砦の予言者 14



オルールにて余生を送るゲンリー・アイの語る
「なにかいいことがありましたか? ミスタ・アイ」
「さきほど可愛らしい若者たちと話をしまして、若返った気分なのですよ。あなたのお国の若者たちです」

若いアルガーベンは、コーヒーを飲む手を止め、微笑んだ。
彼の正式な名前は、アルガーベン・ハルジ17世、かつてはカルハイド王国の王だった。
今は市井の人として身分を隠し、ひっそりと日々を送っている。
彼は、痛ましい身の上の方である。
王として権力の頂点にあったある夜、何者かに監禁されて暴行を受け、解放された時は発狂寸前だった。この方が素晴らしいのは、極限状態にありながら、国に害を及ぼさぬように、自分だけの判断で宇宙船に乗り、オルールへ亡命したところである。

オルールの精神科医は、王が「人格操作」つまり洗脳をされたと診断した。国を捨てた、王の判断は正しかった。あのまま王で居れば、偏執狂の王として暴政を行い、国を滅ぼすことになっていただろうから。心理治療の末、アルガーベンは洗脳から解放され、現在は穏やかな日々を送っている。
「昨日、イセレンと話をしましたよ。まもなく星船に乗り、オルールへ向かうそうです。実際にここに来るのは17年も後のことですが」
ミスタ・ハルジは、「あなたを宇宙の闇から救った、赤毛の天使ですね」と微笑んだ。
「会ってみたいけれど、私がここにいるのがばれたら。私は死人同然の身。生きているだけで故国に害をなすのですから」
彼の精神状態は安定しているが、ときおりどうしても、沈みがちである。

王は幼い子が一人いた。王が旅をしていた長い年月、王は冷凍睡眠で眠っていた。ゲセンでは長い年月が流れても、王にとっては赤子を置いてきたのはほんの最近である。
「今でも王子を抱いている夢を見ます」
「仕方がなかったことです。もう自分を責めないほうがいい、アルガーベン」
先王は「その名は捨てました」と首を振った。
「先日、ロセリル砦で予言が行われました。今の使節が同席して一部始終を見ていたのです。ところが予言内容が過激であったため、王宮近辺が不穏な動きを見せています」
ミスタ・ハルジは眉をひそめた。
「誰が何に関する予言を求めたのですか」
「あなたの御子息、エムラン王が、ご自身の治世の将来を占われたのです」
王はショックを受けたように青ざめた。
「愚かな。いったいどんな予言を?」
「間諜レベイドにそそのかされて国を売ると、予言されました。世にも攻撃的にして具体的な予言ですね。レベイド氏を、御存じですね」
先王は頷いた。
「彼は私の恋人で、エムランの父親です。そして私を、洗脳しようとした人物。おそらくはオルゴレインの間諜。それでどうなったのですか? 予言者たちは無事ですか」
「一時、拘束されたようですが、王の命令で、すぐに解放されました。レベイドは姿を消したそうです。エムラン王は立派であったと、使節は申しております」
先王はほっと息を吐き、暗かった顔色が少し明るくなった。
「自分の判断で正しい道を選んでくれればいい」
そうして聞き取れないほど小さな声でこういった。
「エムランを置いてきたのは、間違いではなかったのだ。よかった……」

レルを出でしゲンリーの語る。
科技大学の正門を出ると雪が降っていた。私たちは、最初に目についた古めかしい宿屋に転がり込んだ。その宿屋の、食堂でのことである。
石造りの内部に、すすと脂のこびりついたような、薄暗い食堂だったけれど、暖炉に火が勢いよく燃えていた。 客はかなり多かった。
骨付きのペスリ肉の煮込み、揚げた魚の料理、ブレッドアップルに甘いジャム、昼間から熱いビールで乾杯をした。
自家製の強いビールで、私たちはしたたか酔い、観光は諦めて部屋に入った。
しばらくして、少し酔いが落ち着いたイセレンが言った。
「ねえ、ゲンリー。私は女性的でしょうか」
「へ?」
イセレンは肩を落とした。
「ゲンリー・アイは私のことを女性だと思ったみたいです。手術してもとの体に戻ったと思ってたのに」
自分の見かけに一喜一憂するイセレンは初めてみた。ゲンリー・アイに言われたことを気にしているのだ。
私はちょっと嫉妬を覚えながらも、考えてみた。

「今のあなたは、女には見えませんよ。ゲンリー・アイは、地球人の黒人の男を基準にしてるんでしょう。そんなのと比べたら、おれだって、なよなよして見えるかもしれません」
「そう、比較の問題ですね」
イセレンは気を取りなおし、豊かな赤い髪を一まとめにして、白いうなじと額を見せた。
「うんと髪を短くしたら、少しは男らしく見えますか?」
私は不埒な気を起こしそうになり、白い首筋とおくれ毛から目をそらした。
「いいんじゃないですか」
イセレンは落胆して、寝台に倒れてしまった。
「どうして男らしくなりたいなんて言うんです? エクーメンの価値観に毒されすぎですよ」
だいたいゲセン人に男らしく、女らしくなんて言葉自体ない。男らしいは褒め言葉ではない。

部屋は暖かかった。イセレンの首の周りにはもう金の鎖がない。外套の下には、ペスリの毛で編んだ、柔らかいセーターを着ている。その下のイセレンの体も、柔らかく、ふわふわしている。
「ゲンリーみたいに、魅力的になりたいと思ったんです」
イセレンは顔を赤らめていた。
「そのままでいいですよ。完璧です」
私たちは氷原のペスリたちのように抱き合っていた。何もできなくても、心から満たされて幸せだった。

ふと私は、妙な気がして、眠りかけのイセレンのほほをつついた。
「ゲンリーって、当然、おれのことですよね?」
イセレンは眠ったまま、微笑んだ。本当に、しっかり抱えていないと、ふわふわと飛んで行きそうで、心もとない。

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