野の花 (後)
November 10, 2005
壊すべき紋章砲は3基。
「雷で一気に壊すぞ」
「わかった。援護するよ」
後ろでケネスが雷魔法の詠唱を始めるのが聞こえた。
その間にも、男のひとりが「紋章砲は渡さねえぞ!」と叫びながら、ケネスに飛び掛ってきた。
スノウが剣の鞘で殴りつけ、尻を蹴飛ばしてやると、男は頭から草むらに突っ込んでいった。そして頭でも打ったのか、そのまま気絶してしまった。
「この野郎!」
懲りない二人目が突っ込んできた。
スノウは一撃目を剣で受け止めた。だが、次に打ち込んできたときは、手加減はしなかった。
相手の鉄の剣は、根元からぼきりと折れた。
「ひぃ」
男は柄だけになった剣を見つめて、座り込んでしまった。
クールーク兵を相手にしてきたスノウには、この男たちの動きは止まっているように遅い。
「この裏切り者が」とわめきながら、3人目の男が飛び掛ってきた。
スノウはそいつをかわし、背中を剣で殴りつけた。鈍い音がした。切りつけたわけではないが、そのまま、男は倒れて動かなくなった。
(あと、二人)
いい加減にあきらめてほしいところだが、彼らは目をぎらぎらさせて近寄ってくる。錆びて、刃こぼれのした鉄の剣を手にじりじりと迫ってくる。
彼らの手が震えているのが見えた。スノウは剣を握りなおした。
(早く、ケネス。こいつらに怪我をさせないうちに!)
次の瞬間、青空に突然の稲光が光り、轟音が響きわたった。
ちらりと振り返ると、もうもうと上がる土煙の中に、3つの紋章砲の残骸が転がっている。
「ああ、もったいないっ!」
男たちは叫んで、その場に座り込んだ。
ケネスが走ってきて、スノウの横に並んだ。細い体が青白い光を帯びていた。
そして腰を抜かした男たちを向かって「まだやるか?」と雷の紋章の宿った右手を上げた。
「逃げろっ」
男たちはもう戦う気力もなく、丘を転がって逃げていった。
村に戻ると、外に子供たちの姿はなかった。家の前の畑を耕していた主婦らの姿もない。皆、窓を閉め、戸を閉め切って出てこない。
ただ家の前で番犬が吼えるばかりだった。
ある家に差し掛かると、子供が走り出してきて、スノウに大きなドングリの実をくれた。
「お菓子、ありがとう」
そのとたん、女の声が響いた。
「ばかっ。早くお入り! 呪われるよ、病気になるよっ」
子供は慌てて走っていった。
村長の家の門も、ぴたりと閉じている。怪我をして臥せっているのか、それとも村長の意思でそうしているのかわからないが、挨拶をしていく雰囲気でもなかった。
そして、二人が村の外へ出たとたん、後ろで村の木戸が閉まった。
二人を見送るものは、ただ、美しいアーモンドの紅葉だけだった。
ケネスは、しばらく黙ってスノウの後を進んでいたが、そのうちにツノウマを寄せてきて、擦れ合うほどの距離に並んだ。
「スノウ」
「ん」
「あごから血が出てるぞ。一本取られたのか、スノウともあろう男が」
言われて、スノウはあごに触れてみた。触ったら、確かにひりひり痛い。ほんの少しだが、血も出ていた。顔を切られた覚えはなかったので、剣の破片が飛んで当たったのかもしれなかった。
ケネスは、傷薬の容器を取り出した。
「自慢の顔が台無しだぞ」
そう言って、油薬を薄く塗ってくれた。
街道は海沿いにずっと続いている。二人はそのあとも、ほとんど言葉も交わさず、海を右に見ながら東へと歩き続けた。
ケネスは、イリス以上に無口な男だった。かといって不機嫌なわけではなく、威圧感も与えない。
反対に、スノウはどちらかというとおしゃべりで、ずっと黙っているのは得意ではない。
話題を探して、海の向こうを指差して言った。
「ケネス、見て。ガイエンが見えるよ」
「あれ? あれは雲じゃないのか」
「昔、船に乗って行ったことがあるんだ、間違いないよ」
ケネスは目を細めてみていたが、やがて「本当だ。案外、近いな」とつぶやいた。
そのうちにガイエン本土も、雲に覆われて見えなくなった。
目的地はまだ遠かった。日暮れが近づき、町もまだ遠い。二人は木の陰にツノウマを繋ぎ、火を起こした。
乾燥野菜と、干した肉を岩塩と一緒に少し煮る。それを固いパンと一緒に胃に流し込む。
旅も、もう終わりに近づこうとしていた。
焚き火に入れた木が、ぱちぱちとはぜて、火の粉を噴出した。スノウは少し顔をしかめて、焚き火をかき回した。
「竹でも、混じってたかな」
「なあ、スノウ」
「ん?」
「お前はラズリルが好きか?」
ふいに問いかけられても、スノウの答えは決まっていた。
「うん、好きだよ。ぼくの故郷だからね。ケネスもだろ?」
ケネスは言いよどんだ。
「どうだろうな。今は少し嫌いかもしれない。時々、こんなやつらを命をかけて守れるか、と思うこともある」
焚き火が風に揺らいで、ケネスの額に落ちる髪の影も揺れた。
「騎士団の仕事も、ずっとやっていけるかもわからない」
ケネスは、なぜかスノウにだけは時々弱音を吐く。
「みんなに頼られて大変だと思うけど、ケネスならできる、と思う。がんばりすぎないように、がんばっていけば……。これからも、何かあったらいつでも手伝うからね」
ケネスは寂しそうに笑った。
「だけど、騎士団には戻って来ないんだろ」
また小さな火の粉が立った。遠くで鹿が鳴くのが聞こえた。
「おれはスノウのことも、守ってもやれない」
「売国奴って言われることなら、本当のことだから。そう言ってくれるだけで十分……」
「強がるなよ、スノウ。お前のは、痩せ我慢って言うんだ」
スノウとしては、自分のほうが少しは年上なのだから、少しは強がらせて、大人ぶらせてほしい、と思う。それに優しくされると、気持ちが崩れそうになる。
スノウは「やせ我慢の」笑顔を浮かべて、ケネスの二の腕をつまんでやった。
「ふふん。細いな。ぼくを守るなんてのは、もう少し筋肉をつけてから言うんだね」
「こいつ、気にしてることを」
ケネスがふざけて殴りかかってくる。スノウはそのパンチを手の平で受け止め、お返しに軽くねじ上げてやった。
それに懲りないケネスは再度手を伸ばしてきて、スノウの肩を掴んだ。
いつものように、暇つぶしの取っ組み合いでもするのかと思ったのだが、そうではなかった。ケネスは幾分力を抜いて、少し背の高いスノウを両手で抱きしめてきた。
互いの防具が触れ合って、かちかちと鳴った。ケネスの色の濃い後ろ髪が、細かく震えているようにも見えた。
「どうしたのさ、ケネス」
ケネスは途切れがちな声で答えた。
「お前が悪く言われると、胸が苦しくなる。おれはきっと、スノウのことが好きなんだと思う」
スノウは言葉を捜したが、見つからなかった。遠くのどこかから、梟が啼くのが聞こえてきた。
「ケネス、ぼくは……」
年下の若者は返事は聞かぬというばかりに、いっそう腕に力を込めてきただけだった。
野の花 おわり。
ゲンスイ4インデックス
Back to the front page