砦の予言者 3

2010/5/20

砦の予言者イセレンの、自室にて思う


ゲンリー・アイのアンシブルは、私に幸運をくれたが、同時に災難ももたらした。光は闇を連れて来る、良いことばかりは続かない。

エクーメン使節のみならず、ゲレル摂政殿下にまでお目通りかない、何度もお屋敷に呼ばれた。田舎出の予言者である私が、けして出会わないであろう運命だった。 ゲレル様は気さくで視野の広い方だった。ゲレルさまの希望もあり、王位継承者であるエムラン王子に引き合わされた。
王子は少し太り気味で色が白く、小柄なかただった。そして、賢い摂政殿下と血縁があるとはとても思えなかった……。
私とは目を合わようとはなさらない。会話は側近であるレベイド様を通して行った。エクーメンやアンシブルにも、何の御興味も示さず、ただ目の前にあるご馳走を、レベイド様にお口まで運んでもらっていた。
ひとりで食事も出来ぬ、子供のような王位継承者、お年は既に15歳。この方を頂点に抱き、いったいどんな将来がカルハイドにあるのか。ただ、私にも王子が無垢であることはわかった。

食事が終わると、王子様はレベイド様に手を引かれ、席を立った。家の前でお二人を見送った後、摂政殿下は私に仰った。

「そなたを見込んで頼みがある。エムランと友人になってはくれまいか。あれは、かわいそうな子なのだ。レベイドを母親代わりに慕いすぎ、引き離そうとすると癇癪を起こす。あれでは、将来が心配で、私は死ぬに死ねない」
摂政殿下は悔いておられた。
「アルガーベンが若死にしなければ、いや、私がつききりで育てていれば、もっと早く気づいて手を打っていれば、こんなことには……」

それから数日後、王宮に招かれたとき、王子も「同年代の友達が欲しい」のであろうと思って、さほど警戒心もなく出かけていった。
そして、いきなり監禁された。
私が閉じ込めれれたのは、王子が子供時代をすごした塔だと聞いた。プライベートな空間で、役人も立ち入らない。時折、医者のような人物がやってきて、私に薬を打った。一度目は効かなかった、投与量を増やされたことで、今度は効きすぎた。
身の置き所もない心地がして、瞑想どころではなかった。

二日目、王子が、おひとりでやってこられた。熱っぽい目をして、既にケメルに入りかけており、やはり私と目を合わせなかった。
私は王子に懇願した。
「どうかここを出してください、帰して下さったら、誰にも、何も言いません!」

「余の、初めてのケメルの相手になっておくれ。そなたの、初めての相手にしておくれ」
王子の声は、小さかったが、はっきりしていた。
「王子、初めてだからこそ、このようなことをしてはいけません。ご自分を辱めることです」
「でもレベイドが、ケメルとはこうするのだと、教えてくれたぞ?」
私は絶句した。

「考え違いをなさっておいでです、それはケメルの交わりではない」
「じゃあ、なんなのだ」
私は答えられなかった。王子に汚い言葉を教えて良いはずがない。王子は、不安げに辺りを見回し、体を揺すった。
「そなたも余を嫌うのか」
そして頼りなく、ご自分の指を吸われた。
「ここは余の母が、余を産み、乳を与え、置き去りにした部屋だ。母は余の首に指輪をくくりつけて、王国を余だけに背負わせ、王宮から逃げた」
暗誦した詩を朗読しているかのようだ。よどみない口調だった。
「自ら死んだので墓もない」
私は遠慮がちに口を挟んだ。
「先王アルガーベン陛下は、病で亡くなられたのでは」
王子は困ったように私を見つめた。
「……だって、レベイドが教えてくれたんだもの……母は自ら死んだ……余を嫌っていたから」
「レベイド様は間違っています。この部屋の隅々まで、子を思う親の思いが残っておりますよ」

「立場をわきまえぬものには、お仕置きが必要ですね」
長身の人物が、私たちを見下ろしていた。端正な顔に、薄っぺらな笑みを浮かべた、王子の養育係、レベイドだった。
「お仕置きなんてやめて。イセレンを叱らないで」
レベイドは怯える王子向かって、微笑んだ。
「わが君がそう仰るのでしたら」
そして王子の手を取り、立ち上がらせた。
「さてイセレン様のご用意ができるまで、もうしばらくと見た。別のお部屋で待ちましょう」
そういって王子を連れて行ってしまった。

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翌日、私は別の部屋に引きずり出された。ベッドしかない殺風景な部屋で、私に身の程を思い知らせるための部屋だった。
王子は私を見て、見る見るうちに男の相になった。そして、とても恥らっていた。
レベイドもどういうわけか同じことになっていた。「薬」を使ったのかもしれない。

そこで王子は、レベイドに手を掴まれて、ようやく私に触れた。しかし私を変化されたのは、レベイドの恥かしげもない行為のせいだった。死にたいくらい嫌でも、ときに人はどうしようもなくなって、慎みを通せないことを知った。
前代未聞のことはそのとき起きた。私は、男性になった王子の前で、男に変化した……。
「いや、いや、怖い、化け物!」
かわいそうな王子は、泣きながら逃げていった。

ああ、そうなのか、と思った。断ち切られていた回路が繋がった。何かがストンと胸に落ちたのである。

誰かに言われたことがある。
(いいかい、イセレン。大人になっても、誰にも触らせてはだめだよ)
(お前を怖がらない、蔑まない、この世でたった一人を見つけるまで)
あれは誰だったのか。
(お前ならきっと見つけられる)
顔が思い出せない。声は覚えている、温かい、固い手も覚えている。とても背が高い人、私を連れて、逃げてくれた……。
「何を呆けている?」
パン、と顔を叩かれた。目の前にレベイドの顔があった。
「あなた親代わりでしょう。王子を、追わないでもいいんですか」
「たまには私も、あの阿呆から離れていたいこともある」
彼にぴったりの言葉は、これしかなかった。
「裏切り者」
レベイドは、整った顔をゆがめ「気が強いな」と笑った。すると細かい無数のシワが頬に刻み込まれた。
「売国奴!」
レベイドは「何を言う。私は熱烈な愛国者だよ」と笑い、私の顎を掴み、口を近づけてきた。
「私の祖国オルゴレインにね。お前も、オルゴレインの人間だろ、イセレン」

「違う、私はシャスのイセレンだ。触るな!」
レベイドは気にせず、縛られたままの私を弄び続けた。しまいに指を舐めて、脚の間に、自分でも触れたこともないところに突っ込んだ。目の前が白くなり、息ができなくなった。
レベイドの心のありようは、目の前にあった。のしかかられた瞬間、レベイドの心の中のものが、流れ込んできた。
どす黒い炎。黒々とした油に走る火。レベイドは興奮に息を弾ませて、意味のないことを口走っていた。

「浅いな、入らぬ。何故もっと広げて作らなかった」

気がついたら目の前にストクベンがいて、私の顔を覗き込んでいた。
ストクベンは、コートを脱いで私に着せてくれていた。怒りに青ざめてこういってくれた。
「ヤツは殴って気絶させた。今日はこれで我慢してくれ。だが、いつか必ずちゃんと償わせる」
数年後、復讐を誓ってくれた当のストクベンが、私を誅しに現れるとは、予言者である私にも読めなかった。
ヌスス。
本当に、全ての明日が読めるのなら、生きていく意味はどこにあるだろう。

明日がわからないからこそ、人は前へ進んでいけるというものだ。

砦の予言者3 終わり。

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