オベルの酒



デスモンドがオベルの姫にせがまれて、サロンに付き合った帰りのこと。姫は酒豪のルイーズと飲み比べをして、結局勝負はつかなかった。
ようやく姫を引きずって部屋へ戻りかけた。フレアの足取りはしっかりしていた。しかし、姫はやはり酔っていたのだ。
いくら強くても、鯨のように飲んではさすがに酔いもするだろう。

ほの暗い踊り場でデスモンドの襟首を掴み、「ルイーズと付き合ってるの?」と問い詰められたのだ。
デスモンドは絶句しながらも、「いいえ。残念ながら相手にもしてもらえなくて」と正直に答えていた。

フレアは「そう?」と笑顔を見せたが、その笑顔はすぐにゆがんでいった。

「私がオベルでみんなを護ってるときに、お前は女の人に夢中になって。デスモンドの馬鹿」
姫が、大きな瞳を涙でにじませて見上げてくる。
「私……島に残ったときに、デスモンドが絶対追いかけてくると思っていた」
「申し訳ありません」

しかしデスモンドもかなり酔っていたため、つまらない言い訳をはじめてしまった。
「でも、船に乗ってても危なかったんですよ、姫。まったくもう、ひどい戦いばかりで。一方、トロイは敵ながら礼節を重んじる人物とお聞きして、これはもう大丈夫かな、と……姫は強いですしね」

そのとたん、姫に首を絞められた。
「か弱い私を捕まえて、強いですって!」
「ひいぃ、ごめんなさい」

すると王女は、ぽろぽろと涙をこぼした。
「怖かったわよ。島中、下品なクールーク兵よ! ドアを開けたらクールーク兵が寝てるの。朝起きたらクールーク兵と目が合うわけ。買い物にだって行けやしないわ。ねえちゃん遊ぼうぜ、とか、いい尻してるじゃねえか、とか、おれを踏んでくれ、とか、それはもう言えないような恥ずかしいことを言われて。セツがとがめると、引っ込んでろハゲ、つっこまれたいか…………あぁもうとてもいえないわ!! フレア、とっても怖かったんだから!」

デスモンドの頭に血が上った。
「ゆ、許さない。私の姫にそんな無礼を!」
果たしてこの一撃必殺の王女が、一兵卒に本当にびびったかどうかは、このさいデスモンドの頭にはない。
激怒した王女が何人ものクールーク兵を足蹴にし、弓で半殺しにしていたのを、トロイが必死にもみ消していたのだが、それもデスモンドは知らない。

姫が、野蛮な敵兵に侮辱されていた。無事で暮らしていると自分に言い聞かせて、船に乗ってきたが、それは間違いだった。

「セツさまを差し置いてでも、私が残るべきでした。小舟でも泳いででも、あなたの元にいるべきだった!」
王女の顔はぱっと明るくなった。
「デスモンド」
「私の宝に怖い思いをさせたクールーク、絶対、許して置けません! 紋章砲で皆殺しです!」
いまや、王女の笑顔は内側から光り輝くようである。それはもう、まぶしすぎて正視できない。
「デスモンド、大好き!」
「え?」
王女はそう叫ぶと、デスモンドに飛びついてきた。首を強く腕で絞められ、しかも若さでピッチピチの体を押し付けられたものだから、苦しいのと惑乱とでもう、副官は失神寸前である。

王女はそれにもかまわず、何を血迷ったのか、頬にキスの雨を降らせてくれる。

はしたないとか、みっともないとか、飲みすぎですよといった、もっともらしい説教が出てこない。
それどころか声も出なかった。

小役人の胸のなかの心臓が、急性心不全を起こしそうだった。頭の芯がぐらぐらして、自分に何が起こっているのかもわからない。

今となっては、占領された島で一緒にいなくてよかったのかもしれない。占領されたオベルで二人居たら、血迷って道を踏み外していたのかもしれない。

(セツさまは、まさかそこまで考えて?)

いや、その危機は今、始まったばかりかもしれなかった。
(そんなにしがみつかれたら、私は勘違いしてしまいそうです)
それほどオベルの酒は強いという話。



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