片恋騎士団 4
2006/10/04
2月の最後の安息日、ラズリルに雪が降った。
まだ少年の訓練生たちが、珍しい雪に大騒ぎをしている。中庭ではしゃぐ声が、執務室のケネスのところにも聞こえてくる。
窓の外の雪を見ながら、またスノウのことを思った。
スノウ・フィンガーフートがラズリルを去ってから、もう何週間にもなる。手紙は一度も来なかった。騎士団長のカタリナを支え、果てしもない雑用をこなし、団員のいざこざを解決しながら、島の人々との折衝を行う毎日だ。気が休まる暇もないというのに、気がついたらスノウのことを思っている。だが手紙は来ない……。
ちらつく雪は直ぐに止み、中庭で騒いでいた若者たちは、直ぐに静かになった。
(遊びにでも行ったか)
ケネスはため息をつき、また事務仕事に戻ろうとした。
しばらくして、港のほうが騒がしくなった。
「副団長、難破寸前の船が帰りました。海賊に襲われたもようです」
部下の言葉に、港へと走った。
問題の船は、すさまじく傷んでいた。マストも何本か吹き飛んでいる。帆は焼け焦げ、売り物と思しき布を継ぎ合わせて、即席の帆としているありさまだった。船の舳先は折れていた。
やがて降りてきた男たちは、握手をして別れを惜しんでいた。その中に、淡い金髪の若い男が居た。特徴のある髪型や、しなやかな体つき、姿勢のよさから、それがスノウであることは直ぐにわかった。
声をかけるタイミングを計っていると、スノウのほうでケネスに気づき、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。近づくにつれて、消毒薬と傷薬の匂いが濃く漂ってくる。
「どうしたんだ、海賊か?」
すると友は、落ち着いた口ぶりで答えた。
「いや、モンスターだ。でっかいイカみたいなやつが襲ってきた。ちょっと危なかったけど、戦える人が大勢乗っていたから、何とか助かった」
そこまで言って、スノウは話を中断した。
船長がスノウに握手を求めてきたからだ。それは、2ヶ月前にスノウの乗船を拒否した、ラズリル人の船長に似ていた。
「生きて帰れたのは、あんたのおかげだ!」
「こちらこそ、船長。お世話になりました」
「あんたならいつでも、ただで乗せてやる。この船が直ったらな。またいつでも来な」
友は「ありがとう」と目を細めて笑った。その顔はもう雪のように白くはない。肌が小麦色になった分、長いまつげや髪が、以前より白っぽく、銀色がかって見えた。
正直言うと、スノウには少なからず腹を立てていた。行ったっきり、何ヶ月も手紙ひとつ寄越さなかったからだ。目の前に友を見ると、安心したと同時に、やはり少し腹が立った。だが、けが人に怒ってもしょうがない。
「あの船長、手のひらを返したような態度だな」
「うん、一緒に旅をしたから、案外仲良くなれた。モンスターだって一緒に倒したし。ケネスは見たことあるかな。こんなすごい顔の、でかいイカみたいなやつさ」
友人は、口を尖らせ、整った顔をゆがませてみせた。
騎士団の前の広場までゆっくり歩いてくると、スノウは立ち止まり、「ラズリルの匂いだ」とつぶやいた。
「それで、イリスは、無事なのか? 結局、何で来なかったんだ?」
「やっぱり魚の毒さ。イリスは軽症だったけど、他の島の人や、特にチープーがね……全然歩けない。だからほとんど看病をしてた。忙しかった!」
出て行ったいきさつから予想は出来たことだが、あのスノウが誰かの看病をするとは驚いたことだった。
「大変だったな」
「だけど、海はきれいだし、キレイな砂浜で毎日キャンプして……人魚も毎日遊びに来て……案外楽しかったよ」
その島は、ケネスにとっても、懐かしい場所だった。イリスが流刑になって、ともにラズリルを出奔したときに、その島へ漂着したことがある。使えるものを求めて、隅々まで歩き回った、小さな島である。
「あの島は洞窟があって、その奥にすごくいい温泉があるんだ。行ってみたかい?」
スノウは「何回か行った。いい温泉だ」と答えたが、顔が赤くなっている。ケネスがつまらない恨み言を言ってしまったのは、そのせいだった。
「遅いから、もう、帰ってこないかと思ったぞ」
スノウの答えは相変わらず、何のひねりもない。
「実は、もうイリスの島に住もうかと思った。イリスも帰るなって大変だった」
「……そうだろうな」
悪意がないだけに、ケネスには辛いものだった。
「でもここがぼくの故郷だからね。ラズリルを離れて長くは居られない。ここに居て、行き来することにしたんだ。正直、また戻るのは勇気が要った」
少し肌寒いほどの風が吹き始めた。スノウの淡い金髪が風にふわふわと靡いていた。
「でもケネスが居るから、ぼくは帰ってこられる。友達が居るって本当にありがたいよ」
「甘えるな、スノウ」
ケネスは思わずきつい言葉を浴びせかけていた。
「お前は、おれが死んだら、ここに戻れないのか? ここに居られないのか、え? そんなひ弱なことでどうするんだ。居場所くらい、自分で確保しろ」
スノウは目を丸くした。珍しく乱暴な言い方をされて、戸惑ったのだろう。
「ケネス、何を怒ってるの?」
そういいながら顔を覗き込んでくるが、ケネスは横を向き、友のほうを見もしない。ケネスはけネスで、(おれは何で怒ってるんだ)と戸惑い、混乱していた。
友はしばらく不思議そうに首をかしげていたが、思い出したように、手をポケットに突っ込んだ。
「あ、そうだった、ケネスにお土産。リーリンに作ってもらったんだ」
手のひらに、可愛らしい一対のイヤリングが載っている。深い青色の石と、小さな貝殻がぶら下がっていた。青い石は不透明で、濡れたように輝いている。
「付けてみてよ」
ケネスは思わず尻込みした。
「ありがたいが、どうみても女物だ」
「ケネスにって言って作ってもらったから、男物も女物もないよ。もっと可愛いの、前は平気で付けてただじゃないか」
固まっているケネスの耳にイヤリングを着けると、スノウは一歩下がって、うれしそうに微笑んだ。
「似合ってる」
「そ、そうか?」
イヤリングは耳の辺りで揺れて、涼しい音を立てていた。
片恋騎士団 終わり。
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