王宮からの逃走
最後の皇帝は傾城ウィンディとともに世を去り、赤い月の帝国は滅んだ。
解放軍頭領、リアム・マクドールはしかし、大統領にはならなかった。
片時も離れぬ守役のグレミオが付き従い、二人あてどない旅に出た。
今度は、石もて追われるのではない。国の未来のために去るのだ。
リアムがその手に宿す呪いの紋章は、平和を好まない。
再び戦争が起こらぬよう、リアムは国を去らなければならなかった。
と、マクドールの御曹司がそこまで考えたとは到底思えない。
「ふん。やなこった。おれは逃げるぞ」
坊ちゃんは、顔に似合わぬどすの利いた声で言った。
「え、いいんですか?」
「大統領なんてなったら、遊ぶ暇もない」
「坊ちゃん」
「こんなこともできないし」
「あ…………って早速そんなもの握って」
「あるじの手をぺっちんしたな。許さん。こうしてやる!」
「だ、だめですよ…………こんなテントの中で…………外に聞こえて…………」
「かまうもんか。もう我慢できない」
「リアム様…………滅茶苦茶ですよ…………」
「大胆と言え。誰もおれを止められないぜ」
「でも、今は喪中なんですよ。皇帝陛下とマッシュさんの」
「だから?」
「今夜は、カラオケはだめです」
「やっぱり?」
リアムはしぶしぶ握っていたマイクを置き、戦利品のカラオケの電源を切った。
その夜二人は手に手をとって、駆け落ちした。
まず彼らは夜通しかかって森を抜け、翌日の昼過ぎにバナーの村にたどり着いた。
そこから船に乗り、ラダトの町にたどり着いたのはもう夕方であった。
「ここまでくれば…………坊ちゃん、すぐに宿のほうで休みましょう」
「もうさすがに、へろへろだあ」
ふらふらになりながら早い夕食をとり、ベッドにもぐりこむと二人は死んだように眠った。
朝だった。くすぐったいような感覚に、グレミオは目を覚ました。
あれから何時間眠ったのか、まだ体がだるい。
夜通し歩くなんて無理をしたからだ。坊ちゃんもさぞかし疲れただろうと思いきや。
「…………」
すぐ目の前に、寝癖も愛らしい坊ちゃんの顔があった。
「おはよう」
「おはようございます、坊ちゃん。早いんですね」
「早起きは三文の得だよ」
「…………私は、三文ですか?」
坊ちゃんは手を伸ばして、グレミオのシャツを脱がせ始めた。
「リアム様、お疲れじゃないんですか?」
「とんでもない。あれぐらい、どうってことない」
「リアム様」
「試してみる?」
リアムは野太い声の持ち主だが、小さな声で話すとひどくセクシーだ。
聞いているだけでふっと気が遠くなるほどだ。それともグレミオがまだ眠いだけなのか。
「他のお客に迷惑ですよ」
「他に客なんていなかったぞ。貸切じゃないか」
グレミオは、疲れていた。坊ちゃんはさすがに若いから、回復力が違うらしい。
「顔だけでも洗わないと。喉も乾いたし」
「水なら飲ませてやる」
リアムは水を口に含むと、グレミオに与えた。
一年前はまだ子供っぽかったリアムは、こんなことをどこで覚えたのだろう。
「坊ちゃん。目が覚めました」
「よし」
「よし、って、あの…………」
「ほら、これもあれも脱いでもらうぞ」
乱暴にベルトを引き抜き、放り投げる。
「服を着ていたら何もできないじゃない。お、元気じゃないか」
坊ちゃんは勢いよく付き人のジッパーを下ろした。単に朝だから元気なのかもしれないのに、坊ちゃんはもうその気になっている。
元気になった付き人のソレを、情け容赦なく引っ張り出す。
「ふっ、おたがい準備万端OKだな。では」
「な、何ですか」
「やらせろ」
「は……」
「ホリたいんだ!」
グレミオの感傷は吹き飛んだ。この愛らしい口からそんな言葉を聞こうとは。
「坊っちゃん」
「なんだよ」
「いくら坊っちゃんでも、その言い方はあんまりです」
まるで酔ったときのテオのような下品さではないか。
ここは、毅然とした態度を示さなければ。
どんなに愛し合っていても、最低限の礼儀は守って欲しい。
「ほ、他に誘いかたがあるでしょう」
叱っているつもりなのに、グレミオは真っ赤になった。自分は何と言ってほしいのだろう?
テオのように、優しいことや、逆に思いきりいやらしいことを言ってほしいのだろうか。
言葉はむなしい。ベッドでの睦言など、あとから考えたら笑ってしまうほどだ。
何を言っていても、することは結局同じではないか。
いまさら上品ぶってどうするんだ?
リアム坊ちゃんはしばらく考えたあと、正直に言いはじめた。
「じゃ、させてください、グレミオ様。おれはこの一年というもの、おまえのことをちょこっと考えただけで、もう眠れないほど××××が○○して、夢の中でお前相手に△△△しようとしてもお前は逃げちまうし。かわいそうだろ?」
「そ、そうだったんですか?それは、大変でしたね」
「しまいには思わずレパントの親父に抱きつきそうになったんだぞ!あいつも緑のマントを着ているからな!おい、聞いてるか?」
「レパントさんに…………」
グレミオは笑い出してしまった。
「坊ちゃんにはもう、グレミオの助けは要らないなんて言いましたが、撤回します。いくら戦上手で立派になっても、肝心なところが抜けていました」
「それは何だ」
リアムの、一本気で少しおばかなところが、付き人には愛しくてならない。
「ものは言いようだということです、リアム様。でもたとえ黙っていても、あなたに見つめられて、くらっとしないものなどいませんよ」
恥ずかしいことを言ってしまってから、赤面するグレミオに、また坊ちゃんは手を伸ばそうとする。
「だから、あの、ちょっと失礼して体を洗って来てもいいですか?」
「そんなことを言って、逃げる気だな!!」
そう叫ぶと、リアムは、ドンとグレミオの体にぶつかってきた。
かろうじてそれを受け止めたグレミオは、優しく、わがままな坊ちゃんをなだめた。
「どこへも逃げません。私はもうどこへも行きません、ねえ、リアム様。」
付人は、リアムの寝癖をそっと撫で付けた。
そして、髪を束ねている紐をほどいて落とした。
おわり。
坊グレの部屋へ