鳥と姫君
2006/12/8


少年は、小さな小さな姫君の手を引いて、野原の道を歩いていた。秋の終わりで、トンボが飛んでいた。
大きな切り株を見つけた少年は、「ちょっと早いけど、ここでお弁当にしましょう」と声をかけた。カゴの中には姫の好物ばかり詰め込んでいる。
敷物を広げようとしていると、地面を黒い影が横切った。
「何?」
見上げると、茶色い翼を持つ鳥が大きく旋回をしているのが見えた。
それは次第に小さな円となってきて、しかもその円の中心に自分たちがいるのに気づいた。
あまりカンの鋭くない少年は、至ってのんきに構えていた。
「見慣れない鳥ですね……」
そのとき、鳥は突如、急降下を始めた。こちらに向かって飛んでくるのだ。
姫君が怯えて叫んだ。
「食べられる!」
「フレア様、隠れて!」
少年はとっさの判断で小さな姫君を抱きかかえ、小さく丸めて体で庇った。鳥は早かった。姫をかばった次の瞬間には、背中に鋭い一撃を食らった。
鳥は背中の上で恐ろしい鳴き声を上げ、翼をばたばたさせながら暴れまわる。頭に衝撃が来ても、姫を抱えた腕を上げなかった。
少年の下で子供が「ぎぃ」とか「ひぃ」とか小さな声を上げているのは、息が苦しかったのだろう。
鳥は気がすむだけ暴れると、翼風を起こして飛び立った。遠くから鳥の勝利の雄たけびが聞こえてくる。

全くなんという性悪な鳥だろうか……。
少年は鳥を見送り、は気の抜けた笑い声を上げた。
それから、半泣きの子供をその場に立たせると、手足に傷がないのを確かめた。傍らにおいておいた弁当は、籠ごとなくなっていた。

「お弁当も盗まれちゃったから、いったん帰りましょう。さ、おんぶ」
姫はおとなしく背負われていたが、すぐに「デスモンド、痛くない?」と言い出した。
「痛くないですよ」
「背中……頭。血が出てる」
そういいながら姫は、背中をそっとつついた。びりっと鋭い痛みが走ったが、「血はすぐに止まりますから」と答えた。
襲ってきた鳥は、それほど必死だったのだ。

「雛鳥を育ててるのかもしれませんね」
「ひな?」
「鳥の赤ちゃんですよ。近くにあの鳥の巣があったのかもしれません。私たちが近づいたから、怒ったんでしょう」
「ふうん」
姫は、「わたしのお弁当は、鳥の赤ちゃんが食べてるの? 鳥がお団子を食べられるの?」とつぶやいていたが、しばらくすると深いため息をついた。
少年は少々あわてて、背中の姫を軽くゆすってみた。
「姫様。だめです。お昼寝は、昼ご飯食べてから。がんばって起きててくださいな?」
だが、姫は「ん」と言ったなり、すぐに寝息を立て始めた。こうなったらもう目を覚まさせるのは難しい。
「あぁ、寝ちゃいましたか」
少年は苦笑をして、眠りを妨げないように静かに歩き始めた。


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