剣士オルナンの煩悶  2006−11−26


デスモンドのやつがフレア姫と結婚すると聞いたときは、どういう冗談かと思ったものだ。
パレードをこの目で見るまでは信じなかった。

婚礼の日、パレードの音楽が鳴り響いて、これが現実とようやく悟った。
事前に知っていたならば、島の外へ逃げ出していたものを、全くの不意打ちではどうしようもない。
ベッドにもぐりこんで耳を塞いだが、それでも、歓声が大きくなると、飛び起きずには居られなかった。

窓を開けると、王が金ぴかの衣装で歩いてくるのが見えた。服とも仮装ともつかぬ飾り物が、たくましい胸の上で跳ねていた。
これが王の正装なら、オベル王は代々露出趣味だったと言っても過言ではないだろう。

その後を、青い絹の服を靡かせて歩いてくる、ほっそりした男がいる。王女と手を組んで歩いてくる、あれは……。

ああ、本当にデスモンドだ。おれは思わず顔を手で覆い、それでもやつから目が離せなかった。
風にあおられた瞬間、やつの腰の線があらわになった。意外とぴったりした服なのだ。それを見たとたん、腰に来た。

せめて、もう一度、犯しておくんだった……。

王女様万歳、王様バンザイと叫ぶ声がする。何がバンザイだ。何が。
オベル王室なんてくそっくらえだ!

すると、デスモンドが、王女のほうに顔を向けて、やさしく微笑んだ。
おれの下では歯を食いしばって顔を背けていただけなのに、王女にはそんなにも優しく振舞えるのだ。
恥じらいを含んだ笑顔だ。なんと初々しいのか、30男なのに。100万人の人間がお前を不細工だと言っても、おれだけはお前の体を欲するぞ!

王女は美しかった。驕り高ぶった美貌だった。
あんな高慢そうな女が、おれのデスモンドに、一体どんな幸せを与えられるというんだ?
無理だ、うまく行くはずがない。うまく行くものか!

正直に言おう、おれは娘のように年若い小娘に嫉妬していた。姫よ、そうやって、勝ち誇っているがいい。
お前の夫になる男は、おれが何度も食い散らかしてやったぞ。後からだけでイカせてやったこともある。

おれのほうが、デスモンドの隅々まで知っているのだ!

だが、どんなにもだえ苦しもうと婚礼は終わり、にぎやかな祝宴が終わって、また静かな島が戻ってきた。
日々、デスモンドの幸せを祈りながらも、破婚を願い続けた。矛盾もいいところだ。


だが王宮から聞こえてくるのは、幸せそうな話ばかりで、そのうちに姫が懐妊したという噂も聞いた。
しばらくして、息子が王宮から戻ってきて話をしてくれた。噂は、本当だった、王女は結婚早々、目出度くご懐妊なさったのだ。

デスモンドが、本当に遠い人になったことを悟らねばならなかった。
そしておれは、その夜デスモンドを孕ませることを夢想しながら、人に言えないことをした。

それでも、あがき苦しみながら、なんとかヤツの役に立とうと努力していた。とても、努力していた。
デスモンドは、おれの息子を通して、色々な指示を出してくる。おれはその指示通りに、人に言えないような仕事をする。
それでも、それがヤツの幸せにつながるのなら、何でもするつもりだった。



一雨来そうな、蒸し暑い午後だった。
店の前に茂らせたブーゲンビリの影に、誰かがうずくまっているのが見えた。どうしたのかと近づきかけて、直ぐにそれが知った人間だと分かったのだ。

デスモンドは、とても苦しそうにしていた。
幸せにしているはずのデスモンドだった。

「ひ、ひ、久しぶりだな。元気にしていたか?」
おれは落ち着きなく、ひどくどもった。
デスモンドは「おかげさまで」と言うと、直ぐにまたうつむいた。口元を手で押さえて、顔色は土のようだった。

「すみませ……」
そううめいた後、うずくまって吐いたのだが、吐いても何も出なかった。ただ、手の間から唾液がこぼれるだけだ。おれは反射的にやつの背中をさすっていた。
ひどく肉が落ちた、薄い背中になっていた。頑丈な体格ではないにしても、普通に肉付きはあったと思ったのに。

しばらく背中をさすってやると、嘔吐はおさまったようだった。
「ご迷惑をかけてしまいました」
「いい。それより、随分痩せたな」
幸せにしていると思っていたのに。
この消耗した様子はどうしたんだ。

やつは「子供が生まれるんです」と、微笑んだ。だが笑顔には、死相が見えた。それほどやつれて青白かった。
「そうだってな。よかったな、デスモンド」
やっぱり、こいつには王女の夫は勤まらない。無理だったのだ。あんな女に精力を吸い尽くされて。
「大丈夫だ、デスモンド。大丈夫だ。とにかく中で休め、な?」
おれは、ためらっているデスモンドをひっ抱えるようにして、室内に連れ込み、おれのベッドに放り込んだ。
「汗臭くてすまないが」
デスモンドは嫌がる様子もなく、「あなたの息子さんも同じ匂いをさせてますよ。親子だから、匂いも似るんですね」と言った。 懐かしむように。 おれの匂いを覚えている。汗の匂いとは、優れて性的なものである! おれは思わずデスモンドの顔を見つめた。デスモンドは一瞬おれを見つめ、しまった、というように視線をそらせた。自分が際どいことを言ったことに、気づいたのだろう。
おれは、紳士的に振舞うことに限界を感じ、「医師を呼んでくる。ここにいろ」というと階下に下りた。すぐ近所のユウ医師に、往診を頼むためである。

ユウ先生はすぐやってきてくれた。そして注意深くデスモンドを診察したあと、こう切り出した。

「何か人間関係で困ったことは? 心に重荷に感じるようなことはありませんか」
「そんなの、あるに決まっている! あの気が強そうな姫と結婚したんだぞ、しかもオヤジはあの業突く張りなリノ王と来てる。かわいそうに、神経の休まる暇もないんだろう?」
するとおれは、同時に二人から罵倒された。
「なんて失礼なっ。王はともかく姫までそんな!」
「オルナン、私はデスモンドと話している。口を出さないでくれませんか」

おれはあわてて口をつぐんだ。
デスモンドは強く否定した。
「何も心配はありません、王女はお元気で経過は順調ですし、王は孫ができるのでご機嫌麗しく、貿易は上手く行っているし、島は平和です。何の心配がありましょう?」
「……そうですか」

ユウ先生は頭を掻いた。
「で、いつから吐くようになったんですか」
「それは、……5ヶ月くらい前から……姫が懐妊してからずっとです」

医師は頭を振った。
「いわゆる、つわり、ですね。男の悪阻です」
「は?」
デスモンドはぽかんと口をあけていた。
「奥様に影響されて、ダンナも一緒につわりになる夫婦、たまにいるんですよ。あなたのように、ダンナだけがつわりになるのは初めて見ましたが」
やつはようやく、素っ頓狂な声で叫んだ。
「わ、私が、つわり!」
ユウ先生は少し優しい顔になっていた。
「もちろん、精神的なものです。でもよければ薬も出しますよ。吐き気を抑える薬がありますから。あとで王宮に届けさせましょう」
デスモンドは真っ赤になっていた。
つわり、と言われたのがよほど恥かしいらしい。
医師が帰っても、おれを見て、「このことはどうか、誰にも言わないでください」と口止めしたくらいだった。

「言わないよ。だけど別に恥かしいことじゃないだろ?」
「恥かしいですよ。男がつわりだなんて」
デスモンドはベッドから立ち上がったが、足元はかなりふらついていた。
「もう少し休んでいけばいい。なんなら昼寝でもしていったらどうだ」
ヤツは声をたてて笑ったが、その笑みにはもう死相は現れていなかった。
「あなたの汗臭いベッドじゃ、恐ろしくて眠れそうにない」
おれは、「恐ろしいって何が」とにじり寄った。やつの顔から笑みが消え、逃げようとした。おれの条件反射はとても動物的だった。逃げるデスモンドを捕まえて後から抱え込み、やつの尻に、怒張したおれの息子を押しつけてやったのだ。

「こんなものが恐ろしいか?」
「やめてください」
「おれが、吐き気なんか忘れさせてやる」

なんと簡単にねじ伏せられたことだろう。またおれは、なんと言う鬼畜だったんだろう? 弱った相手を捕まえて、力で押さえ込んで、コトに及ぼうというのだから。
会いたかったのだ、ずっとこうしたかった、つわりなど忘れさせてやる、と口走りながら、あいつの細い首に何度も息を吹きかけた。
「ダメです、オルナン」
あいつはそう言ったが、どういうわけか抵抗は弱かった。
何か違う。前と違うのは、反応が返ってくる……。手と口で愛撫してやったら、唇の間からため息までもらし始めた。
「だめ、です」
抵抗は直ぐにゼロになった。以前のような憎まれ口も利かなかった。
肉の落ちた脚を開かせ、既に半立ちだったやつ自身を、更に舌で育て上げても怒るどころか、太股で顔を挟んできさえした!
尻に手を回し、おれの湿った指でかき回しているときも、手のひらで乳首を撫でたときも、面白いように反応した。

さっきまで死相が出ていたのに、小麦色の肌に赤みが差して、欲情による汗に光っている。どうやって自分を抑えろというのだ。
おれの頭ン中は空っぽになって、抑制もクソもない、デスモンドの下で働いているおれの息子のことも、生まれてくるというデスモンドの赤ん坊のことも、やつの妻のことも、もう頭には浮かばなかった。
例え首を切られても、デスモンドと繋がりたかった。デスモンドの中で締め上げられたかった。ひっぱたかれたって構いはしない。

だが。やつの脚を持ち上げて、おれ自身を飲み込ませ切ったとき、そしてヤツが手と脚を絡ませてきたときに、唐突に思った。

ヤツは以前は、もっと体が硬かった。背骨も腰も、股関節も硬かった。
大体、声も出さなかったのに。おれの背中に手を回したり、引っ張り込んだりはしなかったのに。
まともに受け入れてもらったことなんてなかったのだ。 だが久しぶりのデスモンドはとても、なんというか、別人だった。
いったい何が起こったのか。
うれしいというより、慌てふためいた。
色々な手管を弄する余裕がなかった。おれは直ぐにイキそうになって、本当に焦ったが、それより早くやつが達してしまった。
ヤツの肉に締め上げられて、うめきながら果てたあと、しばらくじっとしていた。二人とも動かなかった。

いくら結婚したからといって、男が感じやすくなるか。妙ではないか?
愛撫に答えて脚を開くようにしつけたのは、誰だ?
太股に噛んだ跡がある。尻にも。姫はそういう趣味なのか? 全くありえない話ではないが、限りなくゼロに近い。

「なぁ、デスモンド……」
聞けなかった。姫以外の誰かに体を荒らされているのではないか、などと聞けるはずがない。汗ばんだ背中を撫でながら、質問を変えた。
「お前は、幸せなのか?」
デスモンドは、くぐもった声で答えた。
「気がすんだら放してくれませんか?」
おれは「すまない」と言いながら、抜こうとはしなかった。ただ、ささやき続けた。

「あんたが王宮で幸せなのかどうなのか、いつも考えている。辛い思いをしてるんじゃないかとか、いろいろ考えるんだ」
するとやつは少し沈黙して、幾分優しい声で答えた。

「幸せなこともあり、辛いこともあります……いろいろありますけど、フレア様が可愛いから、私は何でも耐えられる……」

おれはただ、黙ってやつの一物を握ってやるしか、なかったのだった。



END


(………何だコリャ。)