右手にはいつも水の紋章 3
2005/08/20
スノウはおれの目の前で上着を脱いで、旅の封印球に掛けた。
部屋をほんのり照らしていた青い光が、それで幾分さえぎられた。
封印球は震えるような音を立て続けていた。まるで怒っているかのように、唸りながら強い光を発していた。
スノウが驚いて上着を封印球から取り戻したので、ようやく球は唸るのをやめ、おれの横に座った。
おれはいまさらだが不安になっていた。不安になるタマじゃないと自分でも思うが、やっぱり不安だった。
「スノウ……この紋章が、その、最中に暴発とかしたら、ちゃんと逃げてくれよ?」
スノウはたしなめるように、おれの額に自分の額をこつん、と当てた。
「そんなことにはさせないよ」
それから、スノウはおれの顔を上向かせて顔を近づけてきた。おれは目を閉じた。乾いた唇を合わせると、スノウ坊ちゃんはおれの唇に軽く歯を当ててきた。首にもごく軽く唇をつけてきた。
キスをしながら、スノウ坊ちゃんはおれの左手を掴み、自分の滑らかで白い胸に当てた。手のひらを通して、スノウの鼓動が早くなっているのを知った。
気が遠くなりそうだった。
なりそう、ではなくて、本当に気が遠くなりかけていた。おれはベッドの背もたれに背中を押し付けられて、スノウに身を任せていた。かなり長い間そうして、唇を重ねていたと思う。
スノウは体を少し離し、おれの肩に額を置いて、息をついた。多分スノウも少し頭がふらふらしていたのだろう。
つかの間そうして休んで、スノウはおれの太いベルトに手をかけ、小さな声で言った。
「これはどうやって外すんだい?」
おれはあわててベルトを外し、スパッツごと自分の短いパンツを下ろし、ベッドの下に落とした。スノウはベッドの上に体を起こし、さきほど脱いだパンツを再び脱ぎ捨てた。
手を自分の後ろに伸ばし、何かしているのはわかったが、スノウは顔を背けていて、表情を読み取ることはできなかった。
しばらくしてスノウはおれの腹の上に跨り、壁に片手を付いて支えた。
「心配要らないから」とつぶやいて、ゆっくりおれの上に体を落としてきた。
おれはスノウの手につかまれ、スノウの体の中にねじ込まれようとしていた。だがとても狭くて、こちらのほうが痛みを覚えるほどだった。のた打ち回るような甘い痛み……。それは今まで一度も味わったことのないものだった。
地獄のように熱く、甘くおれを包んだと思うと、不意におれを締め付け、引っ張んではまたつれなく押し出そうとする。それだけでも行ってしまいそうだった。
思わず体を浮かせると、「まだ動かないで」と懇願された。おれはあえいで、スノウに身を任せるしかなかった。冷たい指がスノウに入りきらないおれ自身に触れ、何かねっとりしたものを擦り付けている。
「先生がくれた塗り薬だよ。ちょっととっつきにくい感じだけど、ほんといい先生だ」
「スノウ、痛い?」
すると彼は、なにをいう、といいたげに微笑んだ。
「……かわいいイリス。行くよ?」
スノウは、さっきより少し強引に腰を落としてきた。
すべて入ったという感触があった。おれたちは完全にひとつになっていた。
スノウはおれの体の上で震えていた。軽く膝を立てた足も震えていた。スノウはおれを見下ろして、「イリス……」と言いかけて口をつぐんだ。
「なあ、痛いんだろ?」
答えはなく、スノウはゆっくりと、だけど容赦なく動き始めた。ベッドのヘリを掴んだ手が、白くなっていた。
体を落とすたびに、のどの奥で押し殺した声を上げて、それでもスノウはやめなかった。
だけどあまりにも気持ちが良すぎて、自分がまた膨張して、大好きなスノウを苦しめるのをどうすることもできなかった。
見上げるとスノウと目が合った。頬とまぶたが薄赤く染まり、とてもきれいだった。
スノウはおれの顔を思い切り上に向かせ、口を塞ぎ、舌を入れてきた……。舌があった瞬間、おれは全てを開放した。口を封じられたまま、全ての力が抜けた。
目を閉じて……スノウの腕の中……。スノウの中におれ自身をうずめてたまま、波間にゆられて。
引きずられるように眠りに落ちる前に、スノウが耳元でささやくのが聞こえた。
「きみがぼくを置いて死んでしまったら、ぼくは毎日泣き続けて、そのまま石になってしまうよ……」
イリスは健康な、静かな寝息をたてはじめた。
スノウはほっと息をつき、ゆっくりと体を離した。かなり無茶をしたかもしれない、と若者は思った。
イリスは「一晩一緒に」と願ったが、夜が明けるまで二人でこの部屋にいることは、軍主の評判をひどく落とすように思われた。とはいえ、何事もなかったようにすたすたと回廊を歩いていくことも、できそうになかった。
スノウは、眠ったままのイリスを起こさないように、慎重に体を起こして右手を差し上げ、ごく小さな声で唱えた。
「わが水の紋章よ。ぼくに優しさの滴を恵んでおくれ」
しばらくすると恵みの滴が降りてきてスノウを包み込み、荒々しい仕業による疲れを、跡形もなく消し去った。
「おやすみ、イリス」
満ち足りた顔で眠るイリスから答えはなく、若者は静かに立ち上がって部屋を辞した。
END
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