砦の予言者 10
砦の若者ゲンリーの語る
砦での毎日は忙しくなっていた。
限られた時間に、詰め込むだけ知識を詰め込み、その間にもハイン語を学習するという生活だった。
星船で私たちは眠ったまま運ばれる。だが私たちは星船の操船技術をも学ぼうとした。地下室の壁いっぱいに操縦室の風景が映し出され、ためらいなく動けるまで訓練を積んだ。
それから、私とソブは護身術や、応急手当の方法まで学び始めていた。すべて、イセレンの指示だった。
予言の儀式で「お世話になった」ホルドが私たちの師となった。
穏やかなホルドは、昔王宮の警備をしていたという。
「アシオムセは危ないところなのかい?」
ホルドはそう心配した。
それでもホルドが嫌がらずに私の相手をしてくれたことは、幸いだった。
イセレンは、私の手に触れることはおろか、ますますよそよそしくなり、手が届く範囲に近づいてくることすらなかった。
イセレンを朝まで抱く夢を見た。
そして目覚めて夢と知り、寂しさとむなしさに、打ちひしがれるのみだった。
あと数日で、ゲセニ・セルン(一の年)が来る。
私たちの惑星ゲセンでは、毎年毎年、年号を数えたりはしない。一の年が終わる、そしてまた一の年が始まろうという夜、イセレンが私を訪れた。
彼はケメルの間、自室にこもっていた。終わったので出てきたのである。すでにケメルは終わり、欲望を持たぬ、天使のような存在となり、私の前に立っている。
イセレンは淡々と言った。
「年が明けたら、レルに行きます。半月は滞在することになりますので、しばらく会えません」
「どんな御用か聞いてもいいですか?」
イセレンが何日も砦を開けるというのは、初めてだったからだ。
「手術を受けるためです」
「どこか悪いのですか?」
「いいえ、どこも」
「どこも悪くないのなら何で手術をするんです」
彼は少し言いよどんだ。
「男の体に戻るのです」
「何故、今? 星船でアシオムセに行ってからのほうがいい。レルはろくな医者がない」
私はこのとき、忠告するという非礼を犯したが、イセレンは気にしなかった。
「確かにね。ですがバスデン先生のつてで、亡命したオルゴレイン人の医師が見てくれる。私の体内に埋め込まれた機器が、星船の機器類に影響してはならない。今、手術をしなければならないのですよ。出発前に十分回復をしておく必要もありますし」
「星船はエクーメンの技術の塊だ。ゲセンなんぞの機器が影響するわけないじゃないですか」
「可能性は低いというけれど、ゼロではないらしいから。星船を危険にさらすわけには行きませんから」
正論だった。
「どうしても行くのなら、おれも付き添うことを許してください」
「お言葉はありがたいが、見苦しいところをゲンリーに見せたくない」
イセレンは珍しく、そっけなく口調でいい、「では、もう遅いので」と部屋を去ろうとした。
私はイセレンの前に立ちはだかった。
「絶対に行かせない。使節の安全のために手術だって?」
イセレンはゆっくりと首を振った。赤い長い髪が、ふわふわと揺れていた。
「ソブ、使節、乗組員、そしてゲンリー、あなたのため。使節一人のためじゃない」
「他人のために二度も三度も手術を受けるのは、やめてくれ!」
「でもそれが私の本来の姿なんです。もともとの私に戻るだけです」
イセレンはうつむいて、低く言った。
「私は男になり、髭も生えて……あなたが好きだと言った人間とは別のものになる。あなたの心も惑わせないようになりますよ」
「何を言ってるんだ」
「事情が変わったのだから聞き分けて、別の人を見つけなさい。災難だったと思ってね」
私はイセレンの手を掴んだ。
「嫌だ。イセレン以外は欲しくない」
本当に言いたいことが山ほどある。でもうまく言葉が出てこなかった。
「やめなさい、ゲンリー」
ああ、私は正常人ではない。このときこそ、思い知った。抵抗するイセレンを、組み敷くことだってできるのだ。ソメル状態で性欲も起こらない、私より力も弱い、そんな相手を、無理やりに自分の寝台に押し倒して、下着をまくりあげて、野蛮人もいいところだ。
「お願いですからゲンリー!」
私は手を止めて、イセレンを見下ろした。彼は思いがけず、またケメルの状態になっていた。そして男に。彼は私を見つめ、目に涙を浮かべた。
「私は馬鹿だ。ソメルの今日こそ、見苦しいことにはならないと思ったのです!」
私の手の下で、イセレンの鼓動が早かった。私は彼の手を取った。
「知らないだろうけど、おれは何度もあなたを抱いてるんだ。夢の中で、もちろんあなたは男になってた。朝までずっと一緒に居る夢」
言い終わらないうちに、イセレンが私を抱きしめ、キスをした。
私たちは砦にいた。イセレンはまだ金の鎖をしていたので、私はそれを取ろうとしてあわてて引きちぎってしまった。
一の年が終わり、また一の年が始まろうとする瞬間に、互いの腕の中で吐く息と吸う息を共有し、すべてを奪い合って、私たちには互い以外に欲しいものなどなく、ましてや、怖いものなどなにもなかったのである。
砦の予言者10 終わり。
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