プロローグ
子供たちの瞳に、蝋燭の炎が踊っていた。
窓を叩きつけるのは、雪をまとった強い風。
ビュウビュウと恐ろしい唸り声を上げながら、窓を凍らせ桟に積もっていく。
しかし蝋燭を中心に車座に座った子供たちは、そんな音を物ともせずに一心に男の話に耳を傾けていた。
部屋の中は薄暗く、灯りといえば蝋燭と暖炉の炎しかない。
15、6人の少年少女は粗末な寝巻きに身を包み、寒さも忘れたようにキラキラと瞳を輝かせながら物語に集中している。
男は子供たちのあどけない顔に、目元を和らげると身振り手振りも交え、面白おかしく物語を聞かせる。
それは子供たちの英雄、ヴァイキングの物語。
見たこともない財宝と、おいしい食べ物を山ほど積んだ、”ドクロの自由号”の話。
男の話す物語に時も忘れ、子供たちはわくわくとまだ見ぬ青い海を想像する。
壁際の暖炉の中では赤々と炎が揺れ、木の燃える乾いた香りが部屋いっぱいに漂っていた。
男は子供たちを抱えるように長い大きな腕を広げると、
「さぁ! 航海に出かけよう!」
眼鏡の奥の瞳を柔らかく細めて、意気揚々とそう言った。
それは彼らにとって、「おやすみ」と同義語の言葉。
凍てつく大地に外に出られない子供たちが、物語の続きを夢見ることができるように。
男は自分に寄りかかってきた子供たちをしっかりと抱きしめると、冒険を待ちわびる期待に満ちた声で、もう一度言った。
「さぁ、航海に出かけよう」
男の後ろに控えていた18歳くらいの少女は、その声を聞いて目を伏せるとすぐににっこりと笑って、男の向かいに行って子供たちを抱きしめた。
男と少女に挟まれるように抱きしめられた子供たちは、くすくすとこらえ切れない笑みを零していたが、一人また一人と目を閉じ眠りに落ちていった。
男と少女は目を合わせると、慈しむように子供たちを見て、額にキスを落とした。
雪はまだやまない。
外では一面真っ白に雪が降り積もっているのだろう。
子供たちが眠りに落ちた後、音は雪に吸収され何も聞こえなくなった。
ただ彼らのはく白い息がひそやかに空気に漂い、消えていった。
2009.11.23