黄金の都 2
寝ないで待ってるつもりだのに、いつのまにかボクは寝ていたらしい。
結局、ホウアン先生は宿に帰ってこなかった。もう、ボクのことなんてどうでもいいんだ。ボクが一人でも平気なんだ。薄情もの。
「ホウアン先生のバカ」
泣くもんか。あんな薄情もんのためになんか。
そのとき、控えめなノックの音がした。
「先生だ」
ボクはベッドから飛び起きて、ドアへ走っていった。先生だと思ったのに、そこに立っていたのは、緑のバンダナをつけた、マクドールさんだった。
「おはよう、トウタ」
「…………」
「先生じゃなくて、がっかりしたかい?」
「べつに」
「機嫌悪いね。ん?眼の下に隈なんかつくっちゃって。あんまり寝てないな?」
「とんでもない、爆睡したよ。先生のお守をしなくていいんだから」
マクドールさんはボクの暴言を聞き流し、ちょっと顔を覗きこむように笑って、「朝ご飯、食べに行こう」と言った。
そんなときのマクドールさんは優しそうで、前の戦争での鬼のように強かった人とは、別人のようだ。
とにかく戦ってるときのマクドールさんは、冗談みたいに強くて、後ろから見ていても震えがくるほどだった。
あの棍棒が、動きが速すぎて見えやしない。マクドールさんが跳んだ、と思ったら、敵が倒れている。それほど、素早くて強かった。
「マリーのレストランはうまいぞ。今日の朝食はバイキングだってさ。食べ放題だ」
「へえ」
食欲なんてなかったけど、熱いスープはおいしくて、お代わりをした。焼き立てのパンも、卵料理もおいしかった。
「そうそう。腹がすいたら元気も出ないもんな」
マクドールさんは、細く見えるけどよく食べる。でもその食べ方が、どことなく品があった。
姿勢がいいからかな。これもグレミオさんのしつけだろうか。
グレミオさんも、マクドールさんも、幸せそうだ。
うちの先生は、やつれきってるのに。
お二人のせいじゃない、わかってるけど、むかつく。
「ね、マクドールさん。グレミオさんはさあ」
「ん?」
「マクドールさんの、なに?」
わかりきってることを、わざと聞いてやった。
「グレミオはね。子供のころからおれを育ててくれた、付き人だ。育ての親みたいなもんだ」
「ふうん。親代わりなんだ」
「そういうこと。今でもいっしょにいてくれるけどな」
「つまり、内縁関係なんだな」
マクドールさんは、気味悪そうにボクを見た。
「な、ナイエンカンケイって……あのね。意味わかってるのかい?トウタ」
「できてるってことだろ。でもって一緒に住んでるんだよ。や〜らしいっ」
「ト、トウタ。声が高いって。恥ずかしいだろっ」
マクドールさんは耳まで赤くなった。ちょっと怒ったみたいだ。
わかってる、グレミオさんに罪はない。わかってるけど、むかつくんだ。ぼくの大事な先生が、あんなに憧れてるのに、鼻も引っ掛けない。お高くとまってる、いけ好かないやつだ。
ちょっと顔がいいからって、なんぼのもんだってんだよ。
めちゃめちゃにしてやりたい、こいつらの幸せなんて。それがどんなにもろいものか、思い知らせてやるんだ。
「マクドールさん、グレミオさんと別れてください」
「ええっ」
「お願い!身を引いてください」
「な、なにをいきなり……言い出すかと思えば」
「グレミオさんはうちの先生と、愛し合ってるんですっ」
半分以上うそだけど。
「…………」
マクドールさんは絶句した。うん、効いてる。
「うちの先生は、グレさんのことをずっとスキで。グレさんも先生のことを。だから」
「し、知ってたよ、トウタ」
「……!」
辛そうな顔で、マクドールさんは言った。
「グレミオに聞いたんだ。あったこと、ぜんぶ」
「!!!」
驚いた。
旅行先で浮気しました、なんてこと、普通はいわないぞ。こいつら、へんだ。
「身を引くわけには、いかないよ。グレミオだって、そんなことを言ったら悲しむだろう。それにね、先生も知ってるはずだけど、グレミオは、先生のことはキライじゃない、程度にしか思ってないんだよ。愛し合ってる、というのとは違うよね」
「…………」
「なにがあっても、グレミオはおれのものだし、おれはグレミオのものなんだよ」
聞いてるだけで恥ずかしくなるようなことを、ぬけぬけというなんて。
「一心同体ってわけ?むかつく」
マクドールさんはそれには答えなかった。
「……トウタは、先生が本当にスキなんだね」
「キライだよ。もう」
「素直じゃないな。先生はまだ具合わるいんだ。だからうちに来いよ。トウタがいたら、先生もきっと元気になるから」
「いやです。これからすぐ、リュウカン先生のとこに行って、弟子にしてもらうんだからっ」
「頑固だなあ、二人ともだけど……」
あきれながら、マクドールさんはリュウカン先生の診療所に同行してくれるといった。
ボクの荷物をひょいっと持って、宿を引き払い、きれいな石畳の道を、だいたい10分ほども歩いただろうか。
ボクの遅い足取りにあわせて、マクドールさんはゆっくり歩いてくれた。
足が短いから遅いのか、気が重いから、足が遅いのかな。
早足ですれ違った人が、ボクのとよく似たかばんを持っていたのを見て、あっと思った。大事なかばんを、宿に忘れてきてしまったじゃないか。
「マクドールさん、忘れもの、しちゃった……」
「え?なに?部屋に忘れたの?」
「ボクの、かばん!先生にもらった大事な本が入ってるんだ!」
「戻ろうか?忘れ物だったら、もうマリーが見つけてくれてるよ、きっと」
カウンターに、忘れ物は届いていなかった。
宿のおばさんがボクを見て、「お連れさんが、さっきからいらしてますよ」と言った。
お連れさん……お連れさんというと、ひとりしか考えられない。
「おれ、下で待ってるから」
マクドールさんはバーの方へ行ってしまった。
ボクは、そっと階段を上がって、ノックもしないで、そおっとドアを開けた。
ベッドに、こちらに背を向けて、山吹色の着物の人が座っていた。
石化でもしたように、全然動かなかった。
「先生」
一瞬、肩がこわばって、先生は振り向いた。
たった一晩で、こうも人相が変ってしまうんだ。
ハイランドとの激しい戦いの最中も。戦争が終わって、シュウが毎晩先生をいじめるようになってからも、先生はけっこう平気そうな顔をしていたのに。
今の先生は、棺桶に足を突っ込んだような顔をしている。
ボクがいないと、こんなに途方にくれてしまうんだ。
胸の中に、あったかいものがこみ上げてきた。
先生ってば、ボクがついてないとダメなんだ。
「先生」
「忘れ物だね、トウタ。はい」
先生は、抱え込んでいたボクのかばんをそっと差し出した。
「しっかり勉強して、立派な医師に……」
「はい、先生。ホウアン先生みたいな、いい先生になります。約束します。今までありがとうございました」
それを聞いて、先生の目からぽろぽろ涙が零れ落ちた。
「これからも、いろいろ教えてください、先生」
「え?」
「ボク、ホウアン先生と離れません、放り出そうとしたってだめだよ、先生」
「トウタ……」
先生は、搾り出すように言った。
「でも、トウタ。私といたら、見なくてもいいものを見てしまうよ」
「シュウ軍師のことなら。そのうち仕事が忙しくなって、おちゃらけていられなくなるよ。それにボクももう、気にしないことにした」
「……でも……気が散って……勉強が……」
「あの戦争をくぐり抜けてきたんだ、平気だ。ボクは先生といたいんだから。だから、一緒にミューズへ帰ろう、先生。先生も帰りたいでしょう?」
先生が、本当にミューズが好きだということを、ボクはちゃんと知ってる。
「ミューズへ帰ってさ、親子仲良く暮らそうよ、ね?」
茫然と、先生はボクを見つめた。
「トウタ、今……今、なんて言いました……」
「親子、仲良く暮らそうって。前から思ってた、先生はボクのお父さんみたいだって」
先生はまた泣き出してしまった。
「私はバカだ。こんなになって、やっとわかった……トウタが一番大事で、一番可愛いって」
「グレミオさんより?」
先生はうなずいた。
「シュウ軍師よりも?ボクのほうが好き?」
「トウタが一番です、誰よりも可愛いです」
「先生、大好きっ。ボクのお父さんっ」
ボクは可愛く叫んで、先生にしがみついた。
先生も、きゅうっとボクを抱きしめてくれた。ちょっと照れたように、でもすごく幸せそうに笑っていた。
先生の着物は、ふわっといい匂いがして、先生のカラダは柔らかくって、いい気持ちだった。
むぎゅっと抱きしめてると、やっぱ……変な気分になっちゃう。
でも、先生がそう望んでるんだから、もう少しだけ、子供の振りをしていようと思う。
見た目も、中身も、ボクがもっと大人になるまで、この気持ちは押しこめておこう。
今はボクは子供で、手も足もでないけど、あと何年かしたら立派に大人になるから、そのときまでね。
しっかり勉強して、たくさん食べて、早く大人になるんだ。
そしてある夜。
ボクと先生は、おいしいお酒を飲んでる。
すっかりいい気分になってる先生に、ボクの手が伸びる。
「トウタ?」
「もう誰にも渡さない、先生はボクのものだっ」
「あ?あっ、トウタ?……だめっ……ちょっと待って……んっ」
「いい?気持ちいい?先生っ」
「いいっ……いいです……よすぎて頭変になりそ……トウタ、いつのまにか、こんな……大人になって」
「シュウ軍師と、どっちが好き?どっちが、いい?」
「ん……トウタが……いいです……ずっと、ずっと……」
…………………………。
ふふふ…………。
わはははは!!!
今に見てろよ、シュウ!!
ボクの内心のたくらみを、先生は知らない。
楽しそうに、ミューズへ帰ってからの計画を話している。
「ねえ、トウタ。ミューズへ帰ったらね、ふたりで市役所に行こう。もしトウタがいやじゃなかったら、養子縁組のこと、考えてくれるか?」
「養子?」
「そう。正式に親子にならないかい?呼び方は、トウタがいやなら今までどおり先生でもいいから」
親子か。
望むところだ、先生。親子どんぶりは蜜の味っていうからな。
「お父さん。仕事中は、先生、っていうのはどうですか?」
「……も一回、言ってくれる?」
「お父さん」
「なんか……くすぐったいですね……」
先生は照れたように笑って、ボクをまだぎゅっと抱きしめた。
ぼくのほうはというと、数年のちには、このかぐわしいカラダはボクのものだ、と楽しく想像していたのだった。
待っててね、先生v
おしまい。
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と、歳の差が……いくら年下攻めが流行りだからってねえv