亡霊 00/12/10
今夜も銀髪の亡霊は、地下牢に繋がれた、誇り高き騎士を辱める。
「いいざまだな、レイヴよ……騎士団長さま」
ヘブロンの騎士レイヴが、この島に連れてこられて、一ヶ月が経とうとしていた。
シャツはあちこち引き裂かれて血だらけだった。
鍛え抜かれた筋肉はすっかり落ちて、騎士はまるで幽霊のようにやせ細っている。
亡霊は鋭く長いつめで、やつれた頬をなぞった。
「こんな男のために。 こんな男を逃がすために、おれは死んだのかと思うと。 反吐が出てきそうだよ」
亡霊は、生きているときはリーガルと呼ばれていた。
「リーガ……いっそ殺し……」
「ますます気分が悪い。 そんな骨のないやつのために、おれは死んだのか?」
昔のことだ。
隣国の急襲を受けて、リーガルとレイヴの2個師団は劣勢ながらもよく戦ったが、武運尽きまさに玉砕しようというときだった。
いよいよ死を覚悟したレイヴに、銀髪のリーガルはこういった。
『おれがしんがりをつとめる、レイヴは残った兵士をまとめて退却しろ』
『なにを言う。 おれが敵を食いとめるから、おまえが……』
『お前には無理だ』
親友として気安く付き合っていたが、剣の腕前、軍の采配、なにをとってもリーガルのほうが格上だった。
リーガルみたいになりたい。
その一念で、レイヴは強くなってきたのだ。
『死ぬときは、一緒だと言っただろ? そう約束したじゃないか』
『ばかもの。陛下の兵士を預かっているものが、簡単に死ぬなどというな!』
珍しく激しくなじられて、レイヴは黙り込んだ。
『おれがどんなに強いか、お前が一番よく知ってるだろう。 おれは死なない。 かならず生きて帰る』
『リーガル』
『早く行け。 そしてこのことを本隊に伝えて、援軍を頼んでくれ。 時間を稼いだら、おれも追うから』
『リーガル』
『大丈夫だから、早く行け』
約束は果たされなかった。
やっと援軍を連れて戻ってくると、リーガルの隊はとうに全滅していた。 レイヴは必死に友を探したが、死屍累々の中に親友の死体は見つからなかった。 おそらく首を取られて、敵の辱めを受け、体は犬にでも食われたのだろうと思われた……。
レイヴの記憶の中のリーガルは、闊達な笑顔を浮かべた勇士だった。 その勇士は木漏れ日の中を去り、二度と帰らなかった。
思い出の中の友はあくまでも美しかった。
悪魔に魂を売り渡していたとは、レイヴは夢にも思わなかった。
「どうして、悪魔なんかに……よりによって、お前が……」
レイヴのつぶやきを聞いて、リーガルは冷笑した。
「死にたくなかったからさ。 しかも雑魚の手にかかって、なぶり殺しとはな」
「…………」
「天を恨んださ。 苦しかったよ。 お前もいっぺん死んでみたらわかるよ、騎士団長どの」
「リーガル。 お前が死んでから……おれは死んだも、同然……騎士団長なんて好きでなったんじゃ、ない」
「嘘をつけ!」
「嘘じゃない。 うそじゃな……」
「命乞いか? 見苦しい。 この期に及んで、情に訴えて助かろうというのか、騎士団長」
「騎士団長なんてどうでもいいっていっただろ……おれが死んでも誰かが後釜になるだけ……だから、もう、いいんだ、リーガル」
それからレイヴははっきり言った。
「……一思いに殺してくれ……」
「そんなつまらないことはしない。 生かしておいていたぶってくれる」
「おまえに、そんなことは、させたく、ない」
舌を噛もうとしたレイヴの意図を察したか、リーガルは手をレイヴの口に突っ込んできた。
「……せっかく会えたんだから、もうちょっと楽しませろ」
そして亡霊の手は、音高く騎士のシャツを引き裂いた。
おわり。
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