西方浄土2

 リコンに戻る途中、往路とは打って変わって、グレミオは口をきかなかった。
 ただ、魂も抜けたようにぼう然と岸を見つめるばかりだ。

 ビクトールは一人舟を操りながら、時々グレミオのほうを見た。昨夜の狂乱は何だったのだろうと思う。

「これで、あなたも同罪ですね」
 グレミオが金髪を振りさばき、自分に挑みながら言い放った言葉だ。
 狂暴な高笑いは今も耳に残っている。
 自分の上で暴れ狂う白い上半身が、今も目に焼き付いている。

(わからない。あれは何だったんだ)
 なぜこうなったのかわからない。
わかっているのは、腹が減っているということと、彼が身投げでもしかねないほどに落ち込んでいるということだ。
「グレミオ、リコンについたら何を食いたい?」
 こんなことしか言えないのか、自分は。情けない。
「……オムレツとベーコン。あと熱いコーヒー」
 相手がしゃべってくれたので、ビクトールはほっとした。

「もうすぐ着くからな」
「……」
「これからのことだけを考えるんだ。とにかく一度ティエンに戻ろう」
「そうですね」

 グレミオはすこし考えて、
「使う舟がもう少し大きければ、あの難所を越えられるかもしれません」
と言い出した。
 どうやら正気のようだと、ビクトールは少し安堵した。
「そうだ。もっと良い舟を探さなきゃな。 転んでもただじゃ起きないぞ」
 ビクトールが言うと、グレミオはちょっと笑った。




 ビクトールとグレミオは、リコンで一泊したのちティエンに戻った。
 ティエンでは、すっかり元気になった仲間たちが待っていた。

「急流を越せる強い舟が必要です。 そうでないとリュウカン先生の庵に近づけない」
 グレミオが説明をすると、リアムは町一番の舟大工を探してきた。彼の友人である錬金術師の協力も得られるという。

「このエンジンの力で、急流を越えられるぞ」
 錬金術師の言葉を信じて、重い機械をリコンの町に運び込んだ。

「今から取り付け工事をするからな、あんたら邪魔だから、宿で休んでてくれ」
 舟大工たちがさっそく舟の改造をはじめたので、リアムたちは宿で休むことにした。


 夜がふけても、工事の音は止まなかった。
 どうやら徹夜仕事になるらしい。
「これは、大変ですね。ちょっと夜食を差し入れてきます」
 グレミオが作業現場に軽食を届けてくるという。
「僕が行くよ」
「とんでもない。坊ちゃんは先に休んでいてください」
 グレミオは笑いながら、籠を抱えてそそくさと出ていってしまった。
 リアム・マクドールは、しばらく考え込んでいた。

「リアムもそろそろ寝たほうがいいぜ。俺たちも一杯やったら寝るからな」
「うん……なあ、ビクトール」
「なんだ?」
「グレミオは、どうしたんだろう? 何だか……変だ」

 ビクトールはどっと冷や汗が出る思いだった。
「そりゃ、まあ、遭難しかけたし、飲まず食わずで大変だったからな。誰だって疲れらあな」
「そうだな……」
 リアムは、まだ気にしている。勘の良い奴だ。

「どうして変だなんて思うんだ?」
「何となく、よそよそしいみたいな気がする」
「気のせい、気のせいだ。お前、何を気を使っているんだ。おかしいぞ」
「ビクトールも何だかおかしいし。何かあったのかい」
 ビクトールは大げさに頭を掻いて見せた。
「道中、ちょっと言い争ってしまった」 
「なんだ。喧嘩したのか。大人の癖に、子供みたいな奴らだ」  
「子離れしろって言ってやったんだよ、グレミオのやつに」
「こ、子離れだと?」

 ビクトールはリアムの鼻をつついてやった。
「お前のことだ、リアム坊ちゃんよ。お前もいいかげん、ママから離れろよ」
ママ?!  誰のことだよ」
「おれは一杯ひっかけてくる。子供は早く寝ろよ」
「何なんだ、いったい」
 不満そうなリアムを残して、ビクトールは部屋を出た。



 舟着場に行くと、すでにグレミオの姿はなかった。
 舟大工と錬金術師が、差し入れを食べているばかりであった。
「グレミオは……」 
 二人に尋ねると、さっきまでそこにいたという。
「まさか……」 
 ビクトールは懸命にあたりを探し回った。
 静かな波間に人の頭が浮かんでいないか、目を凝らしさえした。
 ……いない。

「ビクトール。どうしたんですか」
 後ろから声をかけられて、ビクトールは飛びあがった。 
「お、驚くじゃないか。心配したぞ、グレミオ。何をしていたんだ」 
 付人は、不思議そうに見つめている。
「夜風で頭を冷やしていたんです。 町中ですよ。獣もいないのに、何が心配なんです?」
「痴漢なら、いるかもしれないぜ」
「また、つまらない冗談を」 
 面白くもなさそうに笑い、グレミオは軽くにらんで見せた。
「そう言う人が一番怪しい」
「おい、おれは変な下心で探しにきたんじゃねえぞ。ただ、心配で……」 
 やましい気持ちも大いにあるが、ビクトールは必死に否定した。

 付き人は少し表情を和らげた。
「あなたはいい人ですね」
「……リアムが心配していたぜ。何かあったのかと言われた。勘の鋭いやつだ」
「そうですか。気を付けます」 グレミオはつらそうにうつむいた  
「宿に帰ろう」
 付き人は足を引きずるように歩いていたが、突然立ち止まった。
「リアム様の顔がまともに見られないのです」
「おい、グレミオ」
「考えないようにすると、よけいに汚らわしいことを思ってしまう。きっと、いやらしい顔をしてリアム様を見てしまう」
「そんなことはない、考え過ぎだ」 
「考え過ぎ、ですか?」
 疲れ果て、粉が吹いた白い顔だった。

「お前は、疲れているんだ。思い詰めるな。それにな、そんなに深刻になるほどのことか? 惚れたはれたってのはなあ」
 ビクトールは、湧き上がる嫉妬を押さえ込もうと努力した。
 工事の音が心臓の鼓動と重なった。
「お月さんに惚れたってわけでもないだろ?」
「こんなはずではなかった。ここに来るまでは、こんなことはなかったんです」
「少し酒でも飲んで、気分転換すればどうだ?」
「私と寝てください、ビクトール」 唐突にグレミオは言った。

「……話が、飛躍し過ぎだ」
「宿で、と言うわけにはいかないから、町の外で」
「そうだな。行こうか」 
「怒らないんですね」 
「おれは心優しい男なんでね」
 不本意だが、代用品になってやる。それで気が紛れるのなら。

 町を抜け出し、暗い雑木林に入ると、気配に怯えたコウモリが飛びまわった。
「気味が悪いですね」
「宿に戻るか?」
「そうですね。ここは蚊も多そうだし」
 グレミオは、そういいつつマントを脱ぎ、そばの枝にかけた。
 そしてビクトールの体を木の幹に押し付けて、ビクトールの胸当てをはずした。

 うつむき加減のその顔は、ひどく青白い。
 色の薄いまつげの下から、いっそう青く見える目で見上げる。
 ビクトールは、息が苦しくなった。

 逃げ出したい。 どうしてこんなことになったのだろう。
 好きな女となら一晩でも楽しめる。 だが今はグレミオと寝たい。
 このクソ生意気な男の、あられもなく取り乱す体を、もう一度抱きしめたい。

「いつもこんな薄着をして、風邪を引きますよ」
 その声は諭すように優しかった。
「そういいながら脱がせるな」
「この袋もここにかけておきます」
 半裸にしたビクトールの首から胸、腹部へと軽く噛みながら唇を走らせ、唾液まみれにしたあと片膝をついて、ビクトールの腰紐をとき、ズボンを落とした。
 あきらかに慣れた手つきだった。

「ビクトールはいつも元気ですね」
 小さい声でささやいたあと、ビクトールのものを口に含み、グレミオはゆっくりと顔を動かした。
 柔らかい舌の動きに、ビクトールは痛いほどに高められていった。
 金色の前髪が細かく震えている。

 ほっそりした肩に手を掛けて、ビクトールは体を引き離した。
「かわいそうなやつだ」
 抱きしめると、服の上からでも骨格の細さがわかる。
 この腕で、重い斧を振るうのだ。
 唇を合わせると、唇も舌も溶けてしまうくらいに柔らかく、閉じたまぶたも薄い。

 これが女なら、会った瞬間に恋に落ちてもいただろう。
 しかしこれは男であって、しかも心はここにない。
 このような難儀な相手ははじめてだった。

 なめらかな頬の、深い傷跡を、ビクトールは指でたどった。
「自分で斬ったのか?」
「なにを?」
「その傷だよ。おれみたいな野郎にやられないように、自分で斬ったんじゃないのか」
 グレミオは首を振った。
「これは、坊ちゃんを守りそこなったときの傷です」

 ビクトールはグレミオの背後にまわり、長い髪を払いのけて、肩越しに唇を要求した。
 グレミオの前歯を舌で数え、その柔らかい舌から唾液を奪った。
 そして細い腰を捕らえた。

 ベルトを抜き、時間をかけて手でグレミオを慰めた。
 付き人が長い腕を伸ばして、ビクトールのものを自分の体の中へ導き、立ち木の幹に手をついて体を支えた。
 つながってしまったものは、さらにつながるしかない。
 ビクトールはゆっくりとグレミオを貫きながら、いとしい男を手で慰めつづけた。
 グレミオが声も上げずに果て、自分も達してしまうと、テオやリアムの名を呼ばなかったことに感謝して、手の平に放たれた体液を全て舐め取った。

「ビクトール、そんなものを舐めたら舌が痺れますよ」
 まだ顔を紅潮させているグレミオは、息を弾ませながらたしなめた。
「お前のものなら何でも食える」
「ゲテモノ好き……なんだから、本当に」
「セミの子や蜂の子と同じだ。一度食ったら病み付きになる」
「……私は虫は食べたけど、それを舐めるのだけはかんべん……」
 ビクトールが顔を近づけると、グレミオは懸命に顔をそむけた。
「ビクトール、だからその、私のものを舐めた口にキスするのはちょっと……」
「自分のものだろ、何でいやなんだ」
「自分のだからいやなんです」

 しかし口を合わせてしまうと、付き人は体の力を抜いた。月明かりの中で、二人はいつまでも互いをむさぼりつづけた。
 この異常に高められた欲情が、催淫剤のためだとは、二人には知る由もなかった。

 彼らはついにリュウカンの庵にたどり着いた。

 肝心のリュウカン師は、解放軍への協力を拒んだ。
「こんなところまで追ってくるとはな。しかしわしはもう疲れたのだ、いかな薬にせよ、調合するつもりはないよ」

 坊ちゃんに代わって、グレミオが懸命に説得を試みた。
「リュウカン先生! ミルイヒの毒の花粉で、大勢の兵士が亡くなっているんです、このままでは犠牲が増える一方です」
「どうしろというんだね?」
「あなたのお力で、花粉を無毒なものにできないでしょうか」
 リュウカン師は困惑の色を浮かべた。
「うむ……できんことはなかろうが……もう、わしは隠居したからのう」
「先生、お願いします。人の命がかかっているんです」

「そんなものを作られては困りますな、リュウカンどの」
 高笑いをあげながら、空からミルイヒ花将軍が舞い降りてきた。
 見れば、愛用の龍にまで、きらびやかなアクセサリーをつけているではないか。
 とことんけばけばしい男である。

「マクドールの名を汚す謀叛人。いかにも悪党らしい顔になってきましたな、お父上はさぞお嘆きでしょうに、親不孝なことよ」
「リアム様と呼べ!」
「グレミオ、落ち着け。こんな奴に何を言われても、おれは平気だよ」
「これはこれは、マクドールの下男もいっしょでしたか。熊までつれて、仰々しいこと」
 熊と呼ばれて、ビクトールはほえた。
「そういう貴様は、いったい何なんだ!勝手なことを抜かしやがって、この孔雀男め」

「あのワインはいかがでしたか」

 ミルイヒは彼らの怒りを無視して、薄笑いを浮かべた。
「リコンの宿で私があなた方にさしあげた、特製ワインですよ、飲んだんでしょう」
「何のことをいっているのか、さっぱりわからんぞ」
「効き目はどうだったかときいているんです」

「こいつ、何の話しをしているんだ?」
 坊ちゃんはグレミオをつついた。グレミオは頭を振って見せた。
「さあ? 私にもさっぱりわかりません」

「あれには催淫剤がたっぷり入っていましたのでね」
「サイインザイって何?」
 坊ちゃんはまた付き人をつついた。付き人は答えなかった。

「私が調合した媚薬です。飲んだなら、効いたはずですよ……動物で実験済みですからねえ」

「ねえ、あいつ何のことを言っているんだよ」
「坊ちゃんは、お聞きにならないほうが……」

 ビクトールが怒鳴った。
「あれは、急流で落としてしまったのさ」
「嘘でしょう、熊男」
「ふん、残念だったな、うせろ、インポ野郎!」
「下賎のものはこれだからいやなのです」
「それより何の用だ?」

 背後から龍使いが忍び寄っていることに、誰一人気づかなかった。
 気づいたときには、老人の軽い体は、龍の背中の荷台に押し込まれていた。

「リュウカン師は、ソニエール監獄にご招待申し上げます」
「卑怯者! 撃ち落してやる!」
 クレオがナイフを投げようとするのを、ビクトールが制した。
「だめだ、リュウカンどのに当たる!」

 花将軍はあざ笑った。
「難攻不落のソニエール監獄です、あなたたちごときには破れないでしょうがね」
 香りを残して、花将軍は去った。空に逃げられては、彼らには為すすべもなかった。

 ビクトールとフリックは、烈火のごとく怒っていた。
「こんな屈辱はないぞ! 目の前でさらわれるとは!」
「ソニエールか。また厄介なところに」
「私たちだけじゃあ、もう手におえないよ。いったん戻って、軍師どのに相談しましょうよ」
「クレオさんのいうとおりですよ、坊ちゃん」
「そうだな」

 リアムは、心中、煮え繰り返っていた。
 完全にしてやられた。おれたちはいったい、何をしているんだ?
 だいたい西方に来てから、トラブル続きだ。
 食中毒。ビクトールとグレミオの行方不明。
 船を改造して、苦労してリュウカンの庵にたどり着いたら、このざまだ。

「グレミオ……」
 リアムは付き人の蒼白な顔を見上げた。
「おれたちはいったい、何をしているんだ?まるで、道化じゃないか!」
「短気を起こしてはいけません。坊ちゃん」
 いさめる付き人の声は、疲れきっていた。
「道はきっと開けます。必ず」

 軍師マッシュは、話を聞いても顔色一つ変えなかった。
「私に策があります。今夜は、ゆっくりお休み下さい」

「ひとまず風呂でも浴びてさっぱりして、それから一杯やろうか」
「グレミオ、どこ行くの?」
 リアムは、なぜかついてこないグレミオに声をかけた。
「先に行っていてください、坊ちゃん。私は先に洗濯をしてから追いかけますから」
「そんなの後でいいじゃないか。風呂が先、ほら」

 グレミオは最近疲れ気味のようなので、リアムは気にしていた。
 脱衣場でいつものように脱ぎ散らしかけて、リアムは思い直し、服を畳み始めた。
 グレミオはいつも、当然のようにそれをきちんと畳んでくれた。
 自分で服を畳むリアムを見て、付き人は不思議そうな顔をしたが、何も言わなかった。
 リアムもようやく、自分があまりにも過保護だということに、気づいていた。

 風呂ではリアムは付き人に背中を流してもらい、頭から湯をかけてもらって髪を洗う。
 そのあと、リアムはグレミオに言った。
「背中流すよ」
「え、いいですよ、そんな」
「ほら、早く向こう向いて」
 付き人の背中には、無数に蚊に刺されたあとがあり、腫れ上がっていた。
「ひどいな、気分悪いだろう。どこでこんなに刺されたんだろうな?」
 何気なく言ったつもりだった。しばらく付き人は黙っていた。

「……野宿しましたからね。刺されるとなかなか治らないんです」
 リアムは、そう勘が鋭いほうではない。しかしこのときは、奇妙な思いにとらわれた。
 グレミオは、様子がおかしい。別行動でリュウカンを探しに行ってから、ずっとだ。
 声の感じとか、表情がどことなく変だ。
 


 リアムはその夜、とうとうグレミオに問いただしてしまった。
「何かあったのか?」
 ぼんやりしていたグレミオは、生気のない顔を上げた。
「何があったんだよ? 半分死んだみたいな顔してさ」
「坊ちゃん?」
「何だかお前、元気ないし、昨日だって、夜中に出ていって」
 そして、言わずもがなの一言を言ってしまった。
「ビクトールも帰ってこなかった」
「ちょっと、飲みたくなって、たまにはね」

「ビクトールと飲んでたのか?」
「そうです。仲間うちでけんかしてばかりじゃ、よくないですからね」
「どこの酒場で?」
 付き人は黙っていた。

「宿の酒場にもいなかったし、心配したのに」
「あの……探してくださったんですか?」
「探した。探したさ! 港まで行って探し回った!」
 突然の感情の暴走を、リアムは止めることができない。

「夜中にビクトールと帰ってきただろ」
「……」
「どこに行っていたんだ」
「だから言ったでしょう、お酒を飲んでいたんですよ」
「お前は酒臭くなかった。心配で眠れなくて、おれは起きていたんだ」
 あのとき、グレミオは別の匂いがした。情交のあとの匂い。
「……」
「どこで、何をしていたんだ! 答えろよ!!」
「そんなことより、リュウカン様のほうが心配じゃないんですか……」
「話、そらすな!」
 付き人の頭を両手でつかんで、無理やり顔を上げさせた。
 付き人は、目をそらした。

「女の人の所と遊ぶところへ行ったんです、坊ちゃんはもっと大人になってからね」
「嘘つくな」
 グレミオは少し眉をひそめた。
「……そんなにつかむと、痛いじゃないですか」

 突如、リアムは訳のわからない衝動に駆られた。
 気がついたら、つかんだ腕をねじ上げて関節技をかけていた。
「坊ちゃん……どうか、放してください……」
「やっぱり、お前はビクトールと!」
「ち、ちがいま……」
「放さない。お前が白状するまで」
「坊っちゃんには関係ない……」
 リアムは手を緩めた。
 開放されたグレミオは、苦しそうに息をついている。

「お前が、悪いんだ」
「……」
「なんで、あいつなんだよ」
 リアムは泣きたかった。
 グレミオを問い詰めながら、自分もずたずたになりそうだ。
「いいわけぐらいしろよ」
 知らない人のような声で、グレミオは言った。
「そうです。ビクトールと寝ました」
「お前なんか、顔も見たくない!」
 うつむいたままグレミオは出て行こうとした。

「待て。どこへ行くんだ」
「……お疲れでしょう。もうお休みください」
 リアムはグレミオの腕をつかんで、うなった。
「ばかやろう」
 見下ろすグレミオの顔が、ふっとおだやかになった。
「ミルイヒが言ったように、私たちは確かに飲みました。 ただでもらったワインを。 変な薬を盛られてたみたいです」
「……」
「あいつ、催淫剤とか言ってました。毒を盛られなかったのは不思議です。でも、そんなの、きっと関係ないんですよ」
「何を、言っているんだ?」

 とりとめもなく、グレミオはつぶやきつづけた。
「私がどんな人間か、やっとわかりましたよ。きっかけさえあれば、誰とだって寝るヤツです。 
坊っちゃんにあれこれ説教できるするような、人間じゃなかったんです」

 リアムは、ショックを受けて黙っていた。
 お堅いグレミオがこんなことを言うなんて、とても信じられなかった。
 
「私はあなたを守ります。この斧に誓った。それだけは信じてください」
 ドアの向こうに、緑のマントが消えていくのを、リアムは黙って見送った。
 追いかけて引きとめることができなかった。
 そのことで、リアムは長い間苦しむことになった。


END


解放軍の部屋へ戻る