オベルの昔話
2006/12/13
リノ王さまは40過ぎ、堂々たる肉体を持つ美丈夫だったが、長年ヤモメ暮らしをしていた。
お立場もあり、適当に遊ぶわけにも行かず、自前の紋章砲を持て余して、たいそう難儀しておいでだった。
毎日毎晩、ムラムライライラ、悶々としていたが、そうこうしているうちに、一人娘が男と仲良くなってしまった。世話役として娘の世話を任せておった男であった。
信頼を裏切られたわけで、腹が立つのも道理である。
普通なら首をはねるところだが、寛大な王は結婚を認めることにした。
とはいえお咎めなしでは業腹である。そこで男を外に連れ出して、王自ら、これを手篭めにしてやったのだった。
だが大事な一人娘をさらっていく憎い男、一度や二度犯したくらいでは腹が収まらない。
「こいつが婿に入ってきたら毎晩あんなことやこんなことを、ハァハァ」と狙っておった。それはもう、娘を取られて悔しい云々のレベルではなかったことだった。
婚礼の夜には、花婿の初夜を頂こうと狙っていたら、まんまと船で逃げられて、地団太を踏んだ。
「おのれデスモンド。覚えておれ」
逃げ回っていた夫婦だが、姫が直ぐに懐妊をしたとの知らせが入った。
王は優しい手紙を返した。
「こんなうれしいことはない、早く帰っておいで。身重の体に旅は毒だ」
そこで、夫婦は王がすっかり丸くなったものと思い、直ぐにオベルに戻ってきたそうだ。
それからというもの、王は婿をたいそう大切にした。オベル王室の決まりごとに従い、身ごもった姫と婿が閨を別にしているのを良いことに、毎晩婿の寝室に通ったほどだった。
姫のおなかが膨らむ一方、婿はだんだん弱って来た。あまり丈夫ではない婿は、王の荒淫についていけなかったのだろう。
婿が城下で倒れたからといって、町医者が薬を届けてきたのもこのころだった。デスモンドはまだ城下におり、町医者は薬を、王の腹心であるセツに渡した。セツは言い値よりおおめに金をくれたという。
ある夜、いつものように王は婿の部屋にしのんできた。
いつものように夜具を探り、婿の体を捜した。。
「デスモンド……寝てるのか?」
寝ていても起こすつもりで、そう声をかけつつ、布団の中に手を突っ込んでまさぐった。
密生した、硬いひげの感触があった。ちなみに婿はひげは薄いほうであり、第一伸ばしてはいない。
誰だ、と言いかけた王は、息を呑んだ。男が喉の奥で笑ったからだった。婿はこんな笑い方はしない。
男は、被っていた布団を払い落とした。
「申し訳ないが、デスモンドは姫のお部屋に行ってもらいました」
月明かりの下、ぎょろっとした目が見えた。少し目が慣れると、ヒゲ面がはっきりと見えてきた。
「セ、セ、セツ。お前、こんなところで何をしてる!」
セツはずけずけと言い返した。
「それはワシのセリフですぞ。王こそ何をなさっておいでですかな?」
「お、おれはただ、ヤツと、そう。やつと飲みなおそうと……」
「王!」
セツは厳しい声で制止した。
「言い訳はいけませんぞ。相変わらずデスモンドを慰み者にしておるんでしょうが!」
「悪いか?」
「悪いもなにも、あれは婿ですぞ。首尾よく跡継ぎも生まれようとしているし、懸命に努めているではありませんか」
セツのあきれ果てた声が、暗闇に響いた。
「そろそろ大概になさらんと。気弱なものは切れたら怖いですぞ? 一寸の虫も五分の魂といいますしな」
王はセツの声を無視して、立ち上がろうとする。
「王、どこへ」
「デスモンドを引きずり出す」
「王!!」
セツはあわてて、王の袖を引きとめた。
「なりません。憂さ晴らしなら、女でも何でもお呼びします、ただ、あれはダメです! お諦めください」
「何故だ?」
「姫がかわいそうではありませんか!! こんなことが姫に知れたら、姫だって黙っちゃおりませんぞ!」
セツは怒鳴った後、ため息をつき、あいまいに微笑んだ。
「まったく、王の聞き分けもないことときたら。ご父君とは似ても似つかぬ名君なのに、下半身は……いったい誰に似たのやら。いや、やはりお父上譲りですかな……嫌なところが似たものだ」
リノは、セツの感慨など聞いてはいない。
「お前が慰めてくれるのなら、デスモンドにはもう手を出さない」
「は?」
「セツが婿のかわりに、今夜の伽を勤めてくれるのなら考えよう」
「王よ、お待ちください、何をおっしゃって……」
「その覚悟があればな。イヤだろう? だから手を放せ」
そう笑いながら言ったのだった。セツは、王の顔を見つめていたが、やがてふっと微笑んだ。
「王は甘いですな」
リノの背に悪寒が走った。セツは微笑みながら、目に怒りを浮かべていた。
「そういうと、ワシが引き下がるとでもお思いか?」
いつもの騒々しい、能天気なオヤジではない。
「男に二言はないと、王子の頃からお教えしましたぞ。だがあなたは、一度だって聞いちゃいなかった」
そういうと、立ち上がった。
「あなたは、少し懲りれば良いのです」
そういうのと、リノ王にセツの手が伸びるのは同時であった。
「さあ、お情けを頂戴いたしましょうか」
owari
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