ハルトの船、海へ

2006/08/15

トーブが王宮の奥に篭っているとき、珍しく客があった。王の腹心であるセツがそこにおり、ひとりの若者が、ひっそりと控えていた。とても神経質そうな若者で、色が白い。
そして、彫刻刀で切り込んだような、鋭い目をしている。
その若者が、自分より小柄なセツの後ろに隠れるようにして、トーブを見ているのだった。その人慣れない様子から、年は二十歳にもならないように見えた。

セツは「彼は腕のいい航海士です。これからのプロジェクトに参加をさせます」といいながら、若者を前に押し出ししておいて、「ハルト、船が完成するまで、お前を港から出すわけにはいかんぞ」と言い渡した。
若者は顔を赤らめ、不愉快そうに眉をひそめた。

「トーブと申す。良しなに」
すると青年は気を取り直し、改めて「ハルトです」と名乗った。
落ち着いた、心地よい声の持ち主だ。見た目よりは年長であるのかと思われた。
背丈はトーブと同じくらいだが、腕の太さはトーブの半分もないかもしれない。

青年は部屋に入ってくると、すぐに机の上の設計図に気づいた。
「大きな船ですね」
「わかるか?」
「航海士だし。一応。……ところで、こんなでかい船、動くんですか?」
トーブはしばらく考え込み、ハルトが焦れたようにため息をつくころ、ようやく口を開いた。

「まだ出来ていないもので、動くとも沈むともわからん」
ハルトはバカにされたとでも思ったのだろう、辛らつな口調で言い返してきた。
「下手な冗談ですね」

トーブは冗談を言ったつもりなどなかったし、彼を怒らせるつもりもなかったのだった。
「動くかどうかというと、もちろん動くだろう。そうあってもらわねば困る。この船の新しいところは……発進時は動力を使い、長期の航海は、風を使って燃料を節約する」と言い直した。
「船足はどうです。足の遅い船は困る。追いつかれて接舷されて、白兵戦ってのはまっぴらだ」
トーブは思わず顔をほころばせた。この若者は、戦闘が怖いらしい。

「きみは航海士だろう。戦うのは、戦闘員に任せておけばいいだろう」
「甘い。甲板から操舵室って、すぐそばなんですよね。そしたら、敵が真っ先に狙うのは舵を握ってるやつ、つまりおれだ」
ハルトは恨みがましい口ぶりで答えた。

「敵さんが目の前に来て、六分儀振り回したことだってある。操舵士なんて、戦闘員から見たら楽かもしれないけど、とんでもない!」
「なかなか大変だな」
最大限の同意を示したつもりだったのに、ハルトの唇はますます尖がってきた。

「言われたから来たけど、おれ、何の役にも立たないですよ。材木なんて運べないし、大工仕事も下手だし」
「その必要はない。むしろ素人に手を出してもらっては困る」
ハルトと話しながら、船大工は妙な懐かしさを覚えていた。鼻にかかった、間延びのしたものの言い方は、郷里に特有のものだった。
詮索はするまいと思うが、同郷の出身である可能性が高かった。
「だが、実際にこれを動かす人間からのアドバイスは、貴重だ」

ハルトは顔を赤らめたが、これは気分を悪くしたのかどうかはわからない。
大きな図面の上に体を屈めて、髪が顔にかかるのもかまわず、鋭い目で見つめ、それからトーブを見据えた。

「ご存知ですか。クールークの軍艦は、竜骨も船底も、鉄だそうです」

専門家に対して、挑戦的な物言いだった。だがトーブは、自分が全て知っているなどとは思っていない。
「そのこと自体は知っているが、知っているだけでは心もとない。どんな構造をしているか、本当は少しでも情報がほしい。難破船でもあれば、調べられるんだが」
するとハルトは、「探してみましょう」と頷いて見せた。

ハルトが来たときから、トーブの頭の中の船は、初めて生命を持った。頭の中の船では、ハルトが舵を取り、自在に動かしている。
内部を設計するときは、小柄なハルトが操縦することを想定した。そのため大柄な航海士からは、腰を痛めると苦情が出た。

トーブにとって、オベルの巨大船はハルトが動かすべき船だった。
そのため、出航後、ハルトが暗い部屋に篭ってしまったときは、かなり落胆したものだった。


(owari)
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