砦の予言者 2
2010/5/13
レルを出でし若者ゲンリーの語る
ぎっくり腰になった織り人は、寝かせて置くしかなかった。織り人は軽く小柄で、亡くなったわが母親を思い出させた。
「お、王宮から、何がどうしたのだね?」
織り人は腰痛に苦しみながら、心配そうに眉を寄せた。
イセレンは微笑み、「使者ですよ。予言をしてほしいそうですが、お待ちくださるようにお願いしましょう。あなたはゆっくりお休みください。行きましょう、ゲンリー」
織り人の家を出て、「王宮の使者」が居るという、客用の家に向かった。
「私が何とかしないとね」
イセレンは爪を噛みかけて、慌てて手を引っ込めた。随分心細いようすに見えた。使者が「知り合いだから心配ない」ということも、その通りにとってはいけないという気がした。だから、同席してもいいかとも問わず、当然のごとくついていった。イセレンも、来るなとは言わなかった。
王宮の使者は、壁に掛けられたタペストリを眺めていた。年は30くらいの、浅黒い、中肉中背の人物だ。袖を通さないまま、仕立の良い、深い緑色のコートを掛けている。
黒い木のテーブルに茶碗が置かれているが、手をつけたあとはない。
「お待たせしました、ストクベン。実は、織り人が持病で倒れてしまいまして。予言が行える状態になるのは、10日ばかり先になろうかと……」
「待てぬ。今すぐ予言をせよ」
きつい言い方で、ぴしゃりとさえぎられた。王宮の使者というくらいだから、これくらい無礼でも普通なんだろうか。イセレンは動じなかった。
「支払う代価に見合う予言が欲しいのなら、お待ちください。織り人が不在では予言はできません」
「こちらは、何の不都合もない。王は、シャスのイセレンに予言をさせよとおっしゃった。織り人云々どうでもいい、そして、これが代価だ」
そういうなり貴族は、テーブルに袋を投げ出した。袋からは黄金と宝石が零れた。イセレンはそれを見もせずに、まっすぐ顔を上げて、使者を見つめていた。ただ頬は白かった。
「私は、予言の行を束ねる立場にないのです。お分かりでしょう、ストクベン」
「問いは、『尊きエムラン王の治める世は、いかなる栄光に包まれているか』、だ」
イセレンは黙り込んだ。
「お前に選択権はない。どうしても予言をしてもらうぞ。あくまでも断るなら」
ストクベンのコートの合わせ目から、黒い筒のようなものが見えた。衝撃銃だった。
「何のつもりだ!」
私は叫び、イセレンの肩を掴んで体の後ろにかばった。
「いいのです、ゲンリー。ストクベンも好んでこんなことをしているのではない」
そしてストクベンに向かって、「そうですね、セレム?」と言った。
使者の顔がかすかに歪んだ。
「私を恨むな。金を受け取れ、そして予言をしろ」
予言者は「予言の結果次第では、私を成敗できるというわけですね。何年も前のことを、いまだに根に持っているとは、なんと執念深い」と呟いた。
次にストクベンを見たときは、彼の様子は一変していた。
「私はエムラン王を存じ上げている。宰相閣下レベイド様のことも、いろいろと存じ上げております。大げさな予言の儀式など不要。エムラン王に治められるカルハイドが、10年後、20年後、30年後、いかなる姿に成り果てるか、わが故郷シャスの郷の名に掛けて、今ここで申し上げてもよろしいか?」
私は、イセレンが怒るのをはじめてみた。
柔らかな印象しかなかったイセレンが怒っている。
「剛毅で気高いストクベン。あなたにもわかっているはずだ」
ストクベンは「今ここで成敗されたいか。お望みなら、そこにいる若造も一緒に、あの世へ送ってやるぞ」と言うだけだった。
イセレンはストクベンを見つめ、机の上に投げ出させていた、予言の代価を受け取った。
「これは砦の金庫に預からせていただきます。ご命令どおり、早々に予言をするように取り計らいましょう。さて、お食事はもうすぐ、集会場で供されます。田舎料理ですので、口に合わないとは思いますが……ここは王宮ではありませんので、毒など入っておりません、ご安心を。行きましょう、ゲンリー」
最後は語尾が震えていた。
賓客の家を出てからも、イセレンはしばらく口を利かなかった。
「大丈夫ですか?」
顔を覗き込むと、イセレンは悲しげに微笑んだ。
「人は変わる。ヌスス。仕方ない」
「あいつは、何なんです。あの無礼な使者は!」
「セレム・レム・イル・ストクベン。亡くなったゲレル摂政殿下の側近で、エルヘンラングに学んだころ、懇意にしていました。思慮深く高潔な方でした。摂政殿下が亡くなってからは、レベイドなどに仕えていたとは」
イセレンは、宰相レベイドのことを呼ぶとき、嫌悪の感情を隠さなかった。
少し歩くと、木立の切れ間にきれいな広場があった。何人かの独身者が、じっと立って行を行っている。イセレンはその様子を眺めてから私に言った。
「とにかく明日、儀式をせねばなりません。いっそ、ひとりで予言の真似事をしようかとも思ったけれど、それではストクベンが許さないでしょう。普通は、予言の儀式は9人で行います。予言者が6人、そのうちケメルに入っているものが、少なくともひとり必要。あと緊張病患者が二人、……この言い方は嫌いだけど、倒錯者がひとり、どうしても必要です」
それは私の仕事だ。私は深く頷いた。むしろ誰にも渡さない。倒錯者に、オスに生まれてよかった!
「おれがやります。あなたのそばに居ます。使者から、ストクベンからあなたを守ります」
イセレンは「でも、あなたは一の鳥だ。私より大事だ。あなたに危害が及ばないようにしなければ。それでなくても、予言は過酷で危険な業なのに」と呟いた。
「危険なんですか」
「本来、危険で負担が大きいのです。予言者が狂ってしまうこともあります。もうひとつ。予言は、意志で操作することができない。予言をするときは、最後は織り人は意識がないのです。王が喜ぶようなお追従を言おうとしても、無理なのです。でも、大丈夫。そうなっても罰されるのは私一人でしょう」
「そんなの大丈夫じゃない。いったい、王様やレベイド様は、あなたにどんな恨みがあるんです!」
するとイセレンは、淡い緑の目で私を見つめて、まだケメルの気配の残る甘い声で、こういった。
「私が、王とレベイド様を、愛さなかったからです。何故拒んだのか、今ならわかる。あなたが待っているからだったんですね……」
砦の予言者2 終わり。
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