フェイン 5

2006/05/07

車は滑るように郊外に向かい、いくつもの橋を渡り、トンネルを走りぬけた。山がちな地形を走りぬけた後、突如、視界が開けた。しばらくして、巨大な建物が迫ってきた。
灰色の建物は、まるで巨大な船のように見えた。
「あれが病院ですか?」
「そう。土地が安いからって、こんなところに大学病院を建てたんだ。ここは田舎なのに、腎臓の移植数がけっこう多い」
「そうですか」
「セレニスはここに入院して、移植を待っていた。だが、HLA型の合う提供者がなかなか現れなかったんだ。もし適合さえすれば、おれのを使えたんだが、まったく合わなかった。妻の妹が協力したいと言ったが、それには妻が大反対だった」
天使には、実は半分も理解できなかった。

巨大な病院の駐車場は満車で、入り口には車の列が出来ていた。
「ここにセレニスの移植コーディネータだった人がいるはずだ。その人をたずねてみようと思う」
「あの、移植ってやっぱり、誰か亡くならないとできないんですよね?」
「普通は、そうだな。腎臓は二つあるから、血縁者がひとつ分けてあげることもあるが」
「ちょうどいい腎臓を持った誰かが、偶然死ぬのを待つんですね」
「……そうだ」
「あ、すみません! 変なことを言いました」
「いや、気にするな。本当のことだから」
言ってはならないことではあった。天使は、自分の口の軽さを後悔した。

「あの、腎臓って人間の体の、どこにあるんですか。お腹ですか?」
困惑する天使に、フェインはかすかに苦笑を見せた。
「腎臓ってのは背中寄りにある。どうしたんだラビエル。中学生でも知ってることだぞ」
そういうと、左手を伸ばしてラビエルの背中を押さえた。
「この辺に二つある。君も腎臓には気をつけるんだな」
「そうします。ぼくに腎臓があるかはわかりませんが」
フェインはふと黙り込み、ハンドルを見つめていた。

駐車場に入った直後だった。それまで黙っていた勇者は、「どうしても気になる」と口走ると、ラビエルのほうに手を伸ばしてきた。
「座席、倒すぞ」
座席はゆるやかな動きで後方に移動し、同時に後ろに倒れた。
「少し膝を立ててくれ」
「え?」
「言うとおりにしてくれ」

天使がうかうかと足を上げ、膝を立てたとたん、フェインは手をわき腹の辺りに伸ばしてきた。
「あの、フェイン、もしもし?」
「痛かったら言ってくれ。力を抜いて、深く息をして」
「フェインはお医者様なんですか?」
「いや、おれは薬屋だ」
そういうと勇者はラビエルのシャツを引っ張り出して、腹部をむき出しにした。
「うわっ、何をするんですか」
「じっとしててくれ。ほら、力を入れないで、深呼吸」

フェインはしばらくラビエルの胸の下に手を当てたり、腹部を探ったりしていたが、最後に腹部に指を差し込んできた。天使は軽い痛みに顔をしかめた。
「心臓も、肝臓もちゃんとある。おそらく腎臓もあるはずだ。君は人間そっくりだな。たまに翼を出したり引っ込めたりするだけで、あとは人間と同じだ。だが、ちゃんと生きて、息をしている」

フェインは満足したのか、ラビエルの座席をまた元に戻してくれた。ラビエルは慌てて、着衣の乱れを直した。たまにこの勇者もよくわからないところがある。
「驚かせて悪かった。ただ、天使というものがどういうものなのか、どうしても気になって」
ラビエルは鷹揚に微笑んだ。
「それは、気になって当然です。だんだん慣れていただければそれでいいんですよ。ほかに何か聞きたいことはありませんか?」
すると、フェインは妙な顔つきになった。
「天使にも性別はあるのだな」
「はい、あります。そしてぼくは見ての通り、男性型です」
「それじゃ、君にも……ついてるのか?」
「何が。あ、前の車動いてますよ。ついていかなくていいんですか?」
フェインはアクセルを踏み、力なく首を振った。

車がようやく駐車場に入り、停車したころに、鈍い天使は気づいた。
「あの、さっきの質問ですが。男性器のことでしたら、天使は人間と同じように作られていますので、私にもフェインと同じモノが付いています。天使の生殖器はただの見かけだけで、人間のような機能は持たないのですが」
天使は自信を持って言い切ったが、フェインは懐疑的だった。
「本当にそうなのか? 君がそう思い込まされてるだけじゃないか」
「なぜですか?」
「なぜって、心臓が動いてるんだぞ。肝臓もあった。君もアレが一応ついてるんなら、『付いてるだけ』なんてことはないだろう。全く必要ないものなら、退化してなくなっているはずだ」
勇者はふと天使の顔を見て、驚いたように笑った。
「赤くなった」
天使は「フェインが変なことを言うからです」と顔を引き締めた。

以前、青い髪の男に、変な宿に連れ込まれたことがあった。その変態男はラビエルに自分のものを見せ付け、ラビエルの股間を触ったあげく、「体でかいのに貧弱だな。見掛け倒しか」と許しがたいことを口走ったのだ。
フェインにしても「一応付いてるなら」とは、随分失礼な言い草だ。
ラビエルは車を降りながら、つい天使にあるまじき毒舌を吐いてしまった。
「どうせぼくは貧弱で、一応ついてるだけですよ。フェインみたいに無駄にでかくないし」
「おれと違ってって無駄にでかくないって?」
フェインはにこやかにそう聞き返してきた。
「なんで知ってる」
天使はあわてふためいた。
「ちょっと用事を思い出したので出直してきます。では」と叫び、翼を広げた。
「おい、まて、ラビエル。何を怒ってるんだ!」
フェインの声が聞こえたが、立ち止まるどころではなかった。




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