ハルト Take2(vs 写真屋オレーグ)
2006/07/18
オベル人の若い艘舵手ハルトは、今日も甲板のはるか下、日も差さない図書室に篭り、海図を作っていた。
部下たちが命がけで集めた海底の地形、それから海流のデータを、計算し分析して、正確に海図にしていく。神経を使う、根気のいる仕事だが、ハルト本来の仕事ではない。
王様には、「この船の舵を頼む」と言われて船に乗せられたはずだった。その大切な仕事を部下に任せっきりにしているものだから、いろいろと陰口も聞こえてくる。
「ハルトさんが働いてるのを見たことがない」
「どんなに才能があっても、使わなければ持っていないのと同じ」
軍主の怒りを買い、罰として頭の上からタライを落とされたりしたこともあった。温和な少年がタライを落としたのは、ナオとハルトだけという噂だった。

それでも海戦になると、ハルトは呼び出される。海の地形を知り尽くしているので、躊躇なく、素早く動けるのを軍主も知っていて、いつも重宝に使われていた。
先日も、ラズリルから拠出された船をあやつって、クールークの第2艦隊を2隻沈めた。
海戦のあとは、ハルトはいつも泥のように疲れている。それでいて神経は高ぶり、しばらく眠りから見放される。そのため、腫れぼったい一重まぶたも、二重になってしまうのだった。海図を見つめていて、線が二重に見えることすらあった。


舵が重い。釘で打ちつけたように動かない。力いっぱい回しているのに、舵は1インチも回ろうとしない。

「はぁっ……重……」
ハルトは空気を求めて喘いだ。
このままでは、こちらが座礁する。クールークの艦船を浅瀬に引きずり込んで、座礁させてやるつもりだったのに、その前にこちらが座礁しそうだった。
「くっそぉ……重いじゃないか。トーブさん、どうなってるんだ……あんたが作った船だぞ……」
目を凝らすと、舵を無数の、透明な手が掴んでいるのが見えた。

「トーブ!!」
「へえ、トーブが気になるの?」
軽薄な声が耳元で響いた。ハルトはぎょっとして目を開けた。
目の前に、メガネをかけた中年男の顔があった。ほっそりした五角形の顔の、人懐こい目の技術者だ。技術者なのでほっそりして見えるが、首は太く、喉仏もはっきりと存在を主張している。
「あ?」
ハルトは細い目を目いっぱい見開いた。手が動かない。動かないのも当然だった。
机の脚に縛られた上、オレーグの両手が手首を握り締めているではないか。体はオレーグにすっかり組み敷かれている。

「な、なん……すか? これ……」
「ちょっとリクリエーションにね」
「レク……」
寝起きで頭も、口も回らないのだが、異常な状況というのは、わかった。
「眠れないんでしょ? 楽しくやりませんか?」
「な、な、何……」

童顔な中年男の、顔に似合わずいきり立った下肢が、ハルトの脚に押し付けられた。その感触でわかったのは、寝ている間に下半身の着物を脱がされて、強姦されかかっているということだった。
「やめて、冗談きついっすよ!」
「嫌だったら大声だしていいよ? 男に犯されそうですって叫べば? 外まで聞こえる声で、きゃ〜って言えば?」
ハルトはプライドを傷つけられて、口をつぐんだ。
オレーグの手が、結い上げていたハルトの頭巾を解いた。きつく頭皮を引っ張っていた紐をほどくと、長い髪が床に散らばった。その髪を口元に当てながら、オレーグは囁いた。
「ハルト君、いやらしい体つきしてるよね」
「人が来る、人が……そこに居るし。向こうにターニャも!」
「誰も居ないよ。ああ、ターニャさんはねぇ、オベルに遊びに行ったよ。しばらく帰ってこないよ」

オレーグは薄笑いを浮かべて、体を動かした。躁舵手は嫌悪感で吐きそうになった。
「いやだ」
「あれ? 仕立て屋さんには良くて、ぼくにはダメなわけ?」
「フィルさんは何もしない、ただモデルになってくれっ……て!」
オレーグはくすっと笑い、手でじかに触り始めた。
「反応してる。素直だね。たまってるんだ」

ハルトは唇を噛んだ。この写真屋は、仕立て屋と同類だ。ただ、仕立て屋はたとえ「脱いで」と言っても、けして手は出してこない。芸術家としてのプライドがあるからだ。
「変態」
「何とでも言っていいよ。眠れないんだろ。眠れるようにしてあげるよ。明日目が覚めたら、違う体になってるよ……」
カメラ技師はそう囁きながら、ハルトの耳たぶを軽くかんできた。

(完)

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