砦の予言者 7


砦の若者 ゲンリーの語る。


数か月が過ぎた。

忙しくも、充実した生活だった。勉学の合間には果樹園の世話をして、薬草の栽培も手伝った。初めてみる「ハイニッシュ」という穀物を植えつけたりした。ハイニッシュというのはオルゴレイン産の麦で、カルハイドではほとんど栽培されていない。大昔、ハイン人がゲセン人に与えたという、不思議な穀物だ。

よく働き、勉強もしたが、砦でわかったのは、この世は美しいということだ。成長の早いハイニッシュの、金色の穂の色も、白く輝く薬草の葉も、砦から見る朝焼けも、イセレンとみるすべてのものは美しく、いとしいものだ。
その間に、イセレンが選んでいた女性の「異常者」が砦に来て、ともに学び始めた。名はソブ、物静かで聡明な女性だった。そして彼女は多分私より賢かった。

ある日、遺伝、という考えについて、話していたことのことだ。
「ゲセン人と、たとえば地球人やハイン人との間で、子供が生まれるだろうか」
かつて初代エクーメン使節ゲンリー・アイは、ゲセン人と地球人との間では子供はできないだろう、と予測を立てた。イセレンはゲンリー・アイを崇拝しているらしいが、この点では意見を異にしていた。
「ゲセン人の祖先は、地球人をもとに人為的に『作られた』という説もあります。寒冷地に強い遺伝子を選び、作られたかもしれないのです。それほど似通っている。異星人と子孫を作ることは、けして不可能ではないはずです」
ソブがうなずき、他人事のように淡々と言った。
「まあ、私の場合はむしろ、この星を出ないと、子孫を残す可能性はないでしょうね。今まで全く考えてもいなかったのですが……そんな機会があれば試してみてもいいかもしれません」
「ゲンリーはどう思いますか?」
私は首を振った。
「おれは、好きな人の子供なら欲しいと思うけど、地球人には興味はないです。イセレンこそどうなんです」
するとイセレンは眉をあげた。
「私は独身者だから」
「でもゲセンを出たら独身者なんて関係ない」
イセレンは笑いながら、「そうですね」と言った。
その翌日から、イセレンは「体調不良」と称して部屋にこもってしまった。
ソブは、「多分ケメルでしょうね。近寄らないようにしなさいよ。イセレンが好きなら、困らせないようにね」とソ言った。彼女はとても大人だった……。


イセレンが部屋から出てこなくなってから二日目、予言者ホルドに付き合って、織り人を医者に連れていく手伝いをした。織り人は腰が悪く、またぎっくり腰になってしまったのだ。
寝ているだけではよくないので、電動車に乗せて村に運んでいく。ホルドが運転をし、私は織り人を背負う役だ。
足の遅い電動車で片道半時間、治療自体は、時間もさほどかからなかった。行きは担がれていた織り人は、帰りにはすたすたと自分で歩いた。ただ、帰り道、困ったことになった。
妙に暖かい日だったからか。氷の解けた道の泥濘に気付かず、はまり込んでしまった。
ホルドが焦って、悪戦苦闘したがどうにも動かない。後ろへ動こうとしたが余計に深くはまり込んでしまう。
「ちょっとまって」
私は電動車から降りて、落ちていた板を泥濘に放り込み、力任せに後ろから押して車を動かした。やっとの思いで帰ったときは夜も更けていた。
イセレンの部屋の灯りはついていたので、「帰りました」と声をかけた。返事はなく、中で小さな音がした。
「イセレン」
ドアを開けてみた。灯りがともされたまま、窓が開いている。外を見ると、追われるペスリのように、イセレンが走っていくのが見えた。
私は後を追った。予言者がよく行を行っている広場にも、イセレンは居なかった。私は何かを言って怒らせたのか? とにかく、小道に従って果樹園まで走った。
果樹園の向こうに、ヘメンの木立に囲まれた薬草園がある。イセレンはその場所が好きだ。果たしてヘメンの木立のそばに、小さな人影が隠れているのが見えた。
「イセレン」
もう一度呼ぶと、イセレンは木の陰から顔を出した。一目みて、彼が逃げたわけがわかった。彼は、男の相になりかけていた。微笑んでいたけれど、私にはわかる。傷つき、悲しんでいる。前と同じだけれども、違ったのは私の心だった。
「外にあなたの気配を感じただけで、こうなるのです。でも大丈夫……放っておいてくれたらいいんです」
無防備で傷つきやすい顔を見ると、私は自分を抑えられなくなった。
「イセレン。あなたに触れたい」
近寄ろうとすると、「だめです」と鋭く制止された。
「行ってください。こんな見苦しい状態、二度と見せたくなかった」
「見苦しくなんかない。イセレンはとてもきれいだ」
逃げるイセレンの手を取り、手を合わせた。何もかもなぎ倒しそうな強さで、もう自分を止められない、と思った。きっと彼もいっしょだっただろう。
私たちは手を取り合ったまま、薬草園を抜けて、ハイニッシュの畑へと走って行った。



砦の予言者7 終わり。
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