12月、ラズリルで (3)



年末休みに入ってすぐ、ケネスはタルの実家に泊まりに行き、3日ばかり滞在した。
タルは3人兄弟の一番下で、長男と次男はすでに漁師として働いている。
今年の漁はもう終わっており、タルの家は大勢の人が出入りして、旅館のようににぎやかだった。
「若いの、まあ飲めや」
タルの父親やその飲み友達、兄たちやその悪友に捕まって、さんざんに飲まされ、そして夜は雑魚寝である。
それは楽しかったのだが、何日か居ると、住み慣れた宿舎が恋しくなる。
「そろそろ帰るよ」というと、タルはつまらなそうな顔をした。

「なんだ、もう帰るのかよ。つまんねえ。年末も年始もずっと、ここにいればいいじゃないか」
「だけど、掃除当番もあるし」
ケネスはそんな言い訳をいって、宿舎に帰ってきてしまった。


帰ってきても、訓練もなく暇である。同室の訓練生はすべて帰省し、残っているのはケネスだけだ。
誰も通らない廊下を掃除したり、他の部屋の居残り組と酒盛りをする。
一人のときは腹筋をしたり、剣の練習をしたり、紋章魔法の復習をしたりしてマジメに過ごしているのだが、むなしさに襲われる瞬間がある。

男子寮から通りを挟んだ向かいには、女子用の宿舎がある。そこは壁の色も濃いサーモンピンク、カーテンもピンク色で、まぶしさは正視できないほどだ。噂では、女子寮の居間にはシャンデリアがあり、ピアノやハープまであるという。

ポーラやジュエルも居残り組のはずだが、もしかして退屈してるかもしれない。
一度くらい、訪ねてみたいものだ。
だが、女子寮の入り口にはカタリナががんばっている。女子訓練生に会うには、まずカタリナを通して、面会を申し込まなければならない。ケネスにそんな勇気はない。
ケネスは窓に息を吹きかけて、曇ったところに「ポーラ」と書いた。


ふと、ドアをノックする音があった。どうせ居残り組の男だろうと思い「開いてるよ」と、声をかけると、そっと開かれたドアの隙間から、淡いプラチナ色の頭が覗いた。

「スノウ!?」
「やあ」
ちょっと困ったような笑顔を見せているのは、例のフィンガーフートではないか。

だが、いつもの押し付けがましい雰囲気がない。入り口でたたずんで、入ってこようとしないのだ。今日は、白っぽい短めのコートを羽織っていた。襟のところには灰色の毛皮を巻いていて、その上に癖のある髪が跳ねている。白い頬が少し赤かった。

「ええと、入っていいかな?」
「ど、ど、どうぞ。汚いところだけど」
ケネスは大慌てで、窓に書いた「ポーラ」の文字を消した。スノウは外の冷たい空気を一緒に伴って入ってきた。

「スノウ、イリスは一緒じゃないのか?」
「カタリナ副団長のところに行った。ジュエルとポーラに面会を申し込みに」
ケネス以上に恥ずかしがり屋といった感じのイリスなのに、なんという度胸だろう。うらやましいくらいだった。

「この部屋、誰もいないのか?」
スノウは、殺風景な部屋を珍しそうに見回した。
「ああ、おれ一人なんだ。みんな家へ帰った。好きなところに座っていいよ」
スノウは頷き、並んだベッドのひとつに浅く腰を掛け、辺りを見回した。
「建物が古いね、それに寒いね」
汚いところが苦手、というより、あまりに殺伐とした雰囲気に飲まれているようだ。

「ケネスは、ここで4人と一緒に住んでるんだ。よく寝られるね……みんな、すごいな」
ケネスは「おれは孤児院育ちだぞ」と笑った。
「うるさいほうが落ち着けるんだ。ここで酒盛りやって、8人くらいで寝ることもある。雑魚寝さ」
「なんだか、楽しそうだね」
スノウはうらやましそうに言うと、長い足を組んでぶらぶらさせている。だがすぐに妙な顔をして、ベッドの下を覗き込んだ。

「何だ、これ」
「あっ、それはっ! こら、見るな」
ケネスが制止する前に、スノウは、ベッドの下に積まれてあった本を手に取った。
「本? 絵本?」
スノウはそれを開けるなり、驚いて取り落とした。広がったページには、巨大な胸を見せ付けた女の裸の絵があった。
腰の周りも、申し訳程度に薄い布で隠しているだけだ。

「それは共同の……じゃない、お、おれのじゃないぞ!」
スノウはそれには答えず、手に持った「いやらしい本」をベッドの下に戻した。何もなかったようにとりすましているが、頬は真っ赤で、しかもケネスの目を見ようともしない。

非常に気まずい沈黙が訪れた。
タルだったらこんなとき、「本当はお前も見たいんだろう、遠慮するな、ほれほれ」などといって、無理やり見せるんだろうが、もちろんケネスはそんな無礼は働かない。

スノウは気を取り直したように、「何だっけな。そうだ、これをきみに持って来たんだ。ジュエルとポーラにはイリスが届けてる」と、紙袋を差し出した。

「こ、これは?」
「毎日使うものさ」
「開けてもいいか?」
「うん。少しは役に立つといいね」
スノウは、恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「そろそろイリスが出てくるだろうから、行かなきゃ」というと、逃げるように出て行った。後には、優しげな香りが残るばかりだった。

すぐに、表でイリスの声がした。
「スノウ! こっちだよ!」

ケネスは急いで窓を開けて、「スノウ、イリス、ありがとう!」と叫んだ。スノウとイリスは手を振ると、夜の闇に消えていった。

紙袋を開けると、深い茶色の、革の手袋が出てきた。
ケネスは驚きながらも、そっとはめてみた。それはごくやわらかいもので、あつらえたようにケネスの手にぴったりだった。
内部も柔らかくて、霜焼けに傷ついた手にも痛くない。
(こんな贅沢なものを?)

なぜ大きさがぴったりなのかを考えて、ケネスは微笑んだ。先日、ハンドクリームを塗ってくれたときに、手の大きさを覚えたのだろう。
(もしかしてあいつ。おれのこと好きなのかな?)
包みを差し出すときの、恥ずかしそうなスノウの笑顔を思い出す。
(困ったな。おれはポーラが好きなんだけど)

そう思いながら、自然と顔がほころんでいるのはどうしたことか。
だが、贈り物はそれだけではなかった。
手袋の下に、何かがあった。それを取り出して眺めた後、ケネスは頭を抱えた。
(スノウ、お前ってやつは)
説明書きには、「戦士用サポーターパンツ。一部金属製。直接攻撃から股間を守る」とあった。

「少しは役に立つといいね」と言ったときスノウの、恥ずかしそうな笑顔を思い出す。どんな顔をしてこれを買ってきたのか。それともイリスに買わせたのだろうか。
(スノウのやつ……)
無神経で不器用なスノウのことを、どうしても嫌いになれないケネスであった。




終わり

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