午後の診察室
人物紹介
診察室の午後、長い列を為していた患者が、一区切りついたところだった。
「先生、お茶を淹れました」
弟子のトウタが熱いほうじ茶を淹れてくれた。おまけに私の好物の、和三盆も添えてある。なんともよく気のつくことだ。
私は甘い一粒を口に含むと、薫り高いほうじ茶をすすり、ひと息をつく。
しかしそれはやがて、またため息になってしまう。
少しでもひまになると、また「彼」のことを考えてしまうのだ。
昨日。
恋なんて簡単だとさえ思えたのに。
どうして彼は行ってしまったんだろう……。
私は、なにか怒らせるようなことをしたのだろうか。
したといえば、全部した。何もかも、した。われながら、首尾はよかったと思う。
なのになぜ、泣かせてしまったのか。あの涙を思い出すと、またセガレが熱くうずいて……もとい、胸がうずいてしまうのだ。
声を押し殺して達したあと、グレミオは肩を震わせて泣き出してしまった。
感じたあまりの涙ではなさそうで、つらそうにそっぽを向いて……
「すみません、重いんです」
じゃなかった。
「もう、どいてくれませんか」と、消え入りそうな声でそういった。
グレミオに強い酒を飲ませて、したたか酔わせたうえで、宿のベッドに押し倒した。
……一度目も二度目も、確かに多少強引ではあった。
しかしあれは、合意の上の行為ではなかったか。
場数を踏んでいそうな、見るからに色っぽいあの男が、あのように初々しい反応を示すとは思わなかった。
私の強引さに押されて、あのように乱れて……感じているのに必死に感じまいとして、眉をひそめ、口に含ませた私の指を噛み締めて……ああ。
思い出しただけでも、一物が、じゃない、目頭が熱くなってくる……。
「先生。鼻の下が……伸びてますよ」
「お?トウタ。いたのか」
「いたのか、じゃないでしょ。グレミオさん、怒って帰っちゃったんでしょ」
「…………」
「先生、あきらめて仕事仕事。脈ないですよ、もう」
「冷たいなあ、トウタ」
「ぼおっとしてて、誤診でもしたら大変ですからね。しゃきっとしてくださいよ」
そうはいっても。
あの熱い一夜を、おかずにして、ではない、思い出として、暮らしていくのはあまりに寂しいではないか。
あのまま終わりになるのか……。
でも、それでグレミオが幸せなら、涙を飲んで身を引くべきだろう。
昨日のことも、ただほだされて、ついてきてくれたのにちがいないのだ。彼にはそういう、ウェットなところがある。つけこみすぎては、嫌われるだけだ。
重い逡巡のため息をついたときに、無遠慮にドアが開いた。
「ホウアン先生、暇そうですな」
ずかずかと入ってきたのは、この本拠地でリーダーより態度の大きい男、シュウ軍師だ。
「今一区切りついたところです」
「じゃ、よかった。頭痛がしてね。薬をくれませんかね」
「いいですよ。でも一応診察をしましょう。トウタ、体温計を……」
「めんどうだ。頭痛薬でいいんですがね」
「頭痛と言っても、原因がわからないと薬は出せません。風邪かもしれないでしょう」
シュウは、どっかりと、小さな椅子に腰を下ろした。
大柄だが、態度も大きい男だ。まあここでは一番の実力者なのだが、この態度の大きさは生まれつきだろう。
面倒くさがるシュウをなだめすかして、咽喉を見る。少し指が触れただけで、微熱があるのがわかるくらいだ。
この男ときたらいかにも神経質そうで、案外鈍感なのか。
「ほら、少し熱がありますよ、シュウどの。咽喉も赤いですから、これからもう少し熱が出るかもしれませんよ」
「うむ」
「薬を出しておきますから、今日は早めに休んでくださいね」
「忙しいんだ、いろいろとな」
薬を用意しながら、つい私は尖った声を出してしまった。
「じゃ、ご自由に。高熱を出してうなるのはそっちですからね」
「なんだ、冷たいな。先生」
…………いけない。患者の好き嫌いは顔に出してはいけないのだが、つい……。
私は強いて愛想よく振舞った。
「忙しいのはよくわかっていますよ、シュウどの。日ごろの疲れが出たのでしょう、激務ですからね」
「まったくどっと疲れるようなことがあったのだ、先生」
「ほう?」
ふう、興味があるふりをするのも疲れることだ。
「昨日のことだが……あ、これは内密に」
「なんですか?私などが聞いてもよいことですか?」
「先生の口の堅さは、実証済みだ」
「…………」
ナナミのことなら、誰かにしゃべるとシュウに殺されそうだから、黙っていただけだ。
「カイルどのが、盟主の座を捨てたことはもう知っているか」
一瞬ことばに詰まったが、薬を袋に詰める手は休めない。
これを押しつけて、早く帰ってもらおう。
「今聞きましたが……そうですか。そうなるような気がしていましたよ。ナナミさんのところに帰ったんでしょうね。それが一番、あの子にとっては……」
「それで、意外な人物にあったのだ。先生はご存知だろうか?マクドールの御曹司リアムどの、つまりトラン解放戦争の英雄と、もと皇王ジョウイだ」
「はあ……」
ああ、聞きたくもない名前だ。リアム・マクドール。グレミオを好き勝手に扱って平気な、にっくき恋敵の小僧ではないか。
「気のない返事だな。いやまったく、ガキどものすることは見ておれん。ジョウイもあのような愚かしい男とは思わなかったぞ。もうなんの危険もないだろうよ」
「なにをしたんです?その、ガキどもが」
「おれたちの目の前で、リアムどのとジョウイがいきなりおっぱじめたのだ、ナニを」
一瞬、耳を疑った。
「ナニをって、何を」
「カマトトぶるな、先生。わかってるだろう?ナニを、だよ、ナニを!」
ああ!
目の前がいきなりばら色になったようだ!!
リアム・マクドールが皇王ジョウイとナニを!よりによって、ナニを!
傷心のグレミオの肩を抱くのは、このホウアンだ!
今すぐ、グレッグミンスターへ飛んでいかねば!!
「ありがとう、シュウどの!!すばらしい知らせを!」
パン、とシュウの手に薬袋を渡した。もうお前に用はない!
「一日三回、食後に白湯にて服用!!4日分出ております!じゃ、お大事に!」
「おい、先生どこへ……」
こうしてはいられない。あの人を一人にはしておけない!
千載一遇のチャンスではないか!!
「ちょいまて。どこへ行く。診察はまだ終わっていないぞ」
もう君の機嫌など、とっているひまはないのだよ、坊や。さらばだ!
私はにっこりと笑った。
「いえ、おしまいです。お大事に。あ、私はちょっと出かけま……」
「ホウアン先生、診察室を放り出してどこへいくんだ」
「ちょっと、トランまで」
「そんな、遠いじゃないか!ちょっとそこまでって、距離じゃないぞ!」
(え?)
なにやら、むず、とシュウが袖をつかんでいる。そしてそのまま、無礼にも腕を引き寄せる。
シュウの無骨な手が、私のあごをがしっと掴む。
ますますもって無礼な青二才だ。なんなんだ、年長者に対するこいつの、この態度は。
むっとした私の耳もとで、シュウがささやいた。
「おれの情報を甘く見てもらっては困るな、ホウアンどの」
「な、なんですか。失礼な……」
私は、シュウの腕をぐいとつかんでねじ上げた。
シュウはその手を払いのけて、薄く笑った。
「お前があの、リアムどのの従者にご執心なのは、先刻承知だ……」
「え?」
「追っていかれては困るのだ。お前のような優秀な医師は、そうはいない。これからおれと、ミューズへ戻ってもらう。新しい都市同盟の都へな」
「な、な、な……」
「オガタ先生、と言ったほうがいいかな、ホウアン先生、あるいは毒薬作りのオガタ」
「シュ、シュウどの?」
「昔の、裏の稼業のことも知っているぞ……毒薬造りの名人、オガタ先生」
「!!!!」
こんなところで、足をすくわれようとは!!
ごく若いころの、あやまちだった。医学を学ぶ金欲しさに、求められるまま毒薬を調合した。人を殺めるためと知っていながら。
神医リュウカンの薫陶に触れて、過ちに気づいた。ずっと昔のことだ。
その罪の恐ろしさに、オガタの名を捨て、ホウアンと名乗ったのだ。
昔のことだ、昔の。証拠など何一つないはずだ。
「な、なんのことやら、私は……いっこうに身におぼえが……」
「ふん、震えているぞ、オガタ先生。犯した罪が恐ろしいか」
「言いがかりは……いくら軍師どのとは言え、許しませんよ!」
「おれが一言いうと、お前は縛り首だ。だが黙っていてやろう。お前は、殺すには惜しい優秀な医者だ。その他にも、いろいろ使い道がある。それもこれもお前の態度次第だが……」
そして、にやりと笑いながら私の二の腕を掴んだ。
「ふん……なかなか美味そうな肉付きをしている」
「げっ」
どういう展開なんだ、どういう。だれか説明しろ。くそ!
「……お前の寝室はどこだ?案内してもらおうか、オガタ先生」
げえええ〜〜〜!!!(涙)
いやだ〜〜〜!!
黒髪、超ロンゲ!濃くて暗い馬面!!
こういうタイプは嫌いなんだ!!
しかし選択の余地はない。
内心忸怩たるものはあるが、このさい尻に腹は替えられない。
この変人のいうことを黙ってきくしか、生き延びる道はないようだ。
私はシュウの顔を見据え、歯を食いしばった。
死んでたまるものか。お前などに殺されるものか!
「あんたも物好きですね。そんなことでいいなら、お安いご用ですよ?私の寝室はこの診察室の奥です……」
私は診察室の奥を指差した。
「片づけがありますからね、先に入っていてください」
診察室の隅っこで、怯えて泣きそうにしているトウタに向かって、私は頼んだ。
「トウタ、すまないが……本日の診察は終わったと札をだしてくれないか」
「せ、せんせい〜〜」
「私は大丈夫だから、お前は何も心配するな……チャコくんの所でもいって遊んできなさい……そうだ、お小遣いを上げるからふたりでおいしいものでも食べておいで」
トウタはぽろぽろと涙をこぼした。
怯えているのは、シュウにばかりではないだろう。私の昔の悪行に怯えて、そして大人たちの醜さに怯えているのだ。
トウタが逃げるように出ていくと、私は診察室の鍵を占め、カーテンを下ろした。
そして、男の待つ寝室に入っていった。
シュウは、ベッドに腰掛けていた。
えい、もううざったいことだ。さっさとすませてしまおう。私は勢いよく自分の帯を解いて投げ捨てた。
「待てよ、先生。それはおれの仕事だ」
「同じことです。あなたもさっさと脱ぎなさい、さっさと。効率よく短時間でお願いしたいものですね」
「だめだ。一枚ずつ脱がせてやる。来い……」
こいつ、いつか毒殺してやる。シュウは私の腕をつかんでひっぱり、膝の上に座らせた。
そして無骨な指を、半ばはだけた着物の脇から滑り込ませた。
ヘタな愛撫だ。私ならこんなやつよりずっとうまいのに。そして乱暴だ。痛いほど大胸筋を掴み爪を立て、ああ……痛い……こんなんで感じてどうする、自分……。
馬面が近づいてくる、いやだ。鳥肌が立つ。
「顔をそむけるなよ、ホウアン」
無礼な、呼び捨てにするな。青二才。
シュウの息が荒い。その息が首にかかり、私の頚動脈の横を強く吸った。
皮膚に血が集まり、吸い出されそうだ。
「あ、アトをつけるな、ばかもの」
「そんな口をきいていいのか……お前の命はおれが握っているんだぞ」
「あ……あ!」
シュウの唇と舌が僧坊筋を這いずり回る。しつこいキスだ。長すぎる……。
いつのまに着物を脱がされたのか。
しかもうつぶせにされて。背中に裸の胸を感じる。
こいつはいつのまに、服を脱いだんだ?微熱を持った、熱い肉を押しつけてくる。意外に引き締まった内股の皮膚、腹の筋肉、固い体毛……その固い脚が私の大腿部にじわじわとこすりつけられて、ああ……だめだ。
それから後背筋を噛み、私の大臀筋を掴んで、尻を左右に広げた。
「か、噛むな……ばかもの……」
せめてもうすこし、優しく扱え。痛いじゃないか。
気が遠くなるじゃないか。ちがう、感じてるんじゃない。
「ちょ……シュウ……噛むなあ……あっ」
「どうやら、痛いのが好きらしいな、ホウアン」
シュウは、耳元でささやくと、私の肛門からゆっくり指を入れ、罰当たりにもかき混ぜ始めた。
「は……あ……」
走るな、電流!感じるな、私の前立腺!反応するな、私のペニス!
この男は、大嫌いなんだ!
「柔らかい尻だ……よく締まる。はじめてか?お前は」
うわ〜〜〜〜!!黙ってさっさとすることをしろ!!
お前の気色悪いせりふは聞きたくない!!
そして私を解放してくれ!そういうつもりだったのに。
「は、はや……く!頼むから……あっ」
ばかやろう。おねだりしてるんじゃない。
シュウは、うれしそうに笑うと、自分の汚らわしいものを私のデリケートな肛門に押し当てて、焦らすように突つきまわしてから、一気に根元までインサートしやがった。ば、ばかもの……。ちょっと痛いけど……いいかもしれない……。
「ほら、腰触れ」
くそ〜〜〜。必ずお前をぶち殺してやる。
それなのに顔が火照る。息が、上がる。これはなんだ?
シュウがゆっくり、大きく腰を廻すたびに、笑い出したいほど気持ちよくなっていくじゃないか。
こすって欲しいところを、シュウの固い一物がこすってくれる。
気持ちがよくて、受身っていうのも悪くないじゃないか。相手が悪いが。
やつの馬面が見えないだけましだ。後背位でよかった。
こういうのも、たまにはちょっといいかもしれない……。
「シュウ……」
「なんだ、先生」
「もっと速く動いてくれる?」
ばか、自分。
そのころトウタは、レストランで仲間たちとおいしい食事を楽しんでいたとさ。
おわり;
先生のお部屋へ戻る
幻水小説のお部屋へ戻る
トップへ戻る