会議室でも事件は起こる
05/8/28
オベルの巨大船、作戦室。
夜9時を過ぎたというのに、テーブルの上のランプを囲み、なにやら話し合う男たち4人。
彼らは新進気鋭の新聞記者ペロー、オベル王国フレア王女の補佐役デスモンド、ラインバッハの従者ミッキー、サロンで暇そうにしていたので連れてこられたオルナン。程度の差はあれ、あまり戦いには関係のなさそうな連中ばかりである。
「とにかく投稿数が多いんで驚きました。たった一言『お色気のある投稿小説を募集』と書いただけなんですけどね。各種の力作が集まり、私も驚きました」
デスモンドは「理解できないこともない」とうなづいた。
「それだけ娯楽に飢えているんですよ。サロンでは賭け事もできるが金がかかる。一流の楽師もいるが、少々高尚すぎます」
「健全な娯楽ばかりですね。やはりガス抜きが必要でしょう」
「とにかく、言いだしっぺの私としては、皆さんの心の叫び、このまま捨てるのは忍びない。良いものがあればひそかに活字にしてもいい。そこで知性派の皆さんに選考をお願いしたいと思いまして……」
そのとき、すっとドアが開き、軍主の少年が入ってきた。男たちを見ると、驚いたように目を見開いた。
「あ、ごめんなさい。夜なのに明かりが漏れていたので、何かなと思って」
「すみませんね。ちと会議中でして。ここの船の上での、福利厚生に関する案件で。終わったら灯の始末はしっかりやっときますので、ご安心を」
「それはご苦労様です。では、失礼します」
少年は折り目正しくそういうと、きびきびした身のこなしで出て行った。
少年がいなくなると、男たちはほっとため息をついた。
デスモンドは年の近いミッキーの袖をつついた。
職域が似ているという気安さもあり、年も近いので話しやすい相手なのだ。
「会議中の掲示があればと思いますが」
小柄な青年は熱心に何度も頷いた。
「それはいい考えですね。それでドアノブに下げておくというわけですか。ガレスさんにお願いして、簡単に作ってもらいましょうか」
「お願いします。それからこの作戦室、遊ばせておくのはもったいない。会議室として貸し出すというのはどうでしょう。アルコール飲食は絶対禁止、火の用心は会議責任者に守らせるとかすれば……」
二人は、同じ秘書同士の気安さで、他の男たちのことも忘れて話し込んでいた。
「おほん。そろそろいいですか?」
ペローの咳払いで、二人の総務担当は我に返った。
「失礼、話を続けてください、ペローさん。それで?」
「では時間もないので、会議を続けさせていただきます。」
ペローが立ち上がり、堂々たる声で朗誦をはじめたのは、こんな内容の一文だった。
「『ういっす。海が好きな色白ぽっちゃり、つるすべ肌が自慢のネコっす。プロフは、155−91−31。こんなおれだけど、細身筋肉質のジャニ系が好み。25歳くらいまでで、胸毛もあったらうれしいっす。一緒にお風呂でお魚放流プレイ&お魚でアナルプレイをしてくれる人、連絡待ってます』………」
「どうです。これもひとつの心の叫びだと思うのですが」
「紙とインクの無駄ですな」
「官能小説とはいえませんね」
ペローは「ボツですか」と肩をすくめ、原稿をゴミ箱に投げ込んだ。デスモンド、ミッキーの秘書たちは気味悪そうに目配せをしあった。
「ミ今後あの人と風呂に入るときは、後ろに気をつけていなければなりませんね」
「今度からは示し合わせて、一緒に風呂に入るようにしましょうか?」
「ジャニ系が好きと書いてあるから、君たち二人はほぼ対象外だろう。安心して風呂に入ればいい」
オルナンはやさしい声できついことを言う男だったが、悪気はなさそうだった。
デスモンドはちらりと剣士を見た。
「おや、オルナンさん、珍しいですね。起きてたんですか? 別に寝ててもいいんですけどね」
しかし、デスモンドごときに睨まれて、びびるオルナンではなかった。
「さて、次は何ですかな、ペロー君」
「次は妙齢の女性から来たものです。この手のがいくつか来ていますよ」
声にだして読むべきものではないものを、ペローは若気の至りで朗々と読み上げ始めた。
…………青年は不安げな表情を浮かべ、部屋の前に立った。
周りを見回し、控えめにノックをすると、うれしげに少年が顔を出す。
「よく来てくれたね」
そういうそばから、後ろでに鍵を閉めてしまった。無機質な音とともに部屋は密室になる。
「用ってなに?」
「うん。今夜、伽を命ずっ……てやつ?」
少年の滑らかな頬に、淫らな笑いが浮かんだ。
「きみは、ぼくの慰み者になる。それが、これからの君のお仕事さ」
「な、なにそれ」
「わかってるくせに……」
少年は青年の首につけられた首輪をぐいと引いた。
「あうっ」
「ふふ。今の声、たまんないね」
「ひ、ひどい。やっぱり君は……ぼくを許してなんかなかったんだね……君をうらぎったぼくを……」
「許す? 許さない? なにそれ。裏切ったなんて関係ない。いいかい、ぼくはね、あなたを得るためだけに戦ってきた。君は、そのご褒美さ。戦利品を味わってどこが悪い?」
そういいつつも、少年の手は青年のシャツの中に入り込み、いやらしく腹をまさぐり始める。
青年はぼろぼろと涙をこぼしていた。
「ああ、昔の君はどこへ行ってしまったんだ……」
「ぼくはね、昔からこうだったんだよ。ずっとこうしたかった。……この日をどんなに待ち焦がれたことか」
青年ははらはらと涙を流したが、もう言い返す気力もなかった。
「その悲しそうな顔。たまんないよ。もうぼくだけの白雪姫だ。誰かに触らせたりしたら、今度こそ首を落とすからね……さあ、おとなしくぼくのものになれ」
「もうそれくらいでいいだろう。同じ男として、これはあまりにも辛い。しかもあの若者は、この船に来てからずっと出ずっぱりの活躍ぶりだろう?」
オルナンに言われてペローは読むのをやめた。
「みなさん、逆の組み合わせもありますよ」
今度はミッキー青年が、鼻にかかったミドルポート訛りもあらわに、次の投稿を読み上げ始めた。
海上騎士団の館の一階。草木も眠る丑三つ時。
今夜も少年は、年上の青年から夜の教練を受けていました。これは歴史あるガイエン海上騎士団の伝統のひとつでもありました。
海上騎士は入団すると、剣の技、紋章砲の使い方、船の操り方はもちろん、ガイエン式のベッドマナーのてほどきも受けるという、みやびな慣わしがありました。
青い目が印象的なこの少年の手ほどきをするのは、高貴な身分の金髪の若者。相手にとっては不足はなく、美しいナマ足に15分も情熱的なキスをされて、少年はもうとろけてしまいました。
「あはん、あんっ。はあんっ」
「声を立てないで。上に聞こえちゃうだろう?」
「早く来て……指だけじゃやだっ」
「まだだよ。もちょっと慣らしてから……」
少年は耐えられず、自分で前をいたぶり、腰をくねらせ始め……
「おい、もうそのくらいでいいだろう。男同士がいちゃついてなにが面白いんだか……」
しかしミッキーは熱心に言いつのった。
「しかしオルナンさん、私が面白いと思ったのは、この騎士団の知られざる珍しい風習です」
「真に受けちゃいけませんよ、ミッキーさん」
「おお、これなぞどうですか?」
そういって新聞記者ペローが読み始めたのは、次のような罰当たりな一品だった。
まんじゅう屋の若妻は、ある夜とうとう意を決して、美人紋章師の店の前に立った。
紋章師はかすかに微笑みを浮かべ、若妻を迎えた。
「珍しいわね。奥さんも紋章を?」
「まんじゅうを作るのに紋章はいりません。今日はあなたにこれを渡したくて」
若妻は震える手で小さな包みを手渡した。
「あら、何かしら?」
中身は、黒いスパッツとタンクトップだった。
「バンさんも心配していますよ。先生、そんな薄着では冷えてしまいますから、どうぞお使いになって」
「ありがとう。でも私は大丈夫、こんなに暑い土地柄ですもの。これでも暑いくらい」
紋章師は妖艶に微笑み、豊かな髪を掻き揚げた。ほんの申し訳程度にまとった羽衣から、豊かな胸がこぼれんばかりに揺れた。
「あ、あなたはよくても……私たちが気になります。うちのしゅ、主人が。あなたに気を取られて火傷したり、手を切ったり大変で。あなたには普通の服でしょうが、私たちには下着同然、いいえ、裸より刺激が強いんですわ」
若妻は涙ぐんでうつむいた。
「惨めです。あたしだって先生ほどきれいなら、主人の前だけでもそんな服を着て喜ばせるわ。あなたには、おわかりにはなりませんね」
「奥さん、まあ……それは……悪かったわ。女の人を傷つけるつもりなんてなかったのよ」
妖艶な紋章師の、完璧な眉がわずかにひそめられた。
「泣かないでくださいな。よかったら中でお話しません?」
半泣きの若妻が紋章師の後についていくと、紋章師はふと若妻を見下ろした。
「あなたはよく働くし、元気で本当にかわいい奥さんだけど……ひとつ足りないことがありますね……」
「私に何が足らないとおっしゃるの?」
「女であることが足りないのね」
紋章師の赤い美しい唇に、なぞめいた微笑が浮かんだ。
「何年結婚しているのかしら? あなたまだ、オンナにすらなっていないって感じね、ふふふ。だんなさんにも問題ありそうね」
「な、何ですって、いやだ……。なんていやらしいひとなの」
紋章師はつと若妻のあごを取り、唇をふさいだ。
若妻は、ひいっ、とのどの奥で叫んだ。
「親切にしてくれたお礼よ。手ほどきしてあげる。ダンナを喜ばせる方法を、もっと思い切り感じる方法もね……あら奥さん、案外胸があるのね、うふふ。」
「ひぃぃぃぃいぃぃぃ……。も、もういいです。どこぞから雷が降ってこないうちにもうやめましょうよ」
「うん? おれは悪くないと思うが……紋章の先生の優しさが現れていると思うがどうだ」
デスモンドがまた性格の悪そうな微笑を浮かべた。
「へえ、オルナンさんはこういうのが好きだったんですか……おじさんってのは、ほんとにいやらしいですねえ……」
おじさん、といわれて、オルナンも少しむっとしたようである。
「おい、そういうデスモンド君も、立派におじさんに片足突っ込んでないか?」
デスモンドは気色ばんで立ち上がった。平素穏やかなデスモンドらしからぬ態度だった。だがオルナンは顔色一つ変えない。余裕がありすぎなのだった。
やはり背が高いというのは大きいらしい。
「まあまあ。こんなところでケンカはよしてくださいよ」
ミッキーになだめられて、デスモンドは腰を下ろした。
だいたい、オルナンなどと一緒に会議をするのはいやだったのだ。
もとはといえばこの記者が悪い……。何で、こんなふざけた男を連れてきたのだ。
彼は顔を怒りに染めながら、投稿原稿を手に取った。
ちょっと目を通すと、デスモンドはにやりと笑みを浮かべた。
「みなさん、さらに毛色の変わったのがありますよ。なんと熟女ものですよ、珍しい。特にペローさんはよく聞いてくださいね」
「『愛の漂流者』。
売れない新聞記者の若者は、20歳も年上の豊満な女性に手を出してしまった。若者にとってはほぼ初めての素人女であった。
息子のような年齢の若者に、女は優しかった。
「主人にはもう触らせません。あなたが作ってくれた体ですもの」
若者は人妻の腹の肉の厚さ、セルライトの手触りを楽しみつつ、女とは怖いものだと思った。しかしまた、誇らしい気持ちでいっぱいになった。
「ご主人は、お子さんはどうするんです」
「子供はもう独立して、来年には孫が生まれますの。主人は……ひとりで理想の住処を探せばいいの。私はもう十分、主人には仕えましたもの!」
そこでデスモンドは口をつぐみ、ペローを意味ありげに見やった。
「あんたと熟年旅行の奥さんがモデルですな。どうですか、ねたにされる気分は」
だが、こんなチンケな男にイヤミを言われて黙っているペローではない。男らしい眉を吊り上げ、言い放った。
「そんなことを言うなら、こんど、あんたをねたにしてやるぞ」
「わ、私をネタにって」
「そうだな、あんたとネコ耳ノアちゃんをモデルにして、ロリものとか。うん、悪くないな。まじめそうなお兄さんが、女の子を次々と毒牙にかける話。リタちゃんでもいいかな」
デスモンドは青くなった。
「あわあ。まじでやめてください、これでも一応公務員なんですから。しゃれになりませんよ。私の品行方正のイメージがっ」
「でもないぞ。あんたみたいな真面目そうなのが、案外あやしかったりするのさ」
「そ、そ、それを言うなら、こっちのオルナンさんのほうがよっぽどあやしいですよ。ほら、見た目のまんまでしょう!」
オルナンは大いに驚いた。
「おれ? おれのどこがあやしいんだ」
「しらばっくれるんじゃないですよ。一度言おうと思ってたんです。あなたの彼女を見るいやらしい目つき。きっとルイーズさん迷惑してるから、やめたほうがいいと思うんです! はっきりいって存在そのものがセクハラですよ、オルナンさん」
「い、いやらしい目つき? 存在そのものがセクハラ? わからんことを言う人だな」
オルナンは底光りのする細い目を、デスモンドに向けた。
「おれはごく普通に彼女に接しているつもりだが」
「どこがです。なんかこう、すっごいもう、むっつり助平というか、ねちっこ〜いというか、ルイーズさんを妄想の中でいろいろしてそうというか、とにかく、その目がいやらしいんです」
「ほう、おれの目つきのどこがいやらしいんだ」
中年男は黒目がちの目をデスモンドに向けた。穏やかだが、目の奥に凄みが見え隠れしている。腕に覚えのあるものは、さすがに迫力が違う。
デスモンドはたじろいだ。
「デスモンド。きみがやましいから、おれもそうだと思うんだろう?」
「ち、ちがいま……」
「確かにルイーズさんは初恋の人に似ている。だが、嫌らしいことを考えてるわけではない。彼女の顔を見ていると落ち着くんだ。それだけさ」
「ご、ご、ご冗談を。男がキレイな女を見たら、頭の中で脱がしてみるのが普通でしょうが」
「では、男であるデスモンド君は、頭の中でルイーズさんを脱がしているのかい? 若いな」
デスモンドは赤面した。もう開き直るしかなかった。
「そうだ、悪いか? 厄年のあんたとは違うんだ。それくらいいいじゃないか。だけど、あんたみたいに、目の前に陣取って、毎日毎日ねちっこく見つめるのは、やっぱりアウトだと思うぞ!」
「……ルイーズは、彼女は、昔の恋人に似ている。それだけだ。他意はない。おれが勝手に美しい思い出に浸っているだけさ。若かった自分を思い出したり、なつかしい故郷を思ったりな……だけど彼女は別人だ。おれも昔のおれではない」
オルナンは自嘲気味につぶやいた。
一人の世界を作ってしまっている。
それを見て、デスモンドは唇をかみ締めた。
酒びたりとはいえ、オルナンはデスモンドよりは男前で、背丈もある。こういう渋いのがルイーズの好みなら……。
(勝てないかも)とデスモンドは思った。
(けどぼくには、硬い身持ちと実直さがある。背丈では負けるけど、こっちのほうが一回り若いしな。こいつアル中だから、案外アッチのほうがヨワイかもしれないし! けっこうもう、おっさんだし。ま、負けないぞ……)
オルナンはオルナンで、内心けっして面白くない。
(なんだこいつは……なんでこんなにおれにつっかかる? なんか悪いことしたか、だいたいおれの嫌らしい目つきってなんだよ。おれは普通にしてるつもりだぞ?)
デスモンドとオルナンのにらみあいが続いた。
見かねたペローが、よせばいいのに仲裁に入ろうとした。
「まあまああまあ。どうやらルイーズさんは、あんた二人のどっちにも気はないみたいですし。オルナンさんもデスモンドさんも落ち着いて。そうだ、このさい、あぶれた二人で仲良くしたらどうっすか。案外お似合いですよ、お二人さ……あいてっ。暴力反対、暴力はっ。うがっ」
丸腰の記者がぼこられているのを助けもせず、ミッキーは一人思った。
(ふうん。小説か。案外簡単そうだ……。ぼくなら、もっと面白いものを書けるんじゃないか。
主人公はもちろん、男らしく男前なラインバッハ様。英雄にぴったりじゃないか。
それこそ、後世に残るような英雄叙事詩を書くんだ。お色気サービス場面は……なくていいや。どんな筋書きにしようかな……)
END
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