ハルトの髪挿し
2006/08/17

ハルトは体を強張らせながら、「もっと入れてくれ」と口走った。
「全部入ってるよ」
船大工は苦し紛れに嘘をついた。実は半分も入っていない。
トーブと繋がっているハルトの部分が限界まで引き伸ばされて、痛々しく充血していた。乱暴に突き上げたりすると、どこかで裂けるのは間違いなかった。
「ちゃんと。思い切りやって、おれのことぶっ壊してくれ」
ハルトはそう口走り、後手にトーブの太ももを掴んで促してきた。
「全部……根元まで!」
促されて慎重に奥まで入れたものの、あまりにも締め付けがきつく、前にも後にも動くのは無理だった。また、肩の力の入れ方からみて、痛がっているのがあきらかだった。
棟梁は手をハルトの前に回し、柔らかい、汗で湿った体毛を掻き分けて、萎えたものを手のひらで包んだ。その湿り方で彼の本気のほどがわかったのだが、体温が低いせいかひんやりと冷たく、苦痛のため縮み上がっている。

それがトーブが握った瞬間、突如として誇らしげに立ち上がり、白木のような色合いはそのままに、もとの長さの何倍にも膨張したのだった。実にトーブのそれ比べても遜色がないくらいに、成長を遂げていた。
トーブは驚きをもってそれを見つめ、そこに口付けしたい、という衝動に襲われた。
(拝みたいくらい、どこから見ても完璧な造形だ。まるでお社のご神体のようだ……)

「棟梁の手、熱い」
ハルトは深いため息をついて、自分の手をトーブの手の甲に重ねてきた。
「熱いか?」
「うん。気持ちいい」
そんな短い会話を交わすうち、ハルトはあっけなく達してしまった。トーブの手の中に熱いものをぶちまけたうえ、荒い息を吐きながら、頭を垂れた。
目をつぶり、口を半開きにした横顔が、後れ毛の間から見え隠れする。それは、ひどく美しかった。
衝動的に突き上げてしまいたかったが、内部はどこかが切れているようで、じゅくじゅくと濡れた感触がするうえ、かすかに血の臭いもしていた。少し抜いてみると、つながったところから見える自分のものに、血の色が見えた。これ以上続けるとハルトがかわいそうだ、と船大工は思った。

まだ荒い息を吐いているハルトの体から、そっと自分のものを引き抜こうとすると、ハルトは激しく頭を振った。
「続けてくれ……動いて」
「中で切れている。血が出てるぞ」
「そんなんで死にやしない! 本気を見せてくれ、ちゃんとあんたのものにしてくれ、トーブ」
「ハ、ハルト?」
若者はなぜか夢見るような声で「トーブの種が欲しいんだ。腹の底まで満たしたいんだ」と言い出した。

トーブは迷いながらも「わかった」と答え、求めに応じた。苦しめないように慎重に動いたが、ハルトが時折もらす声は苦しげだった。声を出すと少しだけ楽だから、そうしているのだとしか思えなかった。
船大工がよほど多くを受け取り、ハルトは耐えているだけのように思えた。申し訳ない、かわいそうだと思いつつ、苦しげな声と顔は、それだけでひどくそそるものだった。
次第にハルトの体温が上がっているのは知っていたが、表情を確認する余裕もなくなっていき、を抱きながら思い切り打ち付け、とうとう中にぶちまけてしまったとき、航海士は「熱い、ああ。トーブ」と声を上げた。

白い布に包まれた小さな髷が、細かく震えていた。
(ここにカンザシを挿したら映えるだろう)
空っぽになった頭で、船大工はそんなことを思ったのだった。



部屋から締め出された仕立屋は、トーブと目が合っても、恨み言ひとつ言わなかった。換気のあまり良くない船室でコトに及んでしまった翌朝である。
ハルトとトーブ、二人分の男の匂いが残っていたはずである。
何事にも敏感な仕立屋が、それに気づかないはずがない。
それでも「おや、栗の花の季節ですか。毎年ながらすばらしい香りだ」などと嘯いて見せたのは、ささやかな仕返しだったのだろう。
船の上で栗の花など咲くわけもなく、皮肉を言っているのは明白だった。

船室の修理が終わったあと、船大工はノートを取り出し、ハルトのかんざしのデザインを考え始めた。素材はもう決めてあった。上質の銀である。

船と違って装飾的な小物というのは、全くの専門外だった。素直にアドリアンヌに丸投げすればいいのだろうが、大切な人間への最初の贈り物なのだから、ある程度自分の意見を入れたかった。
最初は難しかったが、次第に夢中になり、後に人がいるのも気づかなかった。

「おや、珍しい。棟梁が船ではないものを作るのですか?」
今朝の仕返しの続きなのか、仕立屋が覗き込んできていた。
トーブは顔を赤らめながら、それをそっと手で隠し、「カンザシの図柄を……服飾品は難しいです」と口の中で言った。
仕立屋は珍しそうにデザイン画を見ている。
「これは、オシロイバナですかね?」
小さな花を、かんざしの先端にあしらったものだった。
「いや、タバコの花ですよ。といっても実物よりずっと小さいのですが」
「可愛らしい花だ」
仕立屋は腕を組んで覗き込んでいたが、「喜んでもらえるといいですね」とだけ言って、その場を離れていった。



鍛冶屋の店にやってきたトーブは、アドリアンヌに上質の銀と、髪挿しの意匠画を示した。それは2本で一対になっている。ほとんど同じ意匠だが、片方を多少長くする。
「これは、髪挿しだ。軸の部分はなるべく硬くして、先端は尖らせてほしい」
「尖らせるって。けどこれ、武器じゃないよね? 危なくない?」
「それは大丈夫、昔からそうしたものなんだ。護身用の役にも立つようにしたい」
「そういうことなら、銀だけじゃ硬さが足りないんだ。少しだけ混ぜ物をしていい?」
「お任せしよう。ただ大切な贈り物だから、よろしく頼む」

トーブは漆塗りの煙草入れを取り出した。その煙草入れにはトーブの家紋、つまり、タバコの花の文様が描かれていた。
「飾り部分は、このタバコの花をあしらったものなんだ。この絵を参考にしてほしい」

われながら冷静に話せたと思っていたのだが、アドリアンヌの前には無力であった。

「ね、お相手の分だけじゃくて、棟梁の分も作っちゃえば?」
突然のアドリアンヌの爆弾発言だった。彼女のほうは何気なく口にしたのだろうが、破壊力は十分だった。トーブは自分の脇にどっと汗が吹き出るのを感じていた。
「な、な、なんのことだかわからんぞ。」
「照れなくてもいいってば。こうなったら棟梁のも作って、お揃いにしちゃいなよ!」
「そ、そんな恥ずかしいことは…………使ってもらえなくなる……」

するとアドリアンヌは「恥ずかしがりやなんだ」と笑いだし、それでも客をからかいすぎて悪いと思ったのか、熱心に図面を調べ始めた。



数日後出来上がってきた髪挿しは、予想以上の出来だった。細身の六角形の軸はあくまでまっすぐで、優美に尖っている。その先には、タバコの花を小さく意匠化した飾りがついている。
実用的であっさりはしているが、可愛らしさのある一品に出来上がっていた。問題は、相手がこれを受け取ってくれるかどうか、である。

「まいど! またいつでもどうぞ!」
威勢のいい声を背中で聞きながら、大またに階段を下りていった。
少しでも躊躇したら、永遠に渡せなくなりそうだったのである。勢い、ドアを開けるのも乱暴になってしまう。一足飛びにハルトの目の前に来たものの、気の利いた言葉ひとつ、用意してこなかったではないか。

「どうした、棟梁?」
航海士が、不思議そうに見つめている。こうなったら、言葉より行動あるのみだった。
「これを受け取ってくれ、ハルト」
そう叫ぶなり、手に持った「髪挿し」を両手で差し出した。
「ま、魔よけにもなるんだ、銀だから。ほら、ハルトって怖がりだろう? その花はタバコだ。おれの家の家紋はタバコの花なんだよ。いや、どうってことない貧乏人の家だが! 受け取ってもらえないだろうか!」
トーブは自分でも恥ずかしいくらい、しどろもどろになっていた。

ハルトは息を止めてそれを見つめ、やがて深く頷いた。そして手を差し出す代わりに、軽く体を屈めて、トーブの前に頭を差し出してきた。

「挿してくれ」
船大工は髷を壊さないように用心しながら、前後から一本ずつ髪挿しを着けてやった。
「似合うかな」
少しはにかみながらも、まっすぐにトーブを見る。色の薄い前髪と、白い布に包まれた髷の間に、銀色のごく小さな花が覗いていた。
ハルト自身が白い花のようにすら見えた。本当は「可愛い」といいたいところだったが、男に「可愛い」は侮辱である。
「……似合う。お前は男前だ」
ハルトは顔を赤らめ、「そんなことを言うのは親方だけだ」とつぶやいた。

その様子に勇気を出したトーブは、ハルトの薄い肩に両手を置いて、こう言い聞かせた。
「誰かがまた手を出してきたら、それで突っついてやれ。それからすぐにおれに言うんだ、いいか?」
ハルトはわかった、と素直に頷いたが、それだけではなかった。
「もう、トーブ以外には触らせない」
船大工は、あまりの愛しさに取り乱しそうになった。
だが人口密度の多い図書室にあって、ハルトに飛びついて抱きしめなかった分、よくぞ我慢したと自分を褒めてやっていいくらいであった。


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