男の子の育て方 3 坊っちゃん12歳、春の目覚め H.12.02.06
某日、午後。
リアムが遊びにいこうとすると、お守はふと、その服に目を止めた。
「坊っちゃん、胸のところカギ裂きになってますよ。ちょっと脱いでみてください」
なぜか服を脱ぐのがめんどうで、リアムはこう答えた。
「ちょっと引っ掛けただけだよ。 このままでいいよ」
「目立ちますよ?」
「じゃ、このまま直してくれよ。 めんどうなんだ、脱ぐの」
「え? 危ないですよ。 針が刺さったら……」
「どうってことないよ」
「……しかたがないですね」
グレミオはポケットから針と糸を取り出した。
「動かないでくださいね」
針が布の裏につき抜けないように、お守は用心深く針を運んでいく。
集中しているときのお守は、みけんにわずかにしわを寄せて、真剣な表情になる。
お守は糸を、歯で切るクセがある。
グレミオは顔をリアムの胸に埋めるほどに近づけて、糸切り歯で糸を切ろうとした。
麦わら色の髪が目のすぐ下にあって、服ごしに、体温が伝わってくる。
リアムの鼓動が、いきなり速くなったのは、そのときだった。
思わずお守の頭を抱え込んでしまいそうになる。
どうしようもなく顔に血が上っていく。
そんなことをしても、「もう、鼻水がついちゃうじゃないですか」とかいって、お守は笑うだけだろう。
また、子供っぽいいたずらだと思って。
このまま直せなんて、言わなかったらよかった。
グレミオが離れるまで、わずかに数秒、それでもリアムにはすごく長く感じた。
「はい、できましたよ。 帰ったらまた、ちゃんと直しますから」
「う、うん」
「あれ? どうしたんですか? 顔が赤いですよ? 熱でもあるのかな」
「ないよっ」
額に置かれたお守の手を、リアムは乱暴にふりはらった。
それからリアムは、友達とくたくたになるまで遊んだ。
「ぼっちゃ〜ん」
リアムがふと見ると、グレミオが、裸の上半身を起こしていた。
「はやくはやく、坊っちゃん」
なめらかな両肩に、長い髪をまとわりつかせたお守の姿態は、悩ましかった。
そのお守が白い手をさしまねき、「誘っている」ではないか。
別人を見ているようだった。
リアムがふらふらと近づくと、お守はリアムの服を脱がせるのだった。
「あなたの成長をグレミオに見せてくださいねっ」
そういってお守は、ふわっとリアムにしがみついてきた……………………
「!!!!」
目を覚ますと、ひとりでベッドの中にいた。
「夢か。 ……変な夢……信じられない」
もっとリアムを打ちのめすような、信じられないことがあった。
「寝小便……しちまった……」
そのときコンコン、とノックの音がして、ドアが開いた。
「坊っちゃん、入りますよ」
リアムは寝たふりをした。
「おはようございます、坊っちゃん」
「……」
「早く起きてくださいよ〜。 遅れますよ?」
「……」
「こら、お寝坊さん」
グレミオはいつものように、リアムの毛布をひっぱりはがそうとした。
リアムは必死になって毛布を引き戻そうとした。
「あ、あれ? 坊っちゃん? 起きてたんなら……」
「いやだあ〜っ」
「ど、ど、どうしたんですかっ」
「わああああん」
「ぼ、ぼ、坊っちゃん? 泣いてるんですか?」
「お、おねしょしちまったあ」
「ええっ! まさか!……ちょっとごめんなさい、坊っちゃん」
グレミオはそっと毛布をはがして、生真面目な口調で言った。
「坊っちゃん、これ……おねしょと違いますよ」
「へ?」
「グレミオが説明していなかったから……これは、大人になったというしるしなんです」
「……?」
「全然恥ずかしいことじゃ、ないんですよ。 将来子供に恵まれます、ってことなんですから」
「……」
「よかったですね。 おめでとうございます、坊っちゃん」
そんなふうにいわれても、リアムはうれしくない。
「……誰にでもこんなことが起こるのか?」
「そうです」
「グレミオにも?」
「グレミオにも、パーンにも、テオさまにも、畏れ多いことですが陛下にも、です」
「……」
「じゃ、着替えてください、朝ご飯にしましょうね」
ひどいショックだったが、空腹には勝てない。
いつものようにリアムは、腹いっぱい食べてしまった。
横で釣り糸を垂れていたテッドは、ふとリアムを見た。
「元気がないなあ、リアム。 どうしたんだよ」
「テッド。あのな」
「うん?」
「お前、いやらしい夢見るか?」
「え……」
「その……はだか、とか……」
テッドはちょっと顔を赤くして、はにかんだ。
「見るよ。 ときどきだけどな」
「どんな、その、夢なんだ?」
「うーん、いろいろだな。 ちらっと見ただけのきれいな女の人とか、見たことないようなすごい美人だったり、な。へへっ」
「ふーん」
テッドはふと、ませた目つきになった。
「リアム、お前って、子供っぽいな」
「な、なんだよ」
「自分でしたこともないんだろ、十二歳にもなって」
「自分でするって……何を」
「教えてやるよ。 こうするんだ」
テッドは、川の水で手を洗い、いきなり、リアムの服をまくりあげた。
「テッド、何するんだよ〜」
「目つぶって、そうだな、可愛い女の子でも想像してればいい」
「ひっ」
「あんまり強くしちゃだめなんだ。覚えておきなよ」
テッドは、まるでずいぶん年上のような口をきいた。
そして、リアムよりも幾分細い指で、幼い、敏感なところにふれた。
「こうして自分で剥かないと、一人前にならないって話だからな」
「そうなのか?」
「そうだよ。 将来女の子に相手にされないぞ」
「……」
「目、つぶってな」
「テッド……おれ……今日、変な夢を見て……」
「わかってるって」
テッドはわかっていない。 だが言えることでもないので、黙っていることにしたのだが、言われたように目をつぶると、浮かんでくるのは夢に見たようなことばかりだった。
「……テッド、おれ……なんだか……」
「もうすぐ出ると思うんだけどな〜」
「あっ……」
「はい、よろしい。 あっという間だな。 でも鍛えたら時間も長くなるからな」
テッドは顔色も変えずに手を洗ってきて、また隣に座った。
「ごめん、テッド」
「いいってことよ。 でも、次からは自分でやれよ? お風呂でもちゃんと洗うこと」
「あ、洗ってるよお」
「だから、剥いてやって洗うんだ。 グレミオさんに教わらなかったのか?」
「う、うん」
「ったく、ぬかってるぞ。グレミオさん……しかたない。 おれがいいことを教えてやろう!」
「ぎくっ……」
「何だよ、びびるなよ。 町外れに温泉があるの、知ってるか? 美容にいいっていう」
「温泉?」
「驚くなよ。 構造上の欠陥、ってのを発見したんだ、おれ」
「……」
「これから、女湯をのぞきにいこう!」
「テッド〜」
いつになく羽目を外したテッドに引きずられて、リアムは温泉に来てしまった。
ちょうど女湯の上に当るところは、掃除用具を置いてある部屋だった。
テッドはそっと、床にしゃがんだ。 かすかに下から、光が漏れている。
お湯をかける音が、反響していた。
「ほら、この隙間……のぞいてみろよ。 真っ裸の美女の群れがうじゃうじゃと……う……」
「どうしたの、テッド?」
床から顔を上げたテッドの、眉は八の字になっていた。
「い、いや。 何でもない。 あははは〜……」
「おれにも見せてよ」
「見ないほうがいいと、思うんだけどな〜」
「ずるいぞ、テッド。 自分だけ」
「仕方ないなあ。 ほら」
「すごい!……立派な体格の……おばあさんたちだなあ」
そこには大昔は美女であったかもしれない、たくましい老女の集団が温泉を楽しんでいた。
美女というより、トドの群れといったほうが正しいかもしれない。
「……テッド。 勉強になったよ」
「すまん。 こんなはずじゃなかったんだ」
「……いいよ。 ありがと、テッド」
リアムがそう言うと、テッドはほっとしたようだった。
リアムの肩にぽんと手を置いて、しみじみと言い始めた。
「リアム、お前っていいやつだなあ。 家ではいろいろ大変だろうけど、お前は正しく、たくましく、ストレートに育つんだぞ!」
「いろいろ、大変?……ストレートに? なんだそれ」
「あ、いや。 だから、そのっ! テオさまみたいなすごい人の息子ってだけで、プレッシャーがあるだろうけど、って意味さ。 あははははっ」
騒ぎすぎたのか、突然小部屋のドアが開いた。
「こらっ、がきども、ここで何をしているっ!!」
「やばい、逃げろ!」
「待てえっ」
二人は警備員を突き飛ばし、サルのようにすばしこく逃げた。
あれから何年、たっただろうか。
テオもテッドも世を去り、戦争も終わった今、リアムはグレミオと二人でいる。
親身で、しかし何ともまぬけだった、テッドのことを思い出すたびに、リアムは吹き出したいような、泣きたいような複雑な気持ちになる。
テッドがひそかに心を砕いてくれたのも、ほぼ無駄になったのかもしれない。
隣ですやすや眠るグレミオを見ながら、「それもいいじゃないか」と思うのだった。
END
ふう,長かったけど終わったね。(終わったというより終わってるというべきか)
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