砦の予言者 12


若者ゲンリーの語る



ちらついていた雪がやみ、弱い陽が差し始めると、何かきらきらと光るものが見えた。
陰鬱な都にそぐわない、巨大な銀色の建物が、燦然と輝いている。
ソブは、私の視線に気づいて、説明してくれた。

「アルガーベン陛下の建てたエクーメン・タワー。アルガーベン様は、あの建物をエクーメンとの交易の拠点にするつもりだった。頭のいい人だったからね。噂じゃ、タワーの屋上に小型の星船がつけるようにするつもりだったんだ。でも完成しないまま放置された。永久に完成しないでしょうね。後継者があんなだからね」
ソブの口調には苦いものがあった。確かにエムラン王は変わりもので、政治にはまったく興味を示さないという。
「先王がもう少し長生きして、あと一人くらい子供を産んでいたらな」
「死んでないかもしれないけどね」
「誰が」
ソブは、「あくまでも、エルヘンラングだけでの噂だけど」と断ってから、話し始めた。

「王様は、誘拐されて、乱暴されたか何かで気が触れられたって。それである日、港のほうに歩いて行ってそれっきり。レベイドが必死に探したけど見つからなかった。港を浚っても見つからないっておかしくない? 相手は王様だよ! あ、レベイドってのは、先王アルガーベンの愛人で、エムラン王の父親ね。そしてエムランの最初の愛人だったらしいわ。なんかすごいよね。それから数年前、予言者イセレンに手を出そうとして、前歯を全部折られた」

かすかに悪意すら感じる饒舌だった。彼女は、左右で高さの違うきれいな眉をちょっと上げ、人のよさそうな笑みすら浮かべている。
その場でソブを殴り倒したい衝動を、必死に抑えた。砦での彼女は地味で物静かで、知的だった。
本性を隠していたのだろうか。

「そんなことを俺に聞かせないでくれ」
「どうして。あんたのケメルの伴侶のことだよ?」

途中で彼女を放り出そうと思ったが、『ソブを護衛せよ』というイセレンの言いつけは破れない。
エクーメン・タワーはすぐに見えなくなった。すぐにソブは路地に入り、小さな病院らしき建物に上がって行った。誰何するものは誰もいない。ソブは勝手知ったる様子で、ずんずん中に入って行き、細い階段を昇り、看護師の詰め所を通り、にこやかに声をかけた。
「サレードの様子はどう? 面会できる?」
「変わりありませんよ」
そんな短い会話のあと、私たちは面会を許され、病室のドアを開けた。ベッドはひとつきりで、痩せこけた、血管が透けるほど色の白い人物が座っていた。ソブと同じ『女性』だった。どんよりした眼をして、口を軽く開けて、小さく体をゆすっている。髪は真っ白だった。
表情は全くない。
「サレード」
ソブは優しく微笑むと、ベッドの端に座り、手を取った。病人の反応はない。
「私、もうすぐアシオムセに飛ぶんだ。でもいつか、必ず戻ってくる。ゲセンを変えるために。すべてを変えるの。私たちみたいな人間が、人間らしく生きられるようにね」
そういって、いとしそうに病人の、脂っけのない髪を撫でた。病人は目を開けたまま、何の反応も見せない。ただ小刻みに体をゆすっているだけだ。
「空の果てに行っても、あんただけを愛してる……」
ソブはそう言って、サレードを抱きしめ、そしてすぐに立ち上がった。
「さようなら、私のサレード」

そしてソブは、立ちあがり、私に何も言わずに病室を出た。残された病人は、やはり何の表情も浮かべず、ただ体をゆすっている。私はそっとドアを閉めた。

病院を出た路地で、ソブに追いついた。彼女が泣いているのではと思い、声をかけるのをためらっていると、ソブのほうで振り返って私を見た。ソブは笑顔だった。ただ、笑顔は少しひきつっていた。

「サレードは美人でしょ」
「そうだろうな」
正直にいうと痩せこけた、植物状態の病人だ。美人だったのかどうか、私にはわからなかった。
「さぞ、美人だっただろうな」
「私の恋人なの。サレードの親が嫌がるから、あまり見舞いに来れないけど、もう最後だから来ちゃった」
「ごめん。おれが席を外せばよかった」

せめて病院の外で待っているべきだった。ソブは首を振った。
「あんたが後ろに居るから、最後に笑顔を通せた。彼女は、わからないかもだけど、感謝してるよ、ゲンリー坊や」
「やめろよ、そういう言い方」

「気にしないで。あんたには現実を見てほしかった。あんたは私の、何というか、同類だから」
ソブはふと笑った。
「全部ではないにしても、私たちの痛みがわかるはずだから」
「サレードは病気なのか?」
「王様と同じよ。私と遊んだ帰りに、襲われた。乱暴されて、頭に怪我をしてね。まあ、妊娠はしなかったけどさ」
「そうか……」
「食べさせたら食事もするから、まだ生きてるんだけどね。二十歳ちょいで髪は真っ白だし、痩せこけちゃって」

どんよりとした空から、ふわふわと雪が舞い降りてくる。だがその雪も、ソブの怒りを和らげることはなかった。
「ゲセン人は温厚で、戦争はない、性暴力もない。ただし正常なゲセン人相手に限る。私たちは人間じゃないから、やられっぱなしだ。ゲンリー、あんたはオスだけど、少しはわかるでしょ?」
ソブの口ぶりは、辛辣だった。
レルでのケメルハウスでの、苦い体験が蘇る。
あの場所で、私は客の見世物になり、おもちゃにされた。イセレンが助けてくれなければ、私はあのまま狂っていただろう……。

「私はもう、泣くのは疲れたの。アシオムセに行って、ステキすぎるゲセン人の遺伝子を研究する。そして……両性具有じゃないゲセン人を増やす方法を探る。そのために、あんたの組織も使わせてほしい」
「な、なに」
「ゲセン人を変えるのよ。私たちみたいな異常者が爆発的に増えたら、国も無視できなくなる。そのうち、私ら異常者が多数派になる。国が変わる」
背中が冷たくなった。

「ソブ、何をするつもりだ」
「できたら薬か何かがいいわね。飲めば次の世代に、異常者が生まれるっていう」
「誰がそんなもの飲むんだ?」
ソブは首を振った。
「まあ、好きで飲む人はいないわね。よく効く普通の薬に混ぜて、いつのまにか作用しているようなものを開発するつもり。ケメル抑制剤か、ホルモン剤でもいいかなあ。でも食べ物に混ぜて投与するのもいいわね」

「それは、テロだ」
ソブはただ笑っている。イセレンはどうして、こんな危険な女を星船に乗せることにしたのか。

「絶対に容認できない。おれはこんな体だけど、正常なゲセン人を変えようとは思わないぞ」
「正常? 何を勉強してきたの、あんた」
ソブは憐れむように私を見た。
「毎月一回、発情してオスメスに変わるのなんて、ゲセン人くらいだよ。ゲセン人が異常なの。変態なんだよ。ゲンリー。あんたも少しはエクーメンのことを知ったのだからわかるでしょう。ゲセン人なんて、古代のハイン人の人体実験のなれの果てなのよ。遺伝子組み換えで作られてるんだよ、私たち。それなら、子孫の誰かが、逆のことをして何が悪いの? 正しい形に戻すだけだよ。ねえ、あんたの大好きなイセレンだって、正常化手術だなんていって、健康な体を切り刻まれたんだよ!」

ソブの激しい言葉に、私は反論することができなかった。

「サレードはそんな研究、喜ぶと思うかい? そんなことに一生を費やすなんて、不毛だとは思わないか?」

しかし、ソブは皮肉に笑った。
「今、あんたは幸せだから、わからない。だけど、いつか思い知るときが来るわ」と言うだけだった。



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