残照
夕日を浴びて、あの男がドアの前に立っている。古い案山子みたいに、寂しげに、沈む夕日を見つめている。やせぎすで背が高いオルナンの影が、長く長く路地の石畳の上を這っていた。
気が滅入る。本当は話しかけたくもない。
「おや、久しぶり、アカギ」
オルナンはそういうと、皺の増えた顔を綻ばせた。笑っていればただの初老の男だ、とても殺し屋には見えない。
「久しぶりだな。あの人は元気か?」
おれはそれには答えず、「カズラーの種を取ってきてくれ」短く告げた。オルナンは「つれないね」とため息をついた。
「わかった。それがあの人の依頼なら、明日にでも行ってこよう」
それでいい。おれはほっとして、懐の革袋を差し出した。中には金と、消してほしい人間の名前と居所が書いてある。
「まあ、あんたもトシだし、無理するな。ゆっくり旅を楽しんできたらいいんだよ」
オルナンは革袋を受け取ったが、中身を確かめることもない。そわそわしていると思うと、やにわにエプロンのポケットから、折りたたまれた封筒を取りだした。
「頼む、あの人に渡してくれ」
思いつめたような目で、封筒を俺に押し付ける。
それはもう何度も繰り返されてきたことで慣れっこだ。おれはオルナンに、デスモンドから言いつけられる、汚い仕事の渡りをつけ、オルナンのほうはデスモンドに、おれを通して手紙を渡す。手紙と言っても領収証でも請求書でもない、恋文に近いものだ。
好きだとか愛しているとか、そんな文句は入っていないが、おれにはわかる。必死の思いをつづって、いつもポケットに持っている。おれは内心の憐みを隠して、そっけなく答えた。
「あの人忙しいから、すぐに渡せるかどうかわからないっすよ」
オルナンは、「まあ、会えたらでいいさ。別にどうという内容でもない」と答えた。ぎゅっとこぶしを握ってうつむくありさまがひどく哀れだった。こんな風に哀れに老いていきたくない、そう思わせる姿だった。
上司のデスモンドに「どうという内容でもない」手紙を渡したのは、翌日のことだった。
「読んでくれますか?」
まあデスモンドの気持ちはこんなもん、必死の思いをつづった手紙を、安い忍びに読ませる程度のもんだ。
おれは事務的に読み始めた。
『お元気ですか。
このような手紙をこちらから差し上げる無礼を許してください。
私の忠誠はこの王国にでも、ましてや国王に、王女にでもなく、ただあなたに捧げています。
いつどこで果てようと悔いはありません。
それだけを伝えたかったのです』
デスモンドはため息をついて、苦笑して見せた。
「すみませんね、妙なものを読ませて。それは、処分してくれますか?」
「わかったよ」
妙なもの、か。
おれは心の底からでオルナンを哀れに思った。白髪になった今でも、鍛錬を怠らず、いつでもデスモンドの指令に動けるようにしている。金のためじゃない。
でもやつの思いは永久に報われない。
おれはいつにもまして虫の居所が悪く、つい口を滑らせた。悪い癖だ。
「会ってやらねえんですか」
デスモンドは不思議そうに俺を見る。
「会ってくれなんて書いてませんが」
「あんたな、行間読めよ! あんたの顔見て、声聞きてえって書いてるだろ、行間に! 」
「すごいですね、そこまで読み取れるなんて」
デスモンドは、骨の浮き出た顔で微笑んだ。
「でも困るんです。このガイコツみたいな顔を見て、あの人の目が覚めて、利用できなくなるのは困るから」
おれはぐっと詰まり、やっと言い返した。
「人でなしだな。病気になってますます人でなしだな」
デスモンドは笑いだした。
「その通りですね。でももう先がないんだから許してください。私が生きてるうちに、なんとかしとかないとね。フレア様は優しすぎて、リノ様は……あれで案外甘いのだから」
半分死にかけてるそいつはふいに、真顔になった。
「そうですね。今度帰ったら会ってみましょうか。私の葬式が発生する前に、例のあれを隠してもらう仕事も頼まないと」
例のアレ。
こいつが例のアレというと、紋章砲のことに他ならない。リノ王が破壊したことになってるアレは、デスモンドが偽物にすり替えて、自分の執務室の床下に、隠してしまった。
「例のアレのせいで、病気になったんじゃねえの?」
デスモンドは、笑っているだけだった。
2011年11月27日 1:51:58 AM
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