砦の予言者 11


砦の若者ゲンリーの語る


一の年が終わり、次の一の年が始まる夜、私たちは神聖なるケメルの誓いを結んだ。イセレンは私のすることを少しも恐れなかった。
「どんな姿になろうと、おれはあなたを愛してる。ずっと一緒に居る」
イセレンは静かに首を振った。
「約束で自分を縛ってはいけない。全てを断ち切っても前に進まなければならない日が来る」
「それはあなたの予言?」
イセレンは微笑み、また首を振った。
「いいえ、これは一般論です。もう私は先見をしません。私は、先のわからない道を歩いて行く、あなたと同じ人間です。今、私たちは愛し合っている。それでいいのではありませんか」


それから数日後、イセレンはレルの病院に入院した。星船の誤作動を引き起こすかもしれない、体内のケメル誘発装置を摘出する為である。
小さな病院に、オルゴレインの亡命者である医師が二人来ていた。私のもと家主のつてで呼んだのだという。
オルゴレインは得体が知れない国だが、医療の技術はカルハイドより高い。
そして、長時間の手術のあと、眠ったままのイセレンが病室に運ばれてきた。麻酔が覚めかけたとき、声も上げずにずっと涙を流して、手を取ると弱く握り返してきた。
彼は、前に進む為には自分を傷つけることも厭わない。でもいくら強い心でも生身の人間だ。痛いものは痛い。そして、本当は私を必要としている。何があろうとこの手を離すまいと、心に誓ったのである。

5日後に、私たちは電動自動車に乗って、砦に戻ってきた。
イセレンは、体調が万全ではないのに、もうケメルが来ていて、いや、正確にはケメルではないのだが、男性変化していた。声がかすれて、がらがらの声しか出ない。
イセレンは「あなたも経験あるでしょう、声変わりですよ。全く、二十歳すぎて声変わりとはね」と笑った。


砦の独身者たちは以前と変わらず接してくれた。しかし一週間後、「私は砦を出ます。」と言い出した。日増しに男性の特徴が現れてきて、本人も戸惑っているのは、私も知っていた。しかし彼は、(オス臭いのでみんなの邪魔になる)などとは言わなかった。
「ホルデン島のエクーメン使節が、資料整理の手伝いをしてほしいそうですよ」
彼はそんなふうに切りだした。
「それに、春になってしまうとカルガブの雪が溶けてしまって、旅がしにくいのです」

砦を出る日、蒼い空の下、砦の住人はみなが並んで見送ってくれた。親代わりであった織り人が、イセレンの肩を抱きしめ、別れを惜しんだ。
「お前に幸せがありますように。わが子よ」
そうして私たちは砦を去った。
イセレンは窓の外をゆっくり流れていく景色を眺めて、どこか考え込んでいる。
「みな、いい人たちでした。私はみんなの優しさに甘えて、苦労も知らずに育ちました。あの人たちは、私みたいな得体のしれないオルゴレイン人を受け入れて、何の見返りも求めず、育ててくれた」
ソブがそっと、イセレンに肩に手を置いた。
「いつか恩を返すこともある。これが今生の別れとは限らない。悲しんじゃ駄目。前だけを見るのがあなたの良いところなんだから」
ソブがそっとイセレンを抱きしめた。しかもイセレンもされるままになっている。
私はというと、嫉妬でイライラしていた。


私たちは乗り合いの電動車に乗り、3日かけて険しいカルガブ山脈を越え、4日目の夕刻、エルヘンラングに入った。

王都エルヘンラングは暗い色の石畳、黒っぽい高い建物、そして高い塔が連なる、威圧的な都会だった。谷底のような街路を歩いていると、押しつぶされそうな威圧感を感じる。そんな街だった。
私たちはソブの実家にお世話になった。そこで私は初めて、絨毯を敷いた家というのを見た。
そこで、イセレンがエクーメン使節に連絡を取った。
「王に謁見します。使節もご一緒です」
「なんとすごいじゃないか」
ソブの両親が仰天して、大騒ぎをして私のための礼装を整えてくれた。ソブはもともと良い服を持っていたし、イセレンは砦の独身者としての服装を整えた。
私たちは翌日、徒歩で王宮に出向いた。王宮の待合室でエクーメン使節と落ち合い、4人で長い回廊を渡って、謁見の前に向かった。

王は、少し太り気味の小柄な人だった。二十歳そこそこの若い王だが、顔色が悪く、むしろイセレンより年上に見えた。
「イセレンはずっとケメルなのか?」
子供のような、甲高い声だ。口を開けると、虫歯だらけの黒い歯が見えた。
私の横でイセレンがひれ伏したまま、まだ声変わりの途中の、かすれた声で答えた。
「これが私の本来の姿なのです。陛下の哀れな異常者でございます。お目汚し申し訳ありません」
王の声が上から降ってくる。
「そなたは昔、余とレベイドに無礼を働いた。その償いがまだであった」
イセレンは動じず、「どのように償えばよろしいのでしょう」と答えた。
「オルグニ砦で予言をするのだ」
オルグニ砦というのは、エルヘンラングに一番近いハンダラ砦だが、地理の授業でしか聞いたことのない名だった。
「私は、もとの異常者に戻りましてございます。もはや予言者ではございません。その資格がないのです」
「では異常者として儀式に出るがいい。余の治世を占え」
「私ごときが占わずとも、陛下の治世は磐石」
「ならば星船には乗らせぬ!」
王は癇癪を起しかけ、イセレンはというと、慇懃無礼な態度で超然としている。

気まずい沈黙があった。やがて、エクーメン使節が見かねて口をはさんだ。
「私も予言の儀式を見せていただいてよろしいでしょうか? ゲセンに滞在して長いのですが、いまだ予言というものを見たことがありませんので。頼みますよ、イセレン。私のためと思って、受けてくれませんかね」
流暢なカルハイド語だった。すると王は気さくに頷いた。
「苦しゅうない。見物するがいい」
「いつオルグニ砦に行けばよろしいでしょうか?」
「これから行くがいい。電動車を使うがいい。夕刻には戻してやる」

「イセレン、おれも同行してもいいですか」
イセレンは厳しい声で、「いけない、ゲンリー」と言った。
「ゲンリー、あなたはソブと居なさい。彼女の護衛係です」
ソブが驚いて何かを言おうとしている。けれどイセレンはさっさと言ってしまった。

私とソブは、冷たい回廊に残された。するとソブは急にそわそわし始めた。
「ええと、とにかく、あなたは私の家に帰っていてくれる? 一本道だからわかるよね。私は、ちょっと行きたいところがあるから」
「おれは、あんたの護衛をしろと言われた」
「ああ、イセレンも野暮なことを……」
ソブはため息をついて、「まあいいか。仕方ない。ついておいで。だけど邪魔にならないようにしなさいよ」と私に命じた。