かげりゆく部屋 H.12.01.14
「グレミオ、テオ様の服の手入れを手伝ってくれない?」
クレオに言われて、グレミオは今は亡きテオの部屋に向かった。
再びグレッグミンスターに戻ってから二日、グレミオははじめてテオの部屋の前に立った。
「何をしているの? 早く入っておいでよ」
一歩踏み入れると、胸に迫ってくる。とても冷静ではいられない。
ここは……この部屋は。
テオと、何度も抱き合った場所だ。
壁の模様も見えなくなるほど、激しく愛し合ったところだ。
「とてもきれいに、掃除してあるんですね」
グレミオはできるだけ冷静に、クレオに言う。
「なるべくそのままにしてあるんだよ。坊っちゃんがお帰りになったときに、ご自身で処分できるようにね」
「服も、そのままなんですか? 三年も……」
「そう。こっちにきてくれる?」
クレオに言われて、たんすに近寄る。
たんすを開けたとたん、馥郁たる香りが広がった。テオは香りが好きだった。
テオの使っているコロンは、好ましい体臭と溶け合って、胸一杯に吸いこめば、心底うっとりするほどの……
クレオは椅子に登り、部屋のはしからはしまでロープを渡しはじめた。
すばしこい動作は相変わらずだ。
「ここに吊っていこうかと思って。で、見落としてた汚れでも見つけたら、ちゃんと落としてしまわないとね」
クレオはもう服を出し始めている。
「カビでも生えたら大変だからね」
「……ちゃんと、手入れしてありますね。すぐにも着られそうだ」
「まあね。セイラさんに相談しながら、洗えるものは洗ってね」
テオの軍服、コート、プライベートでよく着ていたジャケットの類。
それから、手袋やブーツ、スカーフの類。
甲冑は、たんすの横の、大きな木箱に納められていた。
グレミオは、恐る恐るふたをずらして、中をのぞいた。
「それも出して、ときどき磨いてあるんだ」
極上の、しかし重い甲冑だ。これを坊っちゃんが使うときは来るのだろうか?
グレミオの心を見透かしたように、クレオはつぶやいた。
「もう誰も着ないね、こんな重いよろいは」
クレオから渡された服を、ロープに吊るしていく。服の裾が床につかないように、かなり高いところにロープを張ってある。
付き人は、思いきり背伸びをしなければならない。
やがて、部屋はテオの服で一杯になった。
「……けっこう、あるもんですね」
「衣装持ちだったから、テオ様は」
クレオは、テオの礼装用の軍服を手に取り、静かに言った。
「上等なものは、色もあせないものね。風を通したら、ブラシをかけなくちゃ」
そう言うクレオの姿が、なにか小さく見えた。赤い髪は相変わらずきれいだが、こんなにほっそりした人だったか?
前は、もっと元気一杯で、気の強い人だったのに。
一人っぽっちで、この広い屋敷を磨いて、テオの遺品を手入れしていたのか。
つい、付き人は言ってしまった。
「クレオさんは……ひとりで、いつもこんなことを?」
クレオは笑った。
「いつもこんなことをしてると思う? そんなに家事は得意じゃないよ」
「でも、こんなにきれいにして。どこもかしこもピカピカじゃないですか」
「他にすることがないもの。でも料理だけはだめね、どんなにがんばっても」
「……じゃ、今日は私がとびきり美味しいものをつくります」
「うれしいね。パーンも喜ぶよ」
グレミオは、礼服にブラシを掛け始めた。
「もう、グレミオは吹っ切ったんだね」
「何を?」
「テオ様のことを」
付き人はブラシを持ったまま、絶句した。
「ごめんね、あたし知ってたんだ。あんたと、テオ様のことを」
「……知ってた、って……」
「気づかないほうがおかしいよ、同じ家に住んでたんだから」
「ク、クレオさん」
「そんな、真っ青になることないじゃないか」
「……誤解です、クレオさん……」
「あんたたち二人が離れたり、またくっついたりしてたのも、全部知ってる……」
もうことばもなく、付き人はクレオのきれいな顔を見つめた。
「あたしもテオ様が好きだったからね」
「クレオさん……」
「知らなかった?……誰にも、気づかれないようにしてたからね」
「ク、クレオ……」
「あんたと、ソニアさんと、それからテオ様を、あたしはずっと見てきた……」
グレミオは心臓がつかまれたように苦しくなった。
「あたしも、テオ様が好きだったんだよ、グレミオ」
クレオは寂しそうに、でもちょっと怒ったように見つめ返した。
「テオ様は、クレオさんの気持ちを知ってたんですか」
「わからない。多分知らなかったと思う」
「クレオさん、ごめん……」
「あんたが謝ることはない。でも思ってたよ。こんな、ひょろひょろした、やせっぽちの坊やの、いったいどこがいいんだろうってね」
「……私が、無理に誘ったんです」
クレオは、ちょっと苦笑して見せた。
「あたしも、強引に誘ったら……抱いてくれたかな? きっとだめよね、あたしなんて」
「クレオさん」
グレミオは涙がこぼれそうになった。
クレオは大事な友達だ。
田舎から出てきた何も知らない自分に、クレオはとても優しかった。 自分はなんと鈍感だったんだろう。
「クレオさんを振るバカ、どこにいるもんですか」
「テオ様は、どんなふうにあんたを可愛がってくれたの?」
クレオは、ほっそりした手をグレミオの額に置いた。
「テオ様があんたにしたように、あたしにしてくれる?」
それは無理だと思った。どんなにクレオに友情をもっていても、不可能だ。
仮に愛していたとしても、無理なのだ。
でも、それを今説明する気にはならない。
グレミオは、クレオの手を取り、こう言った。
「テオ様は、こんなふうになさいました」
それから、クレオの頭をそっと引き寄せた。
「ずいぶん、情熱的だったんだね」
長い長いキスのあと、グレミオが体を離すと、クレオはつぶやいた。
「半時間ほども手を触っているだけのこともありました」
付き人はクレオの指を口に含んで、軽く噛んだ。
「でも、テオ様はキスが本当に上手だった。私なんかよりずっと」
そう言ってから、付き人はクレオのほっそりした体を抱きしめた。
テオ様は、どんなふうに自分に触れたんだろう。必死で思い出しながら、できるだけ同じようにしようとした。
がたがた震える手で、クレオのブラウスのボタンを三つまで外し、ふっくらした胸元に口をつけた。
次の瞬間、手放しで泣き出していた。
「すみません、クレオさん。すみません」
「グレミオ」
「私にはできません、クレオさん。許してください」
「泣くんじゃない」
クレオは、グレミオの頭をかきなでた。
「よくわかったよ。もう、十分だ」
「……」
「ありがとうな、グレミオ」
グレミオの大事な友達は、やっぱり優しくほほえんでいた。
END
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