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ルポライター (1)

時は夏。明るい南国情緒の喫茶店の窓際で一組の男女が対していた。

女性は、ひときわ輝くような美しい女性だった。現代若者群像を中心にレポートする、現代的センスに満ち溢れた超売れっ娘の、美登と言うルポライターであった。回りの人達が、時折視線を二人に向けていた。対する青年も吉川晃司風の背の高いすらっとした男であった。

美登は現代的センスに満ち溢れた、回転のいい頭脳の持ち主で、豊富な会話で相手を魅了する。何といっても、その若々しく輝くばかりの美貌は、タレント以上の人気を持っていた。

「君、吉成一志君はテレビは良く見る方?」

「別に・・。」

あれっ・・美登は思った。好青年で、この喫茶店に入るまでは凄く協力的だったからだ。質問が悪かったか、機転のきく彼女は話題をすぐ変えた。

「そうだね、テレビを見る根暗じゃないか・・。スポーツは何が得意なの?きっと君はスポーツマンだね、日に焼けた顔をしているもの」

「普通だよ、ふ・つ・う」

まるで話題に乗ってこない吉成だったが、話術に優れた美登である、言わなければ言うようにするだけだ。

「ふーん・・じゃあ、私のレベルが吉成君を超えているのか、その逆なのかな。ま、どちらにしても興味の無いことを二度と質問しないのが、私のポリシーだから。」

「じゃあ、貴女のレベルにあった質問を願おうかな。」

表情こそ穏やかだったが、吉成の言葉にはある種の刺があった。

「それじゃあ、ファッションから行こうか、君は何派?」

「はーっ?、・・べーつに、自分に合ったものを選ぶ、それだけさ」

明らかに、今度は不快な表情を浮かべながら吉成は答えた。

「じゃあ、・・主に活動範囲を聞こうかな、ディスコなんか得意そうに見受けるけど、どの辺りに出没しているのか、音楽の趣味とか・・得意のステップとか聞かせてくれないかなあ」

「同じ答えを返すよ。ディスコも音楽も適当、言うほどの事じゃないね」

「それじゃあ、聞こうか?芸能人の中で好きなタレントとか、いるの?」

回転の早い質問も、反応がなければそこからは進まない。しかし、今度は吉成は口元に僅かに笑みを浮かべた。

「美登さん」

そこに一線を置く彼女にとって、その言葉は、嬉しくなかったが、最近のインタビューの約半数は、こう言う手合いである、少々がっかりしながらも、美登は続けた。

「えっ、私?光栄だけど、でも私はフリーのルポライター。芸能人ではないわ、残念だけど」

今度ははっきりと、嘲笑に似た笑いを浮かべた吉成だった。明らかに悪意を感じとった美登であった。この冷やかしも最近多い手合いだ。中には美登に交際を迫ったり、しつこく電話番号を聞いたりする者も居る。女の身一つでこの世界で生きている事を自負している美登にとって、この位の事は何でもなかった。

「ふ、芸能レポーターか何だか知らないけど、所詮はマスコミに寄生して食ってるんだ、同じ穴の狢じゃないのかい?」

「0K!そこに君の主張があるのなら、言って頂戴。聞く価値があるなら、うかがおうじゃないの」

「価値があるならだって?ふっ・、誰の価値?美登さんの自己満足ですか?」

毒のある言葉を返す吉成だったが、平然と美登は言った。

「いえ、私自身の満足ではなく、報道と言う立場にある者より見て重みがあるかどうかの価値なの」

「・・・・・・・・。」

彼は反論しなかった。

「聞かせてくれないかなあ。君が同じだと言うその根拠を」

「ふ、ふふふ・・。」

美登は不快なものを感じた。もしかしたら、からかわれているのではなかろうか・・と。

「何がおかしいのかしら?」

「別に・・」

最近これも多い手合いである。それとも交際をしつこく迫る類か、美登はがっかりした。

「いいわ。私は君が好対象だと思ったから、誘ったんだけど、協力してくれないのならもう結構よ。」

「だから、貴女のどういう価値観が好対象なのかを聞きたいと言ってるんだ」

「言った筈よ、同じ答えは二度と言わないわ」

やや怒り口調で、美登はレシートを取ろうとする。ところが吉成は軽い笑いをたてながら言った。

「くくく・・美登さん、協力してないんだから割り勘にしましょう」

「いいえ、結構よ。私もプロ。誘ったのは私なんだから、当然私が払うわよ」
憤然としながら彼女は答えた。

「アハハ・・」
吉成は、笑った。

「何がおかしいの?」
美登は、視線を突き刺した。

「だって」

「だって何よ?一体何だと言うのかしら、全く」

「美登さんて気が短いんだね」
両手を広げて彼女は、おどけて見せた。

「いいえ、これでも気が長いほうだと思っているわ」
不愉快さは消えそうにないが、こんな青年に声をかけた自分が悪いのだ。むしろ白けてさえいた。しかし、いつまでも笑いを止めない吉成に、彼女は少しトーンをあげて言った。

「さあ、いつまで人をおちょくれば気が済むの?立ち上がりなさいよ!」

すでに美登は立ちあがっていた。

「待てよ、もう一度座れ。話は済んでないだろう?」

「貴方は、最初から私をからかうつもりでここに来たのね、不愉快で最低だわよ」
その言葉を残し立ち去ろうとする美登に、語気鋭く吉成が言った。店内の視線が二人に集中する。

「ちょっと待てよ!君に最低だなんて言われたくない!」
回りの視線を感じて、美登は本当に怒りを覚えた。

「もう、話す事なんて何も無い。私は今にも爆発しそうだわ」

「それは俺も同じことさ、それでも待ってくれと言っている」

「貴方は私をからかったじゃない、そんな無礼な君にこれ以上付き合う義務は無いって言ってんのよ、私は」
美登はもうレジに向かって歩いていた。その美登のレシートを引きちぎるように取ると、吉成は憤然としながら言った。

「ここの払いは俺がする」
店内の視線をよそに、すでに二人には回りは見えていなかった。

美登は、早足ですぐ近くの公園に歩きだしていた。その後を、レジを済ませた吉成が追って来た。本能的に美登は人通りの多い公園に向かって走ったが、その美登の腕を吉成は掴んだ。身の危険を感じた美登が大声を出せばそこに人が居る。

「痛い!もう!・・何て失礼で乱暴な人なの貴方って!離して!大声を出すわよ!」
気の強い美登はその言葉と同時に、吉成に平手打ちを見舞っていた。だが、吉成は掴んだ手を離さなかった。夏の粘りつく汗を、増々吹き出させたが、美登の怒りも頂点に達していた。

「離して!、離してったら」
だが、公園の人々は無関心で、吉成は耳も貸さずに腕を取ったまま、引きずるようにして美登を強引にベンチに座らせた。

「痛い・・もう、何て乱暴な人なの」
美登の腕には赤く跡形がついていた。腕をさすりながら、喧々と彼女は怒った。 吉成は黙ってそれを受け止めていた。 ただ、ぼんやりとするだけの吉成に、もしかしたら偏執狂では?と、言う思いが美登の脳裏に過ぎったが、それはすぐ打ち消した。俊敏ないつもの美登の冷静さに、戻りつつあった。

 「聞きましょうか?貴方の主張と、やらを」
聞かなければ終わりが無いように思った。冷静な口調であったが、しかし、彼女の言葉は冷めていた。吉成の顔も元の青年の顔に戻っていた。

「行動に対しては、何を言われても仕方が無いよ。謝ります」
美登に、ある種の不安の気持ちは去らなかったが、逃げる気になれば、いつでもその覚悟で、今度は吉成に対していた。

「どう言う主張がある訳?」
重ねて彼女は聞いた。

「貴女は、確かに今売れっ子の芸能レポーターだ。知識、話術も優れている。でも俺は聞きたい。君が雑誌、テレビで訴えて来た事の本質を」

「私が、私の感じてきたそのものよ。現代の若者が欲し、主張している事。私はそれを見、聞き、体感したものを自分なりに消化して来たものだわ」
吉成がその胸に、否定的なものを抱いている事は、承知している。それは結構だ。一面的なレポートで、全てを語ってはならない。その信念でレポートして来た美登だった。

「君のレポートは、上っ面なんだよ。表面だけの綺麗事じゃないか、視野が狭いよ。」
美登は言葉を即座に返した。

「その言葉を私の批判と受け取るわ。でも、そう言う貴方こそ、偏向的で視野の狭い考えを私のレポートに持っているんじゃないかしら?」
打てば響く反論だった。しかし、吉成は平然としていた。

「俺がその証拠を見せると、言えば?」

「貴方を信用しろとでも言うの?」
美登の憤慨がそのまま言葉に出ていた。

初対面の、それもこれ程無礼極まり無い男を、信用しろと言うほうが無理だ。自信過剰か、或いは気を曵くための演出か、どちらにしてもすんなり聞けることでは無かった。

「信用出来ないか・・まあ、俺だって普通の方法で、理解してもらえるとは思っていないよ。所詮は、それだけの薄っぺらな記事しか書けないレポーターなんだろうよ。もう、いいよ。帰ってくれ」

無礼この上無い。黙って去るには美登の憤慨は度を超していた。

「貴方ね!言いたい事だけ、言って!人をここまでこけにして、今度は帰れですって?良く、そんな身勝手な事が平気で言えるわね。そんな常識や、礼儀を弁え無い人が、あれやこれや批判するなんておかど違いだわ。人の事言う前に自己批判しなさい!」

言い残して帰ろうとする美登を見て、吉成は白い歯を見せて微笑んだ。一瞬美登はドキッとした。木立のこぼれ陽に吉成が輝いていた。そう確かに彼女の眼には映ったのだった。

「美登さんが、どうとろうが、そしてどうしようが、俺に強制する権利は無い。でも本当に貴女が、真実を探求する為に行動しているのだったら、俺と言う人間は、きっと役に立つはずさ。ついて来るか、来ないかはそれは勝手だ。俺は行くから」

そう言って吉成は歩き出していた。美登が嘗て遭遇した事が無い全く異種の人種・・しかし、危険極まり無いこの男に何故か美登の足はついて行っていた。自分の今までの体験を、覆すかも知れないものを吉成が握っている可能性ー。美登は考えていた。ぷんぷんと感じる危険な匂いの一方で、ルポライターとしての自分に挑戦状を叩きつけた、彼に対する記者根性もめらめら沸き起こる。夏の日光でモヤのかかった様な、コンクリートの街を重いカメラを抱えて後を追う美登。吉成は一度も振り返らず、何時もそう歩いている様に大股な、男の足で歩いて行く。・・この、暑いコンクリートだらけの街を・。無駄かも知れない・・滴り落ちる汗を何度も拭いながら、彼女は思った。吉成は裏街に入った。昼間でも薄暗く、黴のすえた匂いのする裏通りだ。スラム?それがその本質?美登は否定した。やがて、古ぼけた廃屋のビルの前で吉成は立ちどまった。 5分、10分・・吉成は立ち止まったまま動かない。美登の額からは汗が滴り落ちていた。そして・吉成は突然そのビルに消えた。距離を置いた所で見ていた美登は、小走りに近づく。廃屋のビルは赤錆びたシャッターに閉ざされ、完全に人を拒絶していたが、地下に通じる鉄の扉がそこにあった。美登は迷った。女の身一つでそこへ飛び込む勇気は流石に無かったのだ。 その時、美登の腕が突然捕まれた。

「きゃあーっ・」
美登は声を揚げた。

「あ・・貴方なの・」
吉成であった。震える声で彼女は言った。心臓が止まりそうな驚きだった。

「つ・・つくづく人を驚かせるのね、貴方と言う人は・」
震える声で美登は言った。

「済まない。でも来たね。貴女が躊躇してた見たいだからさ、それで・・」

「誰でも躊躇するわよ、未開の大地への一歩は、危険との隣り合わせですもの」

「ふっ・・でも来た。未知への好奇心を押さえられずに。そして俺が何者であるかそれも判らずに、ね」

「あ、貴女が証拠を見せると言ったのよ。またそれも嘘なの?」
美登の顔に再び怒りの色が走った。

「言っとくけどな、真実は人に与えられて知るもんじゃ無くて、自分で得るもんだろう?ここは、何もかもお膳立てされて進行するテレビ局なんかじゃないぜ。あんたがここへ飛び込む勇気があるかないかだ」

「くっ・」
 美登は言葉を呑んだ。正論である。

 「あるわ、ここに真実があると言うのならば、その為の危険を侵す事に吝かでは無いわ」
しかし、今度はきっぱりと美登は言った。吉成は重い鉄の扉を開いた。そこからは、今にも崩れそうなコンクリートの階段が螺旋状に下っていた。薄暗い階段を美登は降りて行く。そして美登の足は途中で凍り付いた。そこには、裸同然で踊り狂う男女、モヒカン頭のウイスキーをラッパのみしている男。壁に向かってぶつぶつ一人事を言っている工員風の男、泳いでいるつもりだろうか・明らかに薬物を飲用している錯乱状態の者・どう見ても真夏の、真昼の狂宴にしては異常な光景であった。

 「どうした?」
吉成の抑揚のない声が背後から聞こえる。

「こ・・これは」
美登の声が震えた。しかし、無意識に彼女はカメラを手にしていた。

「駄目だ!」
吉成の厳しい声が飛ぶ。

「なっ、何故よ!私には報道の義務があるわ」
美登の狼狽が反射的に言葉にでていた。

「何が義務だ!彼達の何も知らずして、薄っぺらな表面だけで見るなと言っただろうがっ!」
 吉成の言葉が余りに激しかったので、思わず彼女は言葉を呑んだ。そして、目頭が熱くなった。これ程無礼に厳しく自分に対する者は居なかったからだ。

「どうした・泣いているのか?」

「泣いてなんかいない。でも貴方は無礼だわ」

 「謝る気はないさ。さあ、どうする?俺の言葉に怒るより、この現実を見て、ただ狼狽するしか無い君は、一歩も進めないと、正直にいったらどうなんだ」
圧し被せるような吉成の言葉が続く。

「なっ・・何よ!どいて!」
再び勝ち気を取り戻した美登は、横に立つ吉成をどかすと、階下へ降りた。5坪程のフロアーは正に半狂乱の坩堝であり、美登は異質な来客でしか無かった。ただ呆然と立ち竦む彼女だったが・・

「どきなっ!」

「きゃあっ」
 ふいに、ミニスカートの、太股に薔薇の入れ墨のある少女に美登は突き飛ばされた。美登は横倒しに床に倒れ、その衝撃でカメラが床に叩きつけられた。

「何?・・これ」

「お・お前・しゅ、取材に、き、来たのか?」
長髪の工員風の男と、踊り狂っていた、殆ど下着姿の金髪の少女が美登の顔を見た。危険を察知した美登は素早くカメラを拾い立ち上がったが、もうその時には、

「皆!こいつを見なっ!あたい達を取材に来やがったぜっ!」

「何い!ぶっ殺してまうぞっ、おお、こらあっ!」
パンクのモヒカン頭が怒鳴った。 美登は身震いした。本当に殺されそうな気がした。

入れ墨の少女が言った。

「あれ?こいつ・確か・・美登とか言う女じゃん」

「あ・・ああ、ル、ルポライターの美、美登だ」
視線が一斉に異様に、美登に向けられた。明らかに敵意だ。それは、美登が初めて遭遇する異種の若者達の視線だった。

「何しにきやがった。この・メンタが・おい、カメラ叩き壊してまえっ!」

「や、止めて!」
美登は、カメラを握った。

「けっ・かまへん、裸にひんむいてまえやっ」
リーダーらしいモヒカン頭が続けて指示する。美登は後ずさりした。その時になって、一人カウンターで、酒を飲みながら沈黙していた吉成が立ち上がり、

「止めな。この女に手を出すんじゃ無い」

「何を!カズ!邪魔すんのやったら、お前でもただおかへんで・一体何のつもりや?こんな糞女連れて来くさって」

「そ・そうだよ。カズ、何のつもりさ?」
パンクの少女が同調した。

「何のつもりかどうか、とにかくこの人の言う事を聞けよ。」
静かな口調で吉成は言ったが、この集団の中にあって彼が特異な男である様に見受けられた。一体?・・美登は完全にこの空気の中で自分を見失っていた。

「命令け?俺に命令すんのけ?カズ!」

「ああ、そうだ源太。文句があるのか?」
場の空気が凍り付いた。二人を中心に視線が集中した。源太と言うモヒカン頭の迫力と、吉成の威圧する眼光・・美登も傍観者でしか無かった。

「ケッ・・好きにしくされや」
沈黙の後、源太はそう言って眼を伏せた。

「この際だから、言っとく。お前等がここで何をしようが、俺は口を挟むつもりは無い。だがな、お前等が好き勝手をやれるのはここだけなんだ。由利!もう一度あそこへ戻りたいか?」

「ひいっ・や、止めてカズ。何でも言う事を聞くから・・」
そう言って入れ墨の少女が泣いて懇願した。場が静まり返った。

「恵津子!栄介!」
吉成はこの場に居る全員に同じ言葉を繰り返した。誰もが彼にひれ伏した。

「さあ・・この人のインタビューを受けてやれよ。俺が保証する。断じておかしな真似はさせんさ。」

そう言って吉成は再びカウンターに戻った。だが、この場の空気に完全に気負されていた美登には、彼等に何を質問していいのか思い浮かばなかった。その回転のいい話術も、豊富な会話も全くの場違いな物でしかないと感じたからだ。異様な雰囲気だった。暴走族の集会にだって取材に行った事もある。マリファナパーティの取材もある。やくざの少年のドキュメンタリーを追っかけた事だってある。その彼女が体験した事の無い、全く統一性の無い、拒絶と、絶望と、虚無・虚脱・狂乱の入り乱れたこの集団は、存在そのものの否定感もあった。故に美登は、孤立していた。正・邪の論理等必要な場では無いのだ。それでも美登は工員風の男に質問した。

 「君は何故、薬を使ったりするのかな?」

「愚問だ。人は、逃避の為に酒を飲む。それと同じだ。」

「でも、法律では禁じられているわ」

「世間一般ではね。しかし、制約の中では救われない者も居る」

「だからといって・・」
ここで美登の質問は遮られた。横に立っていたもう一人の工員風の男が言った。

「か、神田さんはね、と、東大出の、え、エリートだったんだ。お、大蔵省のお役人、さ、様よ。だがね、そ、その階級社会故に挫折した。い、いや、挫折させられたんだ。俺には判るさ。ど、どもりだから誰も自分を正当に、ひ、評価しない。そんな社会から、ほんの一時、全てを、わ、忘れたいのさ」

美登は質問を止めた。そこには入り込めない何かが感じられたからだ。

 「君達二人は、恋人?」
裸同然で先程より抱き合ったままの、若い男女に美登が質問した。

 「ふっ・・、へへへ。」
 二人が笑った。

 「関係無い質問だったわね。御免なさい」
美登が謝った。

 「兄妹だよ・」

 「えっ?」

 美登が次の言葉を失った。がりがりに痩せた浪人生らしい男に、今度は声をかけた。

 「志望校はどこなの?」

 「そう、見えますか?」
逆に美登が質問を返された。

 「間違いだったの?てっきり・・」

 「いえ、ある意味では浪人生ですよ。でも、僕にとっては学校なんて何の意味も無い。ただ虚構のものです」

 これ以上の質問も無意味だった。酒場の突っ張り風のバーテンにも質問して見た。

 「君、この道長いの?」

 答えは返って来なかった。バーテンは聾唖者らしかった。しかし、男は指さした。その先には吉成の顔があったが、これも無意味な質問であった。その時、

 「ねえ、美登さん。何で毎週テレビのトーク番組に出てんの?」
入れ墨少女の由利が逆に質問した。

「そ、それは・・現在の若者が、何を考え、何を求めているのか・対話によって判りあえると思ったからよ」

「で?今あたい達と話して何か分かり合えたの?」

「ひゃっ、ひゃっ、はは・・」

取り囲んだ者達が笑った。冷ややかな笑いだった。学校ではここは無い。美登が正義論を振り翳して何が変わると言うのだ。犯罪と言う事だって理解している。しかし、現実は社会が彼等を何らかの理由で拒絶しているのだ。

「もう、ええやろ・俺等が、言いたくも無い過去を話したとして、そんで何が変わるちゅうのや、そして、あんたが俺等を救ってくれる訳でもあらへん。ここにはな、癌を宣告されて余命幾ばくも無い者もおる。せやけどな、誰もお互いの傷を舐め合う事はあらへん。同情もいらへんのや、かと言って変な理解もいらへん。お互いが干渉し合わへんのや。それが、俺等のルールや。さ、もう無駄な事やってんと、去ねや」

打って変わって、静かに言う源太の眼は優しかった。何が先程までの彼の興奮を支配していたかを感じた美登だった。要するに、この今現実の楽園に何者も踏み込んで欲しくなかったと言う事であろう。吉成が立ち上がった。美登に促すと、彼女も理解した。そして、ここで写してもいないカメラだったが、他言無用の証にフイルムを取り出した。夕闇迫る公園のベンチで、美登と吉成が座っていた。暫くの間二人は無言だった。そして、静かに吉成は言った。

「美登さんは、凄く真剣にそして真面目に若者に対して来た。それが絶大に指示されたんだと思うよ。」

「でも、それは私の一人よがりの無理解だった。それを貴方が見せてくれた。」
視線を宙にむけながら彼女は答えた。

「彼等はさあ、自分達がどうあがいても元に戻れ無い事を知っている。でも決して敗残者なんかじゃない。仕事だってやっている。彼等が社会を拒絶しているのでは無くその逆なんだ。」

「それは、良く判ったわ。彼等の答えは明確だった。私の体験の中からは、もうそれ以上の質問は愚かだったわ。」

「それが判る君だからこそ、別世界に住む彼等を見せた。」

「でも、私は全くの無力だわ。部外者でしかあり得ない」

「自惚れてはいけない。君等マスコミに権力等無いんだ。寄ってたかって贄にする、悪者を創り、正義感を振り翳そうとする。そう言う風潮が今の世の中じゃないか。」

「だから、私に見せた訳?その事を証明したかった訳?」

「一面的なレポートで、全てをさも理解しているような、そしてただ、綺羅びやかな、話題性のみ重視する芸能界に寄生し、毎週の様に尤もらしくテレビに登場し、相談、意見、アドバイスを重ねる君が、正直歯がゆかった。確かに一面を見れば貴女の鋭い視点と、実体験によるレポートが正しいのだろうし、それが間違っているとは言えない。でも、同じ世代を生きる俺達だって社会に背を向けて生きている訳では無いんだ。」

「少しだけ判ったわ。でも、私は閉鎖的環境を創りだした社会こそ問題で、それがマスコミの諸悪根元論だとは認めない。」

「・・・日本人のさあ、気質そのものが、きっとあるんだと思う。村社会、町社会、がんじがらめの規則生活さ。だから、寄ってたかってはみ出し者を容赦しないんだ。」

「・・貴方は、一体?」

美登は吉成の顔を見た。あの源太さえ沈黙させる眼光と、迫力。あの場所の中に君臨出来る程の実力、そして、論者の美登をも納得させる実践と、鋭い視点。その若者像に嘗て無い大きなものを感じていた。

 「詮索は無用だ。そして、彼等もそっとして欲しい。同情なんていらない。」
 
「でも・・私は、行く道を見失ってしまったわ・・」

 美登はしんみりとしていった。

「馬鹿やろう!。これしきの出来事で、たったその上っ面を眺めただけで、同情?感傷?何の本質にも触れずに全てを知ったような気になるなって言っただろうがっ!」
 再び吉成は怒鳴った。

「ご、御免なさい。」
気丈な筈の美登の眼から、涙がこぼれた。

「もう、いいよ。帰れ。でも、安心したよ。君は少なくとも良心を持ったレポーターだった。真摯に若者に対していた事が判ったから。」

 「・・人は孤独だわ、でも一つだけ聞かせて?貴方程の人物だったら、孤高を気取らずとも、充分世間に通用する筈。何故表に出ないの?」

「俺の根幹に少し触れたか。流石に鋭い。伊達に貴女は多くの人と対して無いな。その答えは・・今度出会う時まで。君が、違う側面からレポートを続けられたら・そう言う事にしよう」

そう言って吉成はさわやかな青年の顔で、夜の町に消えて行った。

自信満々の突撃レポーター・美登の、完敗であった。この出逢いが、後の大事件に結びつく事を誰も今は知らない。

        平成8年11月23日 完