みんなのお風呂
October 29, 2005
ある日ジュエルがおれの部屋にやってきた。
「ねえ、ちょっといい? 5分くらいで済むからさ」
「ちょっと待って」
おれはあわてて、机の上にばら撒いてあった「目安箱」のメッセージをかき集めた。
こういうのも個人情報だし、ジュエルに見せるわけにはいかない。
「で、何?」
「スノウもさ、ここに来てけっこう経つじゃない。はじめだけ具合悪そうだったけど、最近はめちゃ元気だよね。真・友情攻撃決めまくりで、もうすっかりあんたの相棒って感じよね」
「ああ」
「でさ。スノウの快気祝いっての? それとも、スノウの歓迎パーティがいいかな。理由は何でもいいわ。とにかく一度、みんなでお食事しない? 費用はあんたもちでね」
「なんでそうなるんだ」
そう突っ込みを入れながら、おれは、ジュエルに感謝していた。
(気づかなかったな。そういう手もあったんだな……)
スノウはこの船に来てから、こっちが辛くなるくらい低姿勢だ。だけど自分だけ離れた場所にいて、みんなと交わろうとしない。
「敵味方になって戦ったりしたものだから、どっか互いにわだかまってるんだと思うわけよ。スノウがあんまりこっちに来ないのは、遠慮があるからでしょ。みんなでパーティでもやったら、少しは打ち解けるんじゃない?」
おれはすぐに賛成した。といっても、本拠地のお金はおれの個人のものではない。デスモンドに相談して、飲み食いに使う金は経費で落とすことにした。
だけどデスモンドの言うことは、さっぱりわからない。やれ稟議書を書けとか、会議費じゃなくて交際費だとか、上司であるリノさんの承認をもらってきてとか……ここで一番えらいのはやっぱりリノさんだからしかたないか。
まあ、飯はうまかったから文句はなかった。料理を作ってくれたのはフンギ、場所は作戦室だった。
始めはぎくしゃくしてた仲間たちは、豪華なご馳走で腹いっぱいになった。それからルイーズの酒場に場所を移す頃には、かなり打ち解けていた。
ジュエルとタルがしきりに冗談をいい、スノウはニコニコ笑ってそれを聞いている。ときどきは声を立てて笑った。
そんなスノウを見てると、おれまで幸せになる。
(ああ、がんばってよかったな)と思えるんだ。変な紋章に取り付かれて苦しかったけど、ここまでがんばってよかった。スノウの笑顔が、がんばったおれへのご褒美だ。
明日この紋章のために命を落とすことになっても、スノウの笑顔を心に焼き付けて逝けるってもんだ。
いや、それ以外のことは望まない。スノウの笑顔。おれが望むのはそれだけだ。
スノウの背中に手を突っ込みたいとか、あの白い首筋を舐めてみたいとか、あの柔らかそうなお尻を両手で掴んでやりたいなんて、けして夢見てはならない。
むしろおれのベッドの上でガンガン犯して、夜明けまで眠らないでヒイヒイ泣かせて、おれの溜め込んだ愛の濃さを思い知らせてやりたいとか、そんな恐れ多いことは、けっして望んではいけないんだ。
「うっ」
おれは小さくうめいて、顔を上へ向けた。
「えっ、鼻血? また?」
横で飲んでいたスノウが、おれの首筋を軽く叩こうとする。
「あん、それだめ。よけいに血が出ちゃうからだめ。ちょっと待ってね」
ルイーズさんは、自分のバッグから白いコットンを取り出し、半分に裂いておれに渡してくれた。
「ほら、これを鼻に詰めて、小鼻を指で押すの。これで一発に止まる。首筋とか叩いちゃだめよ」
スノウは深くうなずいていた。
「覚えておくよ。イリスって、よく鼻血出るから。コットンだね。ぼくも常備しておくよ」
スノウ、なんて優しいんだ。おれの鼻血なんかのために、気を遣ってくれるなんて。
……生きててよかった。うれしくてよけい鼻血が出るのではないかと思ったが、幸い、出血はすぐに止まった。
「そぉなんだ。イリスってば、そんなにいつも嫌らしいこと考えてるのぉ」
ジュエルがまたよけいなことをいいやがって。
するとケネスが、さり気なくおれをかばってくれた。
「いや、イリスはきっと体質に原因があって、鼻の粘膜が敏感なんだよ。いやらしいことを考えるかどうかは関係ないと思う」
かばってくれたのはありがたかったけど、やっぱりケネス先生も酔っていたんだろう。「アレルギー体質と鼻の粘膜の関係」について10分くらいしゃべり続け、ジュエルがあくびをしてもやめなかった。
おれは小さく咳払いをした。
「そろそろお開きにしようか。ジュエルもポーラも眠そうだから」
「お、こんな時間かぁ。みんなぁ、一緒に一風呂浴びてから寝るかぁ? いやもちろん、男子女子は別だけどさ、混浴じゃねえから。惜しいな、混浴だといいのに。げへ、げへ、げへへへ」
真っ赤な顔をして、タルがそういった。
ぴく、とおれのこめかみの血管が痙攣した。
みんなで一緒に風呂、だと?
いやだ。スノウのをこいつらに見せたくない!
おれは祈るような気持ちでスノウを見た。(ぼく、疲れてるからもう寝るよ)とか言って断ってくれないだろうか……。
だけどスノウははにかんだように笑いながら、タルにうなずいてるじゃないか! くそっ、この八方美人め! いくら居辛いからってタルにまで尻尾振るな、振るならむしろおれのために腰を振ってくれ。
「おお、同じ釜の飯を食ったら、裸の付き合いってのもいいよな!」とケネス。
おれは口元だけ笑い、目で威嚇した。
うっせえなモヒカン、てめえは黙ってろ! だがスノウの優しげな声がおれを叩きのめした。
「ここのお風呂って気持ちよくて大好きだよ」
みんなでお風呂に入る気満々。ひでえよ。おれはあわあわして説得にかかった。
「ね、ねえ、スノウ。嫌だったら無理しないでいいんだ。今まで人がいないときを見計らって入ってただろ?」
スノウは目を丸くした。
「ん? 別に他に人がいても、もう気にしないよ。イリスに入り方教えてもらったしね」
「だ、だけど、大勢で入るの慣れてないだろ。急に無理することはないんだよ!」
「もう、イリスったら、難しいことはいわないの!」
横からジュエルのやつが、スノウをひっさらっていった。腕を組んでもう歩き始めている。
「スノウとお風呂だ。ちょっとドキドキするよね! 一緒に入れないけど、途中までは一緒なのよね。中でスノウって呼んでもいい?」
「恥ずかしいよ、そんなの」
笑いながら、スノウのやつもまんざらではなさそうだ。くそ、ジュエルめ。女だからってスノウにべたべた気安く触りやがって……。おれだってああして、スノウと腕を組んで歩きたい。
鼻からコットンをはみ出したまま、やつらについていくのは、すごく惨めだった。
数分後。
スノウ、タル、ケネスとおれは、広い湯船にゆったり漬かっていた。思ったより空いていて、男風呂はおれたち4人だけだった。
「しっかし、わかんねえもんだなぁ」
タルが何か何か、ろくでもないことを思いついたようだ。
「スノウ坊ちゃんと一緒に風呂に入るなんてな……騎士団のころじゃ、考えられなかったよなぁ」
そういってタルは、嘗め回すようにスノウの白い肌を見つめている。
スノウは「そう?」と困ったように微笑んで、ふう、と小さなため息をついた。
「すっげえ不思議な感じだ。おれたち4人、こうして一緒に風呂に入ってるんだからなぁ」
スノウの顔が少し曇った。タルのバカ! 雰囲気を読め、何のために食事会をやったと思ってるんだ。せっかくいい雰囲気だったのに、ぶち壊しやがって……。
しかし、酔っ払ったタルの暴走はそれで終わらなかった。
「もちょっと筋肉つけたほうがいいんじゃないか」
なんていいながら、スノウの二の腕を掴んだりしている。
スノウはさらに困惑して、ひきつった笑いを浮かべている。「みんなでお風呂に」なんていう提案に乗った愚かさを、噛み締めているのだろう。
「にしても、スノウって、すごく色白かったんだな。なんだか白すぎて生々しいな」
今のイっちゃってるせりふは誰だ。って、ケネスじゃねえか! しかも真顔だ。
おれの御曹司は、もうアゴくらいまで湯につかってしまった。
「おまえは自宅から通っていたわけだが、それは非常に賢明だったと思うぞ」
「それはどうしてだい?」
「うむ。騎士団員もいろんなのがいてな。特に酔っ払ったら、風呂で体を触ってきたりするんだ。スノウだったら、一発で狙われていただろうな」
「………」
ケネスはふっと遠い目になった。
「隙を見せたら、変なことされるんだ。こんなおれでさえ、身を守るには知恵が要った。今となっては、懐かしい思い出かな……」
「ふうん。大変だったんだね。その団員って、先輩?」
スノウが聞くと、ケネスはあいまいな微笑を浮かべた。
「もとはひとつ先輩だったが、女遊びが過ぎて一年留年して、途中からおれたちの同期になったやつ、だな」
気まずい沈黙が落ちた。
一年留年した同期って、タルしかいないと思うけど……タルなのか?
まさかな。タルって同期で一番女好きだもんな。
気になって振り向くと、タルがスノウの股間を覗き込んでいる真っ最中だった。
「おい、スノウ。お前のピンク色じゃねえか。もちょっと鍛えろよ」
スノウはさすがに嫌がって、体をよけていた。
「ちょっと、あんまり見るなよ。失礼だぞ?」
「んなこと言ってると、いざってとき女の前で恥かくぞ」
おれは歯をぎりぎりとかみ締めた。
黙れ、タル。おれのスノウのはピンク色でいいんだよ、ピンク色で。
「おれの見てみろよ、ほら」
スノウは嫌そうにちらっと見て、怯えたように顔を背けた。
何を見たんだ、スノウ。
「女はこういうの好きなのさ」
「…………そんなの聞いたことないよ……」
「おれが鍛えてやろうか?」
ぐばあっ、とタル兄さんが湯に腕を突っ込んだ。スノウの顔があっという間に真っ赤になった。
「何をするんだ、やめろって。あっ、触るなっ」
「お、けっこう育ってるじゃねえか。おれには負けるけどな」
「やめろってば、痛いっ。タル、やめてくれぇっ」
「あぁん? これくらいで痛いって? やっぱ甘やかしすぎだな、お坊ちゃん!」
止めなくては、スノウを助けなければ。
「もういいかげんにやめるんだ、タル」
だがおれの遠慮っぽい声は、酔っ払ったタルには届かなかった。
ケネスがタルの腕に手をかけた。
「おい、タル。ほんとにやめろって。嫌がってるじゃないか」
「お? ケネスも久しぶりにやってやろうか? ちっとは育ったか?」
ケネスは1メートルくらい飛びのいていた。
「ったく、相変わらず酒癖悪いな、タル」
「タル、てめえっ!!」
我慢の限界だった。
おれは風呂から飛び出て、タルの前に仁王立ちになり、左手を高く差し上げた。
「おれのスノウに触るんじゃねえ! 食らえっ、永遠なる試練!!!」
終わり
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