最後の晩餐 H.12.01.31
明日の朝、テオ・マクドールは北方の国境地帯へ向かう。
そして、リアム坊っちゃんの、初仕事の日だ。
こころをくだいて作った料理は、きれいに平らげられていた。
夜更け、グレミオは下げてきた皿を洗い終えた。
朝から立ちづめだった。
さすがに疲れていたグレミオは、ボトルにわずかに残るワインを、傾けて飲んだ。
乾いた布きんで、グラスを拭きあげる。
曇りがないか、灯りに透かして確認してから、食器棚に並べていく。
それから、皿を拭き始めたときだった。
人の気配に振り向くと、当主のテオが立っていた。
「あ、テオさま。 もう、お休みだとばかり……お茶をお入れしましょうか」
「いや、いい」
「明日の朝は、いつもよりあっさりしたのにしましょうか? 今日は、ちょっと重いメニューだったから……」
「そうだな」
テオはそれきり、黙ってしまった。 グレミオは皿を拭く作業を再開した。
「リアムさまのことは、ご安心下さい、テオさま。 私たちがしっかりお守りしますから」
「ああ、頼む」
「それに、リアムさまはお強い。 頼もしいばかりです」
「……そうか?」
「これからもどんどん、成長なさいますよ」
「そうだな」
だんだん、グレミオは気詰まりになってきた。
こんなにテオは無口だったろうか。
「お前に話がある」
「は、はい」
「……リアムも、一人前になった。 もう大人だ。 そろそろいいと思う……」
「はい……」
「北方から戻ったら、良き日を選び……ソニアと、式を挙げる」
瞬間、グレミオは、思考が止まりそうになった。
グレミオは、意思の力でそれを巻き戻した。
「それは……おめでとうございます、テオさま」
自分でも驚くほど、平静な声だった。 とうに、予期していたことだった。
はじめの一言が出ると、あとは冷静になれる。
「ありがとう」
「あの、リアムさまはこのことは?」
「まだ話していない。 さっきソニアと婚約したばかりなのだ。 戻ってから話そうと思う」
テオは、誰よりも先に自分に話したらしい。
「では、私は黙っていることにいたしましょう」
「それで、内輪だが、披露宴をこの家でしようと思う……お前に頼めるだろうか?」
これも、なかば予想していたことだった。 グレミオはうなずいた。
これで、本当に自分の気持ちに、区切りをつけることができる。
「喜んで、テオさま。 腕によりをかけて、つくらせていただきます。メニューも、考えておきましょう」
「頼む」
「お前は……」
「はい?」
「いや……」
「テオさま、末永くソニアさまとお幸せに」
「お前は、それでいいのだな」
「もちろんです、テオさま。 テオさまの幸せが、私の幸せ。坊っちゃんの幸せが、私の幸せです」
「……」
「そしていつか、坊っちゃんが結婚なさるときも、料理をつくってさしあげたい。 マクドールのお家の繁栄を祈って。…………それが私の夢です」
「それが、お前の夢!」
テオの声が、わずかに高かった。
グレミオは、はっとして口をつぐんだ。
「……すみません。 差し出がましいことを申しました」
「いや、いい。 少し驚いただけだ」
「……」
「お前が、取り乱すのではないかと思っていた」
「……」
「許してほしい」
テオに謝られて、グレミオはかえって取り乱しそうになった。
取り乱すわけにはいかない。
なぜならば、これはずっと以前から、わかっていた一瞬だからなのだ。
言うべきことも、もう決めてある。
最後には、感謝の気持ちをきちんと伝えるのだ、と。
「テオさま、私がどんなに感謝しているか、どうしたらわかっていただけるでしょう?」
「……」
「テオさまと会わなければ私は、生きることも死ぬことも知らず、愛することも知らず……ただ、土くれのように、冷えた心を抱えて生きていたでしょう」
「グレミオ」
「土でできた人形みたいだった私に、すべて教えてくださった。 だから、感謝こそすれ、恨むことなどありません」
「そう……か。 いや。 今日の料理を食べて……おれは思ったのだ。 こんな料理をつくる、お前のことを」
「あ、お気にめしませんでしたか?」
「実に美味かった。 武人にあるまじきことだが、またこれを食うために、おれは生きて帰りたいと、そう思った」
「……かいかぶりです。これくらいの味、どこでも……」
「お前の優しい心が、一口食うたびに流れ込んでくるように思った」
「テオさま」
「お前は……幸せにならなければならない」
そんなふうに、優しくしてほしくない。
優しくされると、ぎりぎりのところで耐えている心が、弱ってしまうではないか。
涙が出そうなときは、笑うといい。
だからグレミオは微笑んだ。
「ありがとうございます。 私なら、大丈夫です」
「元気でな。 幸せになるんだ」
くしゃ、とテオの手がグレミオの頭をかきなでた。
親がするように、幸せを願ってくれた。
これ以上、なにを望むだろうか?
こうして二人は終わり、その後、敵味方になって争うことになったが、頭をなでて祝福してくれた、テオの手の暖かさを、グレミオはけして忘れることはなかった。
END
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