夜の紋章            H.12.02.10


 モラビアの牢から解放されて、久しぶりに戻ってきた湖の城は、また改装されていた。
 ビクトールは倉庫番のロックから、預けておいた荷物を受け取って、部屋に向かった。

 湖に面した、気持ちのいい部屋に落ち着くと、ビクトールは星辰剣を外した。 粗末だが丈夫そうなベッドには、糊のきいた、真っ白なシーツをかけてある。 
 久しぶりに手足を伸ばしてゆっくり眠れるのはありがたい。

 ビクトールは、床の上で包みを慎重に開きはじめる。 油紙を何枚もとり、何枚も巻いた麻布をはがしていく。 
 一瞬、あのグレミオを脱がしているような気分になって、ビクトールは思わず顔をしかめた。
 グレミオは何かとビクトールに反発し、いつまでもリーダーを子供扱いしたがる、ちょっと困った男であった。
 しかし、いやなやつだと思ったことは一度もなかった。
 
 やがて現れた飾り気のない斧は、多少刃こぼれしてはいるものの錆びてはいなかった。 手にとってみると、星辰剣ほどではないにしろかなり重い。

「一度、砥ぎに出したほうがいいだろうか」
 ビクトールはふと独り言を言った。 それを相棒の星辰剣が聞きとがめる。
「どうやら、もうそれを使うものなどいないのだろう、無駄というものだ。 それより私の手入れにもっと金と手間をかけろ。 まったくおまえは、荒っぽすぎていかん」
「……それも、そうだな。 おまえのいうとおりだ、星辰剣よ」
「いつになく素直ではないか」
「おまえがなまくらでは、いざというとき、おれが危ない目に会うからな」
「相変わらず口の減らない男だ」
「口から先に生まれてきたんでね、おれは」

「ビクトールよ。 それを使っていたものは、おまえの恋人だったのか」
 ビクトールは驚いて星辰剣を見下ろした。 星辰剣はいかめしくベッドの上に鎮座している。

「女がこんなごつい斧を使うと思うかい? これはな、戦友の形見だ」
「そうか?……おまえの顔つきを見てそういう印象を受けたのだが。思い違いだったか」
「もうろくするなよ、じいさん」
「ぬかせ」
 からかうと、星辰剣はいつもならひどく立腹するが、今日は静かだ。

 グレミオは戦友だった。 何度か寝たことはあるにしろ、結局はそれだけだった。
 とはいえ、あの男が長い金髪をふいにさばいて、両手でまとめなおすときなど、奇妙に胸がくるしくなったものだった。
 ちょっと鋭い目つきながら、それなりに整った顔だちで上背もあり、無残な頬の傷がなければ、二枚目の部類にも入ったかもしれない。 黙ってさえいれば、のはなしだが。
 
「このさい両方砥ぎに出しておくかな」
 ビクトールはまた独り言を言った。

 
 深夜、フリックの部屋。
 いつものように、ヒックスとフリックは素っ裸で、息を乱して互いを触りあっていた。
 フリックが腰を捕らえてつながろうとするのを、ヒックスは強固に拒んで体を閉ざした。

「だめです、フリックさん。それだけは……」
「いまさら何言ってるんだよ。 ちょっと入れさせてくれよ」
「ぼくにはテンガアールが。 だからそれは困る……」
「そんなに重大なことか?」
 ヒックスは笑って、男の下から逃げ出し、フリックを仰向けにしてその上にまたがった。
「いくらフリックさんでも、ぼくのバックのバージンはあげないよ。 フリックさんのをいただく気もない」
「変なヤツ」
「でもそれ以外はなんでもしたい。 フリックさん、好きだよ」
「何でテンガアールとしないんだよ」
「彼女と晴れてベッドに入って、失敗するのが恐いんです」
「おい、おれは練習台か?」
「そんなとこ、です。 ……フリックさん」

 ヒックスは、フリックに熱っぽい体を押し付けてきた。
 男はそれにこたえて、再び同郷の若者を組み敷き、その脚の下から太腿を押し込んで、ゆっくりと押し上げてやった。
 それから体を合わせて激しく体をこすりあわせるだけで、やがて二人とも達してしまうのだった。

 首筋にかじりついたまま、ヒックスがささやいてきた。
「フリックさん。 オデッサさんとはどこまで?」
「こんなのじゃすまなかったよ。 当然だろ」
「そうでしょうね」
「すごく、よかった……」
「こんな状況で、のろけないでくださいよ」
「ちがう。 さっきのが、すごく気持ちよかった、って言ったんだよ、ヒックス」
「フリックさん……」
「だから、つぎは入れさせてくれ」
「また、それですか? そんなに入れたいの? 畑の大根を抜いてさ、その穴とでもやれば?」
「いくらおれでも、それはサイズが合わないな」

 ちょっとヒックスはいたずらっぽい顔になった。
 そして誘うようにくちびるを丸めた。
「じゃ、賭けをしましょう。 ぼくが負けたら、もう好きなようにしてください」
「賭け? 何に賭けるんだ」
「そうですね。 だれかを、フリックさんがものにしたら……ってのはどうです?」
「おれが本気でアプローチしたら、女は簡単にころっといくさ」
「もう、口ばっかりなんだからな。 でも女の子なら、ちょっと簡単過ぎるか。 男じゃどうです?」
「へ?」
「今日戻った、あのビクトールさんなんかどうです。 フリックさんが彼を落とせたら、ぼくは何でもしますよ」
「おい、よりにもよって……ああいうむさくるしいのは好みじゃないんだ。 他のヤツにしてくれ」
「じゃ、レパントさんとか、クワンダ・ロスマン将軍とか……」
「おい、もっと無理だよ」
 フリックは吹き出して、「もしかしてお前、ごつい中年男が好みか」といった。


 数日後、フリックは、亡き恋人の名をつけた愛剣を砥ぎに、刀鍛冶の工房に寄った。
 すると師匠は留守で、弟子が店番をしていた。
「師匠が帰るころに、また来るよ」
「すみませんね。 あ、そうだ。 ビクトールさんに言ってあげてくれますか? しあがってますって」
「持っていってやろうか」
「え? いいんですか? じゃ、お願いします」
 弟子が差し出したのは、剣にしては大きな包みだった。
「なんだ。 星辰剣じゃないのか?」
「剣のほうは先に砥いで渡したんですけど、こっちは急がないからっていうから後にしてもらったんです。 ちょっと仕事がこんでたから」
「じゃ、渡しておくからな」

 フリックはいったん部屋に戻り、迷った末にその包みを解いてみた。
 よく見ると、リアム・マクドールの名が刻んである。
「グレミオの、斧か?」
 あわてて、フリックはそれを包みなおして、ビクトールの部屋に持っていった。


 ビクトールは、フリックが持ってきたものを見て顔色を変えた。
 それをみてフリックが驚いたほどの、慌てようだった。
「鍛冶屋から預かってきた。 ほら」
「す、すまんな。 手間をかけた」
「いや、ついでだったからな」
「……フリック。 まさか、中を見たりは……」
「鍛冶屋で丸見えだったよ」
 ビクトールは不興げにつぶやいた。
「師匠にあれほど誰にも見せるなって言ったのに」
「師匠は留守だったからな。 弟子が抜かったんだろう」
「……」
「ビクトール、それはグレミオの斧だろう」
「そうだ」
「なぜリアムに渡さないんだ?」
「これ以上、リアムを悲しませたくないからな」
「それはわかるが、お前がなぜそれを持つ必要があるんだ?」
「リアムがもっと立ち直ったら渡そうと思ってな」
「ちがうだろうが」

 フリックはかまをかけることにした。
「お前は、あの金髪のヤサ男に惚れてたんだろう」
 するとビクトールは豪快に笑ったが、その浅黒い顔はみるみる赤黒くなっていった。
「寝ぼけてるのか、フリック」
「図星だな」
「おい。 おかしいぞ。 今日は……」
「あいつに、欲情してたんだな。 お前は何ていやらしいやつだ、その形見を使って、何をしようってんだ?」
「頭を洗ってこい、雷坊や」
「あとでな……」

 弱みを握った。 いける。
「ビクトール、お前がその斧を持っていることをリアムにしゃべってやろうか?」
「フリック……」
「黙っているよ、ビクトール。 ただし条件がある」
「……条件?」
「これからおれと寝てもらう」

 一拍間を置いて、ビクトールは爆笑した。
「やっぱり寝ぼけてるな、フリックさんよ」
「笑っていてもいいのか?」
 フリックがすごむと、風来坊は笑いを引っ込めた。
「簡単なことだ。 体を貸せ。 おれにさせてくれれば、黙っていてやる」
 ビクトールはあっけにとられた顔でつぶやいた。
「やっぱり寝ぼけてるな。 それともおれが狂ったのかな。 星辰剣よ、どう思う?」
 しかし星辰剣は、この騒ぎに知らん顔を決め込んでいた。

「お前とグレミオができてたってことも知ってるんだよ。 それもばらしてもいいのか?」
 当て推量だったが、ビクトールは、突然ものすごい形相になった。
 簡単にかかったことに内心驚きながら、フリックはことばを継いだ。
「おれも故人の名誉は守りたいからな」
「お前らしくないぞ、フリック。 どうしたっていうんだよ」
「これがおれさ。 一度でいいから、させろ。 さもなくばグレミオとのことを、リアムにばらすぞ」

 ビクトールは立ち上がり、腰につけていた星辰剣を外して、チェストのいちばん上の引き出しにしまってから、鬼のような顔でフリックをにらみすえた。
「フリック、お前はおれなどとは違って、品格のある男だと思っていたのだが。 それとも、おれが恨みを買っていたのか」
「ふん、おれの下半身に品格を求めるな」
 しかしこの期に及んで、フリックは、逃げ出したくなっていた。
 こいつは全く好みではないし、どうしたって自分の手に余る。

「こいよ」
 ビクトールは無表情に、ベッドのほうにあごをしゃくって見せた。
 こうなっては、フリックも引っ込みがつかない。自分から脅しておきながら、いまさら「敵前逃亡」するわけにはいかないではないか。
 断固として拒否しないビクトールも悪い。
 内心歯軋りしながら、青雷のフリックは風来坊の粗末な上着に手を掛けた。
 
 脱がせたビクトールは、露出の多い服装の上から想像できるとおり、すぐれて頑丈な骨格と、肉体労働で培ったとおぼしき、盛りあがった筋肉とを持っていた。
 年も上であり、力も強いビクトールに命じて、奉仕させるのはなかなか気分がよかった。
 ビクトールは、感情を消した顔で、フリックのものを口に含んでいる。
 殺しても死にそうにない、浅黒く広い肩を見下ろしながら、フリックは思った。

(やはりおれはこいつを恨んでいたのかもしれない。 こいつがかばっていたら、オデッサは死なずにすんだのだ……こいつにはそれだけの力はあったはずなのに。 本当はリアムではなく、こいつを憎んでいたのだ)

 そう思うと、だんだん怒りが込み上げてくる。
 理不尽だ、やつあたりだと自分でもわかっているが、その怒りは止めようもなかった。
「もう充分だ、うつ伏せになって足を開け!」
 そう言い放つと、フリックは自分のものに手早くつばを吐きかけた。
 そして手加減も思いやりもなしにビクトールに暴行を加えた。

 心身ともに頑強な男であっても、さすがに多少はこたえているのだろうか。
 さっさと終えろ、と思っているのか、それともちょっと手荒な便秘解消法、くらいにしか思っていないのか。
 どんなにがんばっても、この体には毛ほどの傷もつけられそうにない。
 そして気分が悪くなるくらい、ビクトールの中は気持ちがよかったのだった。

 終わったあと、しばらくビクトールは、うつ伏せになったまま動かなかった。
 そして顔も上げずに、手をベッドの下に伸ばし、巾着をつかんでちり紙を出した。
 黙ってそれを足のあいだに突っ込み、慎重に体をおこし、疲れきった顔を上げた。
 平気ではなかったという証拠に、多少血走った目をフリックに向ける。
 そしてそれは、哀れむような目だった。
「約束だ。 斧のこと、リアムには黙っていてくれ」
「ああ」
「本当に、つくづく難儀なヤツだ。 死んでからもおれを苦しめるなんてな」
「……」
 どうやら、グレミオのことを言っているらしい。
 ビクトールはおだやかに言った。
「ありがとよ、フリック、おれをひどい目に会わせてくれて。 これで少しは、あいつを死なせた罪が軽くなったような気がするよ。 ……あいつの苦しさには、ほど遠いだろうがな……」
 困惑しつつ、フリックは身じまいをして強姦現場から逃げ出した。

END



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