ゲッシュの収穫



月が煌々と輝いていました。
銀色の光の中で、直径10センチ、長さ30センチはあろうかという秋のなすびが黒々と光っています。
その風格は、まさに、畑のヌシでありました。

秋茄子は嫁に食わすなという、先人の知恵がございます。

このような立派なモノを嫁に食わせてはいけません。それに慣れっこになってしまい、亭主のナニでは満足しなくなってしまうから、ということなのです。

それはともかく、ゲッシュは太い秋茄子を見つめながら、それを食わす嫁、もとい、ヤールの居ないことを寂しく思いました。

「これをヤールさんに食わしてやりてぇ」
いつも余裕たっぷりなヤール兄貴を、一度でいいから泣かせたかった、とゲッシュは思いました。
自慢のキュウリを使ったときも顔色ひとつ変えず、括約筋の力でそれをポキンと折って捨て、「ゲッシュのほうが好い」と言ってくれた優しい人でした。
ゲッシュが好いと口ではいいながら、一度も乱れたところを見せなかったアニキ。結局は気がなかったのでしょうか。
ゲッシュはそれでも、「せめて秋茄子の力を借りてでも」兄貴の淫らに乱れる顔を見たかったのでした。

ヤール兄貴というのは、異国の人でした。ゲッシュは義兄弟のように思っていたのに、戦が終わればとたんに冷たくなり、故国へ帰ってしまったのでした。

恨みもしましたが、やがて肌寒くなる秋が来れば、恨みも消えうせていました。
抱き寄せる嫁@ヤール兄貴が居れば、荒れた畑を起こすのも、はびこるモンスターを退治するのも、何の辛いことがありましょう。

でもそれは無理なのでした。
群島ではお尋ね者となってしまった兄貴です。群島と友好関係にあるこのファレナへ、のこのこと来るはずもない。

ゲッシュは自分が強い「漢」だと思っています。好漢は人一倍、涙もろいのですが、そんな涙を誰にも見せられないのです。

そして、ゲッシュを悲しませる知らせがもうひとつありました。ヤール兄貴は、部下だった女兵士を連れて逃亡中なのです。
男と女が二人で逃亡だなんて、駆け落ちと一緒ではありませんか。
「てやんでぇ! おととい来やがれっ!」
毒づいても、心は晴れません。母なるフェイタス河からの風が、ゲッシュの心を冷やすばかりです。

「こんばんは、ゲッシュ」
そんな声とともに、知り合いの新米農夫が顔を見せました。
彼は、ゲッシュの涙に気づいたかもしれませんが、そんなそぶりは微塵も見せませんでした。
青年は顔を背けました。泣いている自分が、恥かしかったのです。
苦手というわけではないのだけど、このノルデンにはなんとなく弱みを見せたくないのです。

「……なんの用っすか。おれ、今話したい気分じゃねえんで。」
ノルデンは、別段気を悪くする様子もありません。
「うちのが、ちょっと作りすぎたからって言うもんだから。食事、これからだろ」
男はそういうと、小さなバスケットを差し出しました。
バスケットにはスペアリブを焼いたもの、キャベツとベーコンの重ねて煮たもの、そして丸くて可愛いパンが入っていました。

最近ゲッシュが気落ちしているので、夫婦で気を遣ったのでしょう。
「お口にあうかどうかわからないが」
ゲッシュはちょっぴり困惑し、それでも、親切がうれしくもありました。

そして、これでも義理堅いので、手ぶらで返すわけにはいかないと思ったのです。

「ちょっと待ってくれよ」
そういうと、ゲッシュは、残しておいた畑のヌシ、つまり巨大な黒なすびを、手早くもぎました。巨大ですが味はいいはずなのです。
それにつやつやと輝く、この秋最大のキュウリを添えて、差し出しました。

「これを嫁さんに使ってやってくれ」

ノルデンは、伸ばしかけていた手を止め、不思議そうに聞き返しました。

「使うって、食用じゃないのかい?」

ゲッシュのほうこそ、あまりのことに自ら凍りつきそうでした。
けして悪気はなかったのですが、ヤールのことを考えてボーっとしていたのです。

沈黙を破ったのはノルデンでした。
「確かに家内は、キュウリで顔の手入れをしていたよ。薄く切ったキュウリを肌に貼り付けるんだ。レインフォールに居た頃だ。……でも、二度とあんなことはできない。これは美味しく頂くよ」

ノルデンは、大切そうにナスとキュウリを受け取ると、かえって行きました。
ゲッシュの失言に怒りもせず、礼を言って行くとは……。
このノルデンは、ゲッシュが思っているよりも大きい人間かもしれません。
満ち足りた幸せな人間は、人の無礼にもやさしくなれるのでしょうか。
(おっさん……)
ゲッシュは少しだけ胸がキュンとなって、おっさんの意外と広い背中を見送りました。
その広い背中の持ち主が、家に帰り着くや否や、涙を流して笑い転げているなどとは、夢にも思わないゲッシュなのでした。

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