狼男のウォッカと、透明人間のニコラシカの最近のオレ様ブームは、開墾と砂金とりである。
「そんでさぁー。ニコ。やっぱ、イチョウはダメだと思うんだよね。オレ」
「はぁ!? 何言ってんの? オマエ。やっぱイチョウっしょー!! イチョー」
ミルクティがかった灰色の髪の青年が一人。
種物屋の前で大声で話しながら、通行人の注目を集めていた。
しかし周りから不審な目で見られているなんて、ウォッカはこれっぽっちも気付いちゃいない。
顎に手をやって、難しい哲学を考えるように手にいくつもの苗を取っては、
「ふむ」
と何やら考え込んでいる。
その青年というよりは、まだいくらか少年の面差しの残る顔。
赤に近い茶色の純露アメのような瞳。
今は人間の姿をしているため耳と尻尾を隠してはいるが、見えない尻尾が上機嫌に振られているのが見えるような気がする。
ニコラシカは苦笑しながら、そんな親友を見ていた。
「やっぱイチゴはいるよな! なぁ。ニコ」
その視線に気付いたのか、ぱっと顔を上げてウォッカがニコラシカ(がいる方向)を見る。
「そうだなー。やっぱイチゴはいるよなー」
うんうん。
頷きながら言うニコラシカに、ぱぁっと顔を明るくするとウォッカは種物屋の親父に厳選した苗と種を手渡した。
am 11:00
それは違法行為です。
【開墾】
山林や原野を切り開いて新しく田畑を作ること。
つまり。
こういうコト。
ウォッカは満月の夜でもないのに、巨大な狼の姿になって。
ニコラシカは服を全部脱ぎ捨てて、完全に透明になって穴を掘っている。
どこの?
サミュじじぃの庭の!!
サミュじじぃは孫の結婚式に出席する、とかで2、3日家を留守にしている。
彼が家を空けることはめったにない。
頭は真っ白で顔は渋紙をくしゃくしゃにしたみたい。
いつも口をきつく一文字に結んでいるか、ギターを弾いて大声で歌っている。
奥さんは早くに亡くして、以来頑固に一人暮らしを続けてる。
偏屈で天邪鬼。
頑固で嫌われ者。
それがサミュじじぃだ。
「きっと帰ってきたら吃驚するぜ?」
前足で勢いよく穴を掘りながら、ウォッカは想像してくつくつ笑った。
「きっと真っ赤な顔して……」
ニコラシカはサミュじじぃのしわがれた声色を作ると、
「この薄汚い犬っコロが!! ワシの庭に勝手に入りくさって、何をしとるか!! ……って怒鳴るんだぜ?」
ニコラシカがサミュじじぃの真似をして腕を高く振り上げたらしく、土がばらばらとウォッカの上に落ちてきた。
「うわっ!! おまー、ヤメロって!! 目に入んだろ! それに似てるかどうかわかんねーよ!」
透明だから。
ウォッカはまるで犬のように全身をブルブルと振ると、土を払いのけた。
「楽しみだな! ウォッカ」
「楽しみだな! ニコ!」
くつくつと笑いながら、先ほど買った苗を庭にせっせと植えていく。
「なぁニコ。サミュじじぃ帰ってきたら気付くかな?」
「そら気付くだろ」
「だったら、こっそりどっかに隠れてて観察しなくきゃ」
キヒヒ。
ウォッカは心底楽しそうな笑いを浮かべると、丁寧に前足で先ほど植えた種に土をかぶせた。
雑草がぼうぼう生えてて、ひび割れた大地に水をやって、耕して。
イチゴやびわ。レモンの木を植えていく。
ニコラシカは庭の中央に花をせっせと植えていく。
透明人間の彼が動くたび、苗が宙を移動し鍬が勝手に動く。
もしひょいと塀を覗いてみる人がいれば、びっくりするだろう。
大まかな作業が終わったとき――。
ニコラシカはウォッカを伺いながら、ソーッと苗にまぎれて持ってきた銀杏の木を庭の片隅に植えた。
「銀杏は臭いからダメ!」
散々ウォッカに言われたけど。
ぎんなんが大好きなニコラシカは、それを諦めることができなかったのだ。
それにだって。
秋になったら黄金色の葉っぱがたくさん降って来るなんて、素敵じゃない?
ソーッとソーッと。さりげなく。
大事に植えて水をやって。
「終わったー!!」
二人が同時に声を上げて庭にぺたりと座る頃――。
「くぉらぁ!! この悪がきが!! ワシの庭に勝手に入りくさって! 何をしとるか!!」
「ヤベッツ!!」
サミュじじぃが帰ってきた!!
「この薄汚い犬ッコロがっ!!」
「キャン!!」
サミュじじぃの投げつけた結婚式の引き出物が、見事にウォッカに命中して、彼は耳を伏せて尻尾を隠すと勢いよくジャンプして塀を飛び越えた!
ニコラシカは透明人間だから。きっと巧く逃げおおせるだろう。
泥の付いた両足で、後ろを振り向かずに全速力で駆け抜ける。
顔を真っ赤にして、肩で息をしながら拳を振るわせるサミュじじぃは、ウォッカを追っ払った後初めて気がついたように目を見開いて庭を見回した。
「ん――?」
荒れ果てた小さな裏庭に。
小さな花がたくさん揺れている。
スミレ。
チューリップ。
ラベンダー。
名前を知らない小さな白い花。
農具はそこに出しっぱなし。
種物屋の袋もごみも放りっぱなしで――。
「ふん」
サミュじじぃは苦虫を噛み潰したような顔をすると、すねたように顔を背けて家の中に入っていった。
「ワシのいない間に。あの犬っコロは勝手に何をする」
元気のない声で口の中で呟いて――。
朝起きたら彼は一番に、窓から花を見るだろう。
ギターを弾いて歌うこと以外、何の趣味もないサミュじじぃは
起きてすぐに庭に出て――。
水道の蛇口をひねった。
「あの薄汚い犬っコロが、のこのこ道具を取りに戻ってきたら、怒鳴りつけてやらにゃならん」
そのために自分はここでヤツが来るのを見張っていなくちゃいけないんだ。
そうだ。
サミュじじぃはそう心の中で呟くと、満足げに頷いた。
花に水をやりながら、何年ぶりかでにやりと口元に笑みを浮かべる。
イチゴにびわにレモンを。
怒ったように不機嫌な顔のサミュじじぃが、ゲンマイの家に持ってくるのはそれからもう少し未来のこと――。
※ ウォッカとニコはゲンマイに家に住んでいるのです。
2005.7.20