ハルト Take4 (船大工トーブ Part.2)
2006/07/29
屈強な船大工たちとて、一週間に一日も休まないでいては、疲れで能率が下がる。
いらぬミスもしでかすかもしれぬ。
王に進言して週一回休む許可を取り付けたのは、船大工棟梁のトーブだった。
かつて群島の海を駆け巡り、勝利を導いた無敵の巨大船は壊れてしまったとはいえ、今のところ再びいくさが起こる気配はない。そのため職人たちには幾分余裕があり、週末にはいっせいに仕事を休むのだった。
その職人のいないドックに、黙々と仕事を続ける棟梁の姿があった。
屈強な体に恵まれていることもあるが、実は一日も船から離れたくないというのが、彼の本音であった。
設計するのも楽しいが、ドックで自分の設計した船に命が吹き込まれようとするときに、家で休んでいるなど考えられない。
そうやって仕事をしていた昼下がりのこと。遠くから雷が聞こえてきて、ドック入り口から激しい雨の音がしていた。
どうやら外は夕立のようだったが、岩山の中にあるドックには外の天候の影響はない。
ただ、入り口から水の音がするだけだった。
「夕立か?」
トーブはさして興味もなげにつぶやき、また一心に仕事を始めた。
後ろに誰か立ったのも気づかなかった。
「トーブ」
声を掛けられるまでわからなかった。
気づいたら、すぐ後、息がかかるほど近くにオベルきっての航海士、もとい海図職人が立っていた。後れ毛の先から水滴が絶え間なく落ちていた。航海士は笑いながら着物の裾を絞った。水滴が勢いよく足元に落ちた。
「ずぶぬれだ。いきなり降ってくるんだから」
雨に濡れたというより、池に頭から落ちたといったほうが近い。
「どうしたんだ、風邪を引くぞ……家にいればもうすぐ帰ったのに」
「棟梁こそ早く帰ってくればいいのに。せっかくの休みなのに」
ハルトは笑いながら、トーブを見つめた。色白の滑らかな頬が水で濡れて、上着も濡れてぴったりと体にまとわりついている。
トーブの頭に「水も滴る」という古典的な言葉が浮かんだ。薄い着物が体に貼りついて着崩れ、胸元にも雨の水が滴っていた。
悩ましい姿だったが、トーブはしかし平静を装った。
「まだ降ってるか?」
「うん。夕立なのにまだ止まないよ。ずっと降るのかな」
ハルトはそういうと、ぶるっと震えた。船大工はあわてて自分の着物を脱いだ。
「これに着替えておけ。まだほんの少しかかるから」
「え、だって棟梁は?」
「おれは、ハルトの着物を着て帰る。大丈夫だ」
ハルトはそんなとき、親切を拒んだりはしない。それじゃあ、とつぶやくと、さっさと脱ぎ始めたのだった。上着を取り、ゆったりとしたズボンを脱ぎ、「パンツもびしょぬれだ。トーブのと交換してくれ」と笑いながら、それも脱いでしまった。
トーブは「お前が気にしないのなら」と口ごもりつつも、服を脱ぎ、ハルトの肩に掛けてやった。
脱いだら最後、絶対に押さえが利かなくなると思いつつも、ズボンを脱ぎ下着を脱いで、それらをハルトに手渡した。その間にも、うっすらと肉の乗った白い胸と、ちらりと覗く乳首、滑らかな下腹部から目が離せない。
ハルトは下着を受け取ったが、それを掴んだまま、トーブの腕の中に滑り込んできた。雨に濡れても熱い体。あまりに熱く、雨が蒸発しそうだ。
棟梁はハルトの肩を抱いたが、軽く押し戻そうとした。
「ハルト……いけない。ここは神聖なドックだ……」
「棟梁、意地悪を言わないでくれ」
恨むような目を細め、ゆっくりと棟梁の胸に顔を埋めてきた。
やわらかい唇が棟梁の胸板に触れ、裸の太ももが触れ合った。そのとたん、船大工の自制心はもろくも崩れた。
(ここは神聖なドック。汚してはいけない)
そんな言葉など、消えるのはあっというまだった。
もともと自制心などあったのかどうかすら疑わしいほどに、勢いよくはじけ飛んだ。
膝にハルトを乗せ、唇を重ねた。二人とも凝り性であり、職人肌であり、完ぺき主義であり、手短に情を交わす、などということは彼らの辞書にはない。
愛し合うときは徹底的に。互いに血がにじむまで、濃く激しく愛し合わねば、二人は止まらないのだった。
「ハルトの身体の海図がほしい。どうやったらもっと良くなるんだ、教えてくれ。」
棟梁が激して口走るのに、ハルトはうっとりと返した。
「棟梁にそんなもの必要ないよ。棟梁の触れたところがおれのいいところだ」
いつか互いの頭巾も解け、髷もほどけて両肩に落ちるほどに愛し合い、荒い息をしたハルトが棟梁の腕の中で小さなくしゃみをして、初めて我に返った。棟梁は耳にキスを落としながら囁いた。
「……風邪を引いてしまうぞ、ハルト」
「そうしたら、棟梁があっためてくれるからいい」
ハルトは細い目をさらに細めて微笑んだ。その、ふっくらした桜色のまぶたを見ると、船大工はまた愛しさがこみ上げ、抱きしめてしまうのだった。
「ハルト、この船は誰が何と言おうと、ハルト丸だ。ずっとそう呼びながら作ってるんだ」
「棟梁」
座って抱き合ったまま、次第に交わりを深くしていくと、ハルトは潤みきった目でトーブを見つめ、耐えかねたように目を閉じた。
棟梁は航海士の柔らかい手のひらに口をつけた。
「今度こそハルトの腕が傷まない舵を作る」
「棟梁……」
髪を左右にゆするその様に、この若者の姿を船首像にしたいと本気で思った。。
「ハルトの像を船首に据えて、どこまでも走る船にするぞ」
広いドックの空気が互いの匂いで満たされ、あえぎ声で一杯になるまで。睦みあう彼らには、もはや雨の音も聞こえない。
彼らの船はすでに建造され、儀装され、天高く巨大な帆を揚げて、大海原に出航していった。
二人にとって、これを誰かに聞かれていたなどということは、実に夢にも思わないことだった。
(owari)
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