砦の予言者 13
若者ゲンリーの語る
ソブは夕食後すぐに自室にこもってしまった。彼女の親は、私を相手に愚痴をこぼし続けた。
「本当は行かせたくないけど、この星に居ても死んだも同然だと言われたら、何も言えない」
「君、将来あの子と一緒になる気はない?」
ソブが女性にしか愛情を持てず、私とイセレンがすでにケメルの伴侶であると知ったら、ソブの両親は絶望しただろう。
次の朝早く、イセレンが元気に戻ってきたときは、心底ほっとした。
もっとほっとしたのは、彼がこう言ったからだ。
「急用があり、エルヘンラング科学技術大学へ行かねばなりません。ゲンリーも助手として連れて行きます。今夜は、どうか親子でゆっくりお過ごしください。明日、ソブをお迎えに上がりますので」
私は喜んでイセレンの荷物を持った。ソブの家の、重い空気から逃げ出せるのなら、テントで寝ろと言われても喜んで従っただろう。
ほどなく、エルヘンラング科学技術大学にたどり着いた。ちょうど休暇で学生は居なかった。誰何する管理人も退屈そうに私たちを眺めている。
「私とゲンリー・アイが話をした、アンシブルはここにあります。今も使えるはずです。何年も使って居ないけれど」
イセレンは入館許可証を管理人に示すと、そのうちのひとつの建屋に私を案内した。
そこには、小さなテーブルほどの大きさで、ガラスのような素材の天板のついた機器があった。
「これがアンシブル。宇宙間通信を行う装置です。通信状態がよければ、立体映像もやり取りすることができる」
そういうと、イセレンは手早く装置を立ち上げた。
やがて、立派な体格をした、中年の黒人男性の映像が現れた。たくましい顔、白い歯。輝く黒い目は立体映像でもわかるほど印象的だ。もじゃもしゃした髪で、半分白髪になっている。
彼が、イセレンの初恋の人なのだ。
「お久しぶりです、ゲンリー」
イセレンは闊達な笑顔を浮かべて、異星人にハイン語で話しかけた。教科書に載っているエクーメン使節ゲンリー・アイが、少し老けた顔になった立体映像になってそこにいた。
「ちょうど君のことを考えていたよ」
「私もです。お元気でしたか」
「おかげさまで生きているよ。先日からオルールの大学で教えている。もうすぐゲセンを発つのだろう? ところで、そちらのハンサムな若者は……?」
私は一瞬、どこにハンサムな若者がいるのかと、あたりを見回しそうになった。
「レルのゲンリーです。イセレンと同行させてもらうことになりました」
ゲンリー・アイは親しみを込めた笑顔を私に向けた。
「ゲンリー。奇遇だね、私もゲンリーだ。君の名前は、カルハイドじゃ珍しいだろうね」
私は頷いた。
「一般的ではないと思います。あなたのように勇気のある男になるようにと、亡くなった親がつけてくれました」
使節ゲンリーは、深い声でこういった。
「光栄だ。ゲンリー、君と酒を飲めるのを楽しみにしているよ」
イセレンが遠慮がちに口をはさんだ。
「あの、ゲンリー。私たち今回、星船に乗せていただくメンバーは、私を含め、3人とも一般的なゲセン人ではないのです。二人は男性、一人は女性です」
ゲンリーは白い眉を上げた。
「イセレン? 君は女性だったのかい?」
「いえ。立体映像では鮮明ではないかもしれませんが、男です」
イセレンは半ば他人事のように言った。
「私は子供のころ、オルゴレインで矯正手術を受けていました。私も最近それを知りまして、再手術で男性に戻りました」
「オルゴレインはすごいな。昔、私も痛い目にあわされた」
使節ゲンリーは片目をつぶった。
「そんなわけで、私たち三人の細胞を調べても、一般的なゲセン人のことはわからないと思います」
すると使節ゲンリーは眉を上げた。
「そんなことは気にしないでいい。それに両性ゲセン人の組織サンプルなら、実はもう頂けることになっているからね」
「そうですか?」
イセレンはにこやかに、「その方にカルハイドからの土産をお持ちしましょうか。懐かしいでしょうから」と聞いた。
ゲンリー・アイはしまったという顔をしてしばらく黙りこみ、「君は、立体映像の心も読むのかい?」とつぶやいた。
「そんな器用なことはできません。ただそんな気がしただけです」
「君が予言者ということを忘れていたよ」
ゲンリーは苦笑した。
「そう、こちらに一人いらっしゃる。先日から私が話し相手になっているのだ。ただ、土産は要らないよ。懐かしいというより、あまり故国のことを思い出したくないようだ。君たちが来るのは何年も先だから、気分も変わっているかもしれないけれどね。それと、このことは使節にも誰にも内緒だよ」
二人の会話が終わり、通信が切れてから、私はイセレンに聞いてみた。
「オルールにもゲセン人の移住者がいるのですか?」
するとイセレンは、「ゲセン人が、この星を出た記録はありません。そんなことを希望する人が居ないからです。異常性欲者の国に出ていくなんて、正常なゲセン人には地獄へ行くのと同じでしょう?」とつぶやいた。
「じゃあ、誰が?」
「わかりません」
イセレンは自信なさそうに答えた。
「このこと、誰にも言わないほうがいいですね」
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2011年8月15日