を落としかけると、

 

「あ、土方さーん!」

横で沖田が明るい声を上げるのが聞こえた。

「ここ、ここ! ここですよ!」

高々と手をあげて、沖田が土方を呼ぶ。

 

う、うそ。

マジで!?

 

土方さん、来た!?

 

見たいのに!

ドカンと緊張が膨れ上がって、振り返ることができない。

「あ! 伊庭さんも来てくれたんですね」

沖田の明るい声が、このときばかりは少し恨めしい。

 

ちょっと離れた所から、こっそり見るだけでよかったのに!

土方と伊庭は、沖田に呼ばれるままにすぐ隣に腰をおろした。

 

「ん? 誰だ? その女は」

訝しげな声が聞こえる。

これってきっと土方さんの声だ!

耳に心地の良い、だけど若さの残る乱暴な口調で。

自分のことを話題にされ、はびくりと肩を震わせた。

「あ、紹介しますね! こちら土方歳三さんと、伊庭八郎さん」

沖田の声がどこか他人事のように聞こえる。

「そして、こちらが――タヌキの娘さんですよ。土方さん! 伊庭さん!」

「た、タヌキィ!?」

土方、伊庭、の三人の声が仲良くハモる。

 

こんな時までそんな紹介の仕方ってないよね!?

思わず顔をあげたは、すぐ近くに座る土方を見て呆然と眼を見開いた。

 

か、かっこよすぎる……!

 

まるで役者のような――って本に書いてあるのを読んだけど!

黒々とした髪。鋭い切れ長の瞳。

色白の涼しげな顔。

思わず見とれていると、土方はその秀麗な顔をにやりと歪めてを見た。

「惚れたか?」

「だ、誰が惚れるか!?」

 

思わず真っ赤になって立ち上がって怒鳴ると、示し合わせたように騒音がぴたりとやみ、沖田が腹を抱えて笑った。

 

そりゃあ確かに見とれてたけど!

「どっちかっていうと、土方さんより伊庭さんの方がタイプです!」

悔し紛れにそう言うと、

「タイプって何だ?」

土方が顔をしかめ、

「なんだかわかんねぇが、ありがとよ」

隣の伊庭が人好きのする笑顔でにこりと笑った。

 

っていうか、伊庭さん本気でかっこよくない?

 

 

 

 

 

05 諦めたように

 

 

2008.11.3

 

……ところで。

一体いつになったら、この宴会は終わるんだろう…?

はうんざりとした顔で、机に突っ伏した。

 

時計がないせいで、今が何時なのかわかならい。

(でも、もうかなり遅いよね…。)

 

中には酔いつぶれて高いびきをかいて眠っているものもいる。

机の上には食い散らかした食べ物や皿が散らばり、ぐでんぐでんに酔った男たちが銘々に好き勝手なことを話している。

 

(っていうか、話かみ合ってないし。会話にすらなってないし!)

もう寝たい…。

しかし、今日いきなり現れた自分が、勝手に部屋を借りて休むわけにはいかない。

かといって、ここで雑魚寝なんて恐ろしいまねはできるわけがないしっ!

 

「はぁ……」

土方さんも伊庭さんも、沖田さんも。

気がついたらいなくなっちゃってるしなぁ……。

原田は高いびきをかいて眠っているし、ちょっと離れたところでは、永倉さんと藤堂さんがかみ合わない会話をしながらまだ酒を飲んでいる。

「暇……」

誰か相手してくれないかな……。

部屋の中を見回した時、縁側で外を見ながら一人手酌で飲んでいる人を見つけた。

黒い着流しの着物に、すらりとしたかっこいい人。

後ろを向いているせいで顔はわからないけど、凛と張りつめた刀のような人だ。

 

は皿に残っていたわずかばかりの食べ物を手に取ると、

「あの……」

恐る恐るその人に声をかけた。

「何か用か?」

「え、と……用って言うほどじゃないんですけど……独りでいてもつまらなくて」

男はちらりとを見ると、わずかに眉間にしわを寄せた。

「もう休んだ方がいい」

「……そうしたいのは山々なんですけど……」

青白い顔で疲れたように笑うと、男はすくりと立ち上がった。

「部屋に案内してやろう」

「本当ですか!?」

思いがけない申し出に、は喜んだ。

怖そうな人だと思ったのに!

こんなに親切だったなんて!

の喜びように男は切れ長の鋭い目元を和らげると、大きな手での頭をぽんぽんと撫でた。

あまりそういことをしそうにない男に頭を撫でられて、が赤面する。

それきり男は無言でを促すと、離れたところにある静かな部屋に案内してくれた。

 

「あの! 名前、名前教えていただけませんか?」

去り際に思い切って男に声をかけると、男は酔いを感じさせないしっかりとした声で名乗った。

 

「斎藤一だ」

 

 

(さ、斉藤一さん!? 脳裏に一瞬、某流浪人が過ぎって、すっかり目が冴えちゃったよ!)

 

 

 

 

 

06 高らかに 1

 

2008.12.13

 

 

「はぁ……疲れた……」

は布団にどさりと倒れこむと、枕を抱えて疲れたように顔をうずめた。

「なんか……ものすごーく濃い一日だった気がする……」

普通に買い物に行っただけのはずなのに。

どうしてこんな所にいるんだろう?

 

「夢、なのかな?」

買い物に行ったと思ったのも全部夢で――もしかしたら自分の体は、まだ部屋で寝ているのかもしれない。

「っていうか……それしか考えられないよね?」

アニメや漫画じゃあるまいし。

(この現代社会に、タイムスリップなんてさ!)

それに……。

ここに来る前だって、普通に歩いていただけで、特に変なことに巻き込まれた記憶はない。

「夢、かぁ……」

はつぶやくと、寝返りを打って天井を眺めた。

夢、そう思えば全てが納得できるけど。

心の奥が、ぽっかりとさびしくなった。

「起きたら全部……忘れちゃうのかな……」

折角試衛館のみんなと会えて、話もできたのに。

(もっと仲良くなりたいのに)

起きてしばらくしたら記憶にも残らない、夢、だなんて。

言いようのない寂しさに、は眉根を寄せて天井の木目を睨んだ。

夢かもしれない。

そう思うと、このまま眠ってしまうのがためらわれた。

もっと皆と色々話したいことがあるのに!

夢だとしても!

(ううん。夢ならなおさら!)

もうこんな機会は二度とないんだから……!

忘れないように。

できるだけ長く覚えていられるように。

思い出を心に刻み付けたい!

 

は布団を蹴飛ばすと、勢いよくふすまを開けて廊下をかけ抜けた!

 

まだ居間では宴会が続いているらしい。

随分と人数は減ったようだが、騒がしい声が聞こえる!

 

 

走って――走って!

 

自分の身体が目覚める前に!

戻らなきゃ!

(戻って、それから――! それから――)

心はひどく焦るのに。

思ったよりもスピードが出ない。

月の光を受けて、軒先の釣りしのぶが廊下に丸い影を落としている。

 

変だ。

(私――)

走っているのに!

(廊下、こんなに長かったっけ!?)

永倉さん達の声が聞こえているのに!

いつまでたっても、たどり着けない!?

 

「ど、して?」

声が震えた。

ゆっくりと立ち止まって、辺りを見回す。

あんなに走ったはずなのに。

廊下の長さは変わっていない。

横を見てはぞっとした。

「ここ……」

斉藤さんが案内してくれた部屋だ!

 

「う、そ……!?」

(どうして移動してないの!?)

何がなんだかわからなくて、ぺたりと廊下にへたり込む。

もしかして、もう身体は目覚め始めているんだろうか?

(だから、戻れないの?)

 

夢が――遠くなっていく?

目覚めたくないのに!

目覚めに抗うように、声の聞こえる方に向かって手を伸ばす。

「待って!」

別れの言葉も言ってないのに!

「まだ! 帰りたくないよ!」

 

 

必死に宙に向かって手を伸ばすを見つけて、土方は怪訝な顔をして足を止めた。

「何してるんでぇ?」

急に声をかけられて、びくりとが肩を揺らす。

「ひじ、かたさん……」

振り返った途端に、くしゃりと泣きそうに顔をゆがめたを見て、土方は眉間にしわを寄せた。

「何でそんなとこに座り込んでんだ?」

「帰り、たくなくて……」

「帰る? 今日はもう遅ぇ。泊まってったらいいだろ?」

「そうしたい、けど……」

言葉を濁して俯いた瞬間、ははっとしてマジマジと自分の手を見つめた。

「手、が!」

透けてる……!?

土方が驚きに掠れた声を上げる。

 

(私……目覚めはじめているんだ……!)

 

どこか遠くの方から、聞きなれたはずの電子音が聞こえる。

 

は驚いたように自分を凝視する土方に気付いて、はっと透けた手を後ろに隠すと無理やり笑顔を浮かべた。

 

「私、もう帰らなくちゃ」

「帰るって……どこにでぇ……?」

自分を見つめる土方の目の奥には、紛れもない恐怖が見え隠れしている。

(そういえば、土方さん幽霊とか嫌いだったっけ……?)

だとしたら、今の自分の姿はきっと彼には物凄く恐ろしく見えることだろう。

(身体が少しずつ消えていく、なんて幽霊みたいだもんね)

眉根を寄せて唇をかみ締める土方を見て、申しわけない気持ちになる。

最悪だ。

(こんな変な別れ方、したくないよ!)

せめて、もっとちゃんとした最後を。

 

最後。

 

その時が来て、やっと諦めが付いた。

さっきから聞こえてくる電子音は、きっと目覚まし時計の音だ。

(もう、時間がない)

は精一杯の明るい表情を浮かべると、ニッコリと笑って土方を見た。

今なら原田が自分をタヌキだと言ってくれたのが感謝できる。

「人間の姿でいられるのは、これが限界みたい」

「は……?」

「本当は日付が変わる前に、元の姿に戻っちゃう所なんだけど」

「元のって……タヌキ、か?」

恐る恐る言う土方が、何だか純粋で可愛く見えてはクスリと笑った。

「みんなにさようならって言いたかったんだけど、もう遅いみたい」

もう身体のほとんどが消えかかっているから。

土方はが幽霊ではなく、タヌキだと信じきっているのか無理のあるの言葉に納得したように頷くと

「まぁ、悪さをしねぇってんなら、また来たらいいだろ?」

ニヤリと笑って、そう言った。

 

「来ても、いいの?」

「人を化かしたりしねぇんならな」

「化かさないよ」

人が目の前で消えるのを見せられているからか、すんなりと信じた土方に思わず苦笑がこぼれる。

「そうだ!」

は鞄の中を探ると、携帯につけていたストラップを外して土方に手渡した。

「これ! あげる!」

(私はもうすぐ消えちゃうけど!)

せめてもの思い出に。

 

「また――! また、来るから!」

 

忘れないで――!

 

淋しいけど。

最後くらいは――!

にっこりと笑ってそう告げると、土方は目を細めてニヤリと笑った。

また夢の続きが見える、なんて。

そんな奇跡起こるわけないけど。

 

「さよなら!」

精一杯の願いと祈りを籠めて。

「さよなら!」

土方に告げると、の姿は空気に溶け込むようにスゥと消えた。

 

 

消える瞬間。確かに聞こえたんだ。

「ああ、またな」

土方さんがそう言ってくれたのが……!

 

 

 

 

 

07 高らかに 2

 

2008.12.15

 

 

あれからもう何ヶ月も過ぎて――

季節は夏になった。

 

(偶然なのかもしれないけど)

去り際に土方さんに渡したストラップは本当になくなっていて。

ちょっとだけ、あれは夢じゃなかったんじゃないかって思っている。

(どこかで無くしただけかもしれないけどさ。)

そう思ったほうが、夢があるでしょ?

は買い物袋を片手に、小さく笑った。

 

夢はまだ色あせることなく、鮮明に覚えている。

明るい沖田さんの笑い声。

土方さんのからかうような声。

試衛館の道場の暗さも、あの時会ったみんなの顔も。

 

あれから――

幕末に興味を持って、少し本を買って読んでみた。

「また会いたいな……」

 

会えるかな?

 

そんな期待をこめて、町並みを歩く。

あの出来事は、夢だったのかもしれないけど。

夢の中、私は買い物をしている途中で、あの時代に行ったのだから。

もしかしたら――

そんな願いをこめて、立ち止まる。

 

信号が点滅した。

 

反対側の横断歩道から、童謡が流れ出す。

 

音楽が止まって――歩き出そうとした瞬間!

 

「う、わッツ!?」

急にぽかりと足元がなくなって、は悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

「……へ……?」

急に周りの景色が変わって、ポカンと口を開いて目の前の男を凝視する。

「あ、あれ……」

自分は確かに道を歩いていたはずなのに……!

ここって!?

 

 

「し、試衛館!?」

 

目の前にいるのは、懐かしい面々で!

は驚いて食い入るように、男たちを見つめた。

「久しぶりですね。さん」

沖田がにこりと微笑む。

「え、え?」

目の前の景色が信じられず絶句するを見て、目の前にいた男は

「あー」

と言いながらがしがしと頭をかいて、の目線にあわせてしゃがみこんだ。

「また来たのか。狸」

た、狸って!

(それ本当に信じてたんだ!?)

噴出しそうになりながら、土方を見て――周りを見て――

は嬉しそうににっこりと微笑んだ。

「ただいま! 沖田さん! 原田さん! 永倉さん! 藤堂さん! 近藤さん!」

 

 

それから――

 

 

 

 

「土方十四朗さん!」

「歳三だ!」

 

目の前にいるのは、懐かしい試衛館のみんなで!

原田は、ぺたりと座り込んだままのを子供のように持ち上げると、

「宴会始めんぞー!」

大声で笑って、頭をなでた。

 

私、私!

また来れたんだ!

 

嬉しくて涙がこぼれそう!

「お帰りなさい。さん」

「ッ! ただいまっ!」

 

 

 

これが夢なのか現実なのか!

私にはわからないけど!

また会えたことが嬉しくて。

思わず沖田に飛びつくと、原田達が口々に自分も、自分もとせがんでを囲んだ。

 

「それにしても、お前本当に宴会好きだよなぁ。また宴会の日に来るなんて、よ!」

「え、また宴会するんですか……原田さん……」

「あったぼーよッ!」

 

カラカラと高らかに笑う原田に眩暈を覚えて、額を押さえる。

戻れてこれたのは嬉しいけどさ!

 

またあの宴会に付き合う羽目になるとは……。

げっそりとするを俵持ちして、原田は楽しそうに歓声を上げた。

 

 

そうしてまた――

振り出しに戻る!

 

 

何とか終わりましたが、不完全燃焼です。

ゴメンなさい・・・。