撒けば散る骨   3

 ムリヤリ、ヤラレルノハ、イヤダ。
 怒鳴られて、乱暴にねじ伏せられてやられるのはいやだ。 理不尽だ。
 レイプじゃないか、これじゃ。
「キアラン、苦しい……」
「がまんしろ。 おれだって狭くて苦しいんだ」
 狭苦しい車の中で、ばかなことをしてるのはお前だろうに。
「……ここをどこだと思ってる。 あんたの、教会のグラウンドだろ?」
「……」
「だめだよ。 今日、コンドームも持ってないんだ」
「おれはお前しか知らない。 だから安全だ」
「笑えない冗談言うな」
「本当だ……大学出てからの話だけど」
 見かけによらず、しっかり貞潔を守ってきたらしい。
「じゃ、百歩譲ってあんたは安全ということにしよう。 でもぼくは保証できないよ!!」
 キアランは私を見た。 何を言ってるんだ、とでもいいたそうな顔だった。 私は不敵な表情を浮かべて(と自分では信じた)さらに言い放った。
「ぼくはこれでけっこう遊んでるからな。 いろんな感染の危険大ってわけ……」
「…………ふん。フェラチオもゴムなしでやれないやつが、かい?」
 聞く耳もたないってやつか。 公園で私にコンドームを配らせたくせに、自分じゃセーフセックスを実践しないってか? 私は怒りで頭痛がしてきた。
 今じゃ怒っているのは私のほうで、キアランは少し平静を取り戻していた。
 それからなだめるように私にキスした。
 見かけより肉厚のくちびるで、優しく触れられると抵抗できない。
 キスしたあとやつは私の顔をのぞきこんだ。
「何を怒ってるんだ、ケイタ」
「怒ってたのは自分じゃないか」
「おれは怒ってたんじゃない……ただ、ほっとして気が抜けて」
「気が抜けた?」
「おれの父がやっと死んでくれたから」
 私はぞっとして、彼を押しのけようとした。
「4月バカはまだ先だよ。 こないだおやじさんにあったけど、元気そうだったぞ」
 キアランはゆっくりと噛んで含めるように言った。
「あの気のいいおやじは……養父だ。 死んだのは本当の父だ。父なんて思ってないけどな。 結婚もできないのにおれを産ませた無責任男だ。 それで母はおれを連れて戻って来て、おれを養子に出してすぐ病気で死んだ」
 まるで他人事のように、あっさりとやつはしゃべった。 こちらのほうがどう応えたらいいのかわからない。
「知らなかったよ……」
「おやじは司教までいった。 スキャンダルだろ? けっこうえらくなったらしい。 おれと母を踏みつけにして、うまく立ちまわって。 だけどついに天罰が下ったらしいな。 タブロイドで読んだことないか? もとサンフランシスコの司教、エイズで死ってな」
 キアランの父が。 司祭。 それも司教! こんな大きな息子のいるカトリックの司祭はさぞめずらしいだろう。 だいたい司祭は結婚だってできないし。
「読んでない……」
「じゃあ、緘口令を敷いてるんだ。 ごめんよ。 おまえにヤツあたりしていたのかな。 勝手に死んでくれたらいいものを、あいつはおれに手紙をよこしてきた」
「あいつ……もと司教のお父さんか?」
「そう、死んだらブレイの丘に撒いてくれと抜かしやがった」
 ブレイは市内から電車で1時間くらいかかるだろうか、観光地だ。
 びっくりしたあまり、私はとんちんかんな返事をした。
「ブ、ブレイ……けっこう近いけどな……」
「それで昨日骨が届いた! 航空便でだ! あいつの骨が!!蹴飛ばして犬にでも食わせてやろうかと思ったが! 肉もついてない燃えカスだ、いやがって犬も食わないだろうさ! ついにあいつから自由になったと思いきや!! どうせ昔、ブレイの丘でやりまくったんだろ、それが懐かしいんだろう! ったく最後までいやらしいやつだぜ!」
 逆上してやつは私の体を締め上げ始めた。 やっぱりこいつ、変だ。
「ひ、キア……く、く、苦しい〜〜」
「あ、すまん」
 私は懸命に息を整えた。
「捨てたりしたらだめだよ、キアラン。大事に写真まで持ってるんだろ?」
「…………」
 キアランは気味悪そうに私を見た。
「ごめん、さっきメモ帳落としたとき見ちまった……見る気なかったんだけど」
「……」
「今度連れて行ってやる。車で、朝早かったら誰もいないだろう。 何か言われないように、こっそり撒けばいい。 よくある話さ、な?」
「……あんまりない話だと思うけどな」
「あんたもおやじさんを恨んでるだろうけど。 最後にあんたにしか頼めなかったんだから、遺言なんだからかなえてやるべきだ。 とにかく、あんたは一人息子、なんだろ?」
 お父さんの仕事を継いだ孝行息子、なんて言うと殺されそうだから、それはいわない。
 黙りこんだキアランに、私はマクしたてた。
「これを終えたらあんたは今度こそ自由だ。 いろんなイヤな思い出におさらばするんだ。……そう、ついに私は自由を得た、神様ありがとう、ってな。あ、ぼくも行くよ」
「……おれはキング牧師か?」
「ブレイの丘で飲んで、骨を撒いてこよう! 空気もいいし、すかっとするぞ!」
「ハイキングじゃないぞ……」
「とにかく、はやくすっきりして。 もとのあんたに戻ってくれ。 ぼくは、元気で明るいあんたが好きだ」
 暗いキアランの顔に、少し生気が戻った。
「なんて言った?」
「はやくすっきりして、もとのあんたに戻れって」
「それから?」
「…………」
「おれがスキだって言ってくれたのか」
「い、いわない」
「ぼくは、あんたがスキだって……」
「あんたみたいな、へんてこなやつをどうして……スキになるんだよ……」
「はっきり言った。 この耳で聞いたぞ」

 さかりのついたネコみたいなもので、もうキアランは私の手におえない。 個人的に抱えるものがあって、それを紛らわしたいだけだ。
 とにかく助手席は狭苦しいから、私たちは後部座席に移動した。
 不愉快な表現だが、一発させてやったら得心するだろうと私は思った。
 狭苦しい後部座席で、私たちは服を着たまま交わった。シートを汚すかもしれないとは考えなかった。
 痛いのは少しガマンしよう、私はそう思った。 でもこのときは別の意味でガマンできなかった。
 なぜかはわからないが、異常な状況と場所が刺激になったのだろう。
 シートに這いつくばり、私は恥ずかしい悲鳴をあげた。 キアランが手で塞いでくれたからよかったけれど。
 疲れきって、私は眠ってしまったらしい。 ふと目を覚ますと、キアランが私を抱いてくれていた。
「すまない……やっぱりおれはどうかしてる。 これ以上めちゃくちゃなことをしないうちに、けりをつけたい。 早く……そのほうがいい」
 私も同じ気持ちだった。 私は彼を説き伏せて、骨を持ってこさせた。 疲れたときの夜中のドライブは危険だが、そのときは夢中だった。 とにかく、彼に重荷を捨てさせるのだ。
 元に戻ってもらわないと!

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