キアランと私

 トリニティ大学の前で大騒ぎをしたあと、キアランと私は無口になった。
 北へ抜ける目抜き通り……ウェストモアランド通りを並んで歩きながら、時計をこっそりみるともうすぐ12時だった。
 
 パブから酔客が追い出される時間だ。
 めずらしくバーでカクテルなんかおかわりして、すっかりいい気分になってたのに。
 昔からの友人であるキアランに、いきなり「愛の告白」などというものをされて、私の酔いは吹っ飛んでしまった。

 キアランは、海辺のクロンターフの教会の、司祭館に住んでいる。
 市内中心部からバスで15分のところだが、もう最終は出てしまったはずだ。
 奇妙に無口になったまま、私たちは歩いて、オレンジ色の街路灯に照らされたオコンネル橋のたもとまでやってきた。
 女神たちに囲まれた、建国の父オコンネルの座像に見守られながら、左に折れて、リフィ川ぞいに歩く。
 キアランは黙りこくったままだ。 なにかしゃべってくれたらいいのに。
 川沿いの店はすっかり閉まっていて、通りは暗い。
 この細い埠頭通りを、夜中だからスピードを上げて車が通りすぎていく。 排ガスの匂いと、リフィの磯臭い水の匂いが入り混じった風が吹きつけてくる。

 そう言えば並んで歩くとき、必ずキアランは車の通るほうを歩く。
 同い年なのに、まるで保護者みたいだと思っていた。 今から思うと、女の子みたいにかばわれていたのだった。
 カップルのそぞろ歩くヘイペニー橋を渡って、川の北側へ来ると私のアパートはもうすぐだ。
 リフィ川に面した古い建物で、きれいじゃないけど、便利だからもう何年もここに住んでいる。 

 黙ったままアパートに着いてしまった。 緊張のあまり、私はもうへとへとだった。
「えっと、送っていくね」
 私が自分のぼろ車を指差すと、キアランは頭を振った。
「酔っ払いの車には乗れない。 おれはまだ命が惜しい」
「い、いつも乗ってるくせに」
「今日はお前のところで泊まって、明日の朝帰ることにするから、ヨロシク」

 ヨロシク、なんて言われても困る。 この状況で家にあげるということは、何があってもいい、っていう意思表示をしているのとおなじだ。
 私にもいろいろ都合というものがあるんだ。その、気持ちの準備というか。
「ぼくは全然酔っ払ってないから大丈夫だよ、キアラン」
「じゃあ、それを証明しなさい」
「証明って……」
「一本足で立ってごらん」
 私は言われたように、一本足で立とうとした。 簡単じゃないか。
 でも奇妙なことに、すぐにふらふらして立っていられないのだった。
「ほら、酔っ払い」
 しかたなく私はアパートのドアを開けた。


 部屋の中には、夕食の匂いがまだ残っていた。とりあえずお茶でも淹れようと思い、私は台所へ向かった。
 キアランはヒーターを入れて、なんとなくテレビをつけている。
 いつもの爆音と、やかましいアメリカ訛りが流れてくる。 相変わらず、多国籍軍がどうした、イラクがどうした、クルド難民がどうした、こればっかりだ。
 威勢のいいのは、CNNとブッシュとアメリカさんだけ。 ああ、もう。戦争なんてうんざりだよ。
「もううんざりだな、戦争なんて」
 キアランが、私が考えていたのと同じことをつぶやいて、テレビを消した。

「ケイタ、ごめん。 バッファリンある?」
 飲みすぎて頭が痛くなったのだろう。
「救急箱の中だ。 適当に開けて取って」
 キアランが箱に手をかけるのを見て、私は飛び上がった。見られたくないものがある。
「ちょっと待ってくれ!!」
 私が救急箱を取り上げた拍子に、ふたが開いて、恥ずかしいものが丸見えになってしまった。
 白っぽい箱には、これ見よがしに『敏感肌用コンドーム』と書いてある。
 オウエンが去ってから、一枚も減っていない。 キアランは吹き出した。

「お前、今でも敏感肌?」
「そうだよ」
「どうりでくちびるが荒れてる。ほら、皮が浮いてる」
 そう言って、私のがさがさしたくちびるに手を伸ばした。
 ちかっと痛みが走って、皮を剥かれたらしい。
「血が出た。 ごめん」 といって、キアランは笑った。
「痛いじゃないか。 何するんだ」
「舐めときゃ治る」
「ばかっ!!」
「怒ると禿げるよ、ケイタ」
「ぼくのことより、自分の髪を心配しなさい!!」
 キアランは笑いながら、私の顔を引き寄せた。そして本当に私の口を舐めた。

 軽くキスをして、それから何回もキスをした。 日向くさいコートを着たままだ。 グローブみたいな手で、私の後ろ頭を支えて、だんだん本気になってくるのがわかる。
 私はキアランの肩を押しやって、うつむいたまま尋ねた。
「キアラン、お茶は……」
「いらない」
 のどの奥でごろごろいうような声だった。
 それから、私を抱え込んで、一言もいわないで顔を近づけてきた。
 灰色のセーターの襟からみえるキアランの首が、紅潮していた。
 キアランは私の手首をつかみ、勢いよく食器棚に押し付けたので、がしゃん、とすごい音がした。
 大きい体に飲みこまれたまま、またキスされた。 息が苦しくなってきて、私はキアランの肩を押しやったが全然動かなかった。
 力も入らなくて、半開きになった口からキアランの頑丈そうな舌が入ってくる。 


 前にもこんなことがあったと、私は酔っ払った頭で考える。
 学校付属の教会の聖具室で、礼拝の片付けをしているとき、顔も知らない上級生だったか誰だったかに捕まった。
 キアランが助けてくれなかったら私は乱暴されていたかもしれない。
 ドアがすごい勢いで開き、キアランが飛びこんできて、上級生を殴り倒して、そいつが逃げ出した後だ。 キアランは私を抱いてキスをした。 どうして忘れていたんだろう。
 私が、上級生に捕まってどんなに怖かったかを必死に言いつけると、キアランは悲しそうな顔をして頭を撫でた。
 同い年なのに、私はいつのまにか保護者の役を押し付けてしまっていたのだ。
「もう大丈夫だから、パット」
 そう何度も言ってくれた。 引き伸ばすような、甘ったるいアメリカ訛りで。
 キアランは当時、アメリカ訛りがきつかった。
 小さいころ親とアメリカに移住していたそうで、アイルランドに帰国して間がなかったから。


 あれから十五年もたったのか。 現実に戻らなければ。
 いつのまにか床に引き据えられて、体を探られていた。あきらかにやけっぱちの激しさだった。 やつはすっかり切れていて、もう何も考えていないみたいだった。
 もうこの歳で私の保護者はやってられないってことか。 もうどう嫌われても平気だってことか。
 半泣きで私は訴えた。
「床は、痛い」
 キアランは、私の手を引っ張って起こして、それから黙ってベッドに引きずっていった。
 もちろん初めての経験ではないけれど、やつの顔が怖かったので私は不安だった。

「頼むから黙ってないで、何かしゃべってくれよ」
 やつは私の顔を見て、ふと表情を和らげた。
「お前がはじめて教室に来たときだ。 小さくて丸顔で、目が丸くて、かわいかった。 アストロボーイが来た、と思ったよ。 12歳だなんて信じられなかった」

 日本のアニメーションはとても人気があって、とくに「鉄腕アトム」が流行っていた。 アトムはアストロボーイと名を変えていたけど。
「お前は、あのときからちっとも変わらない。 おれのアストロボーイ」
 そんなはずあるか! と叫びたかったが、私は黙っていた。

 もうキアランは何も言わず、私を脱がせて、自分も全部脱いでしまった。
 ちらっとやつの裸を見たけど、ちょっと正視に耐えない恐ろしい風景だった。
 それから、重すぎる布団みたいに私の上に乗った。 でもあまりにも身長差があって、それにどうやらキアランは、男とするのははじめてらしかった。
 ない、ない、穴がない! とやつが慌てているのが、手に取れるほどだった。
 今ごろ思い出したか。 私は男なんだ。 そんなとこに穴なんてあるか!
 果たせるかなやつは、狼狽した顔で、「ここから、どうしたらいいんだ?」と言った。
 私は吹き出した。 泣きたい気分がちょっと和んだ。
「ちょっと待ってて」

 私は台所に立って、救急箱を開けた。 敏感肌用、を持って戻ってきて、一つ開けた。
 それはアトピー体質の人でも使えるように、アレルゲンを抜いた特殊なゼリーを塗ってある。 それを、キアランに装着させようと試みた。
 ばかだった。 全然入らないのだ。 いかに私のソレが貧弱かということだ。
 見ればわかりそうなもんじゃないか。
「ごめん。 小さかったみたいだ」

 今度は、フェニックス公園で配ったやつを持ってきて試した。 今度はうまく行った。
 いろいろ苦労しているうちに、それがまた刺激になったようで、やつのセガレは、今となっては同じ人類とは思えないほど、ご立派だった。 ますます私は怖気づいた。
「で、どうするんだ? ケイタ」
 どうするって。 私はコレしか知らない。 大口を開けて、ぱくっとくわえたのだった。
 それでキアランをイかせようと、勤勉な私はがんばった。
 あごが痛くなり、舌がくたびれて、くちびるが痺れるほどがんばったが、無駄に興奮させるばかりで、どうしてもイかせることができない。
 私が下手なのかもしれない。

 キアランは小さいため息をついて、いきなり私を組み敷き、脚を広げさせた。
「キアラン、いやだ」
 私はあわてて抵抗したが、やつはきき入れなかった。
「今日は聖パトリックの日で、聖キアランの日でもある」
「それがどうしたっていうんだよ!」
「パットとキアランは、今日こそ合体すべきなんだ!」
「が、合体!!」
「おれの愛、受け取れっ!」
「ば、ばかやろ〜!」
 背中を叩いて抗議したが、やめてくれない。
「ひ、日付だってもう替わって……聖パトリックの日は終わったよ。 もう3月18日……や、やめろってば!」
「少し静かにしてなさい、パット」
「入るもんか、おまえのクソでかいムスコなんか! 壁の穴とでもやってろ、バカ司祭!」

 キアランは、私の下品な罵倒を完全に無視して、ひたすらつついてきた。
 啄木鳥みたいに、つつく、つつく。 とにかく、つつく。 ふん、つっついたって、女じゃないんだからなにも起こらないよ!
 やっと気づいて、キアランは自分の唾液を使った。
 それでやっと少しだけ入れることができ、キアランは陶酔の表情を浮かべた。
 私のほうは、巨大なうんちの産みの苦しみを味わうようなもんだった。

「は、入った、とうとう、入った……パット……お前の中は熱いよ……」
「あほ〜〜! うっとりするな、出せ、出すんだ、そこで休むな、痛いっ、き、切れる! この歳になって痔になるなんてやだ! 肛門科でケツなんかまくりたくな……あ、あ、それ以上入れちゃ…………ぎゃ〜〜〜!」
「ああ、パット……愛してる……長かった……十五年……待った!」
「いい、痛いっ、 こ、腰動かすな、揺らすんじゃない……!! き〜〜〜っ!!」
「パット、お前の声、最高だ……おれたちの愛のミサ、一生忘れないよ!!」
「な、何いってやが……天罰が下るぞ、おたんこなす、あ、あ、やめろってばあ!! ちっくしょ〜、聞こえないのかあ!」

 恥も外聞もなく私はわめいた。
 うるさいと思ったらしく、キアランは私の口に手近にあった布を突っ込んできた。
「もがもがもが!!(ふぁっくゆう!!)」
 そうしておいて、キアランは狂ったように突き上げ始めた。
 ひどい、あんまりだ、こんなの。

 気がついて、やつは動くのを止めた。
 そして、あわてて私の口の中に突っ込んだ布、それは私のパンツだったが、それを引きずり出した。
「ごめん、パット。 そんなに、泣くほど、つらいか?」
 パットって呼ぶなって、怒る気力がもうない。
 さっきから、痛いっていってるじゃないか。 どうして聞いてくれないんだ。
 キアランは、どうしたのか、今にも泣きそうな顔でこう言った。
「パット、ごめん。 お前のおかげでおれは……グレもせず、まっとうに生きてこれたのに……おれはお前にひどいことをしてる」

 やつはなにを言ってるんだろう。 逆だろ? ずっと守ってもらったのは私じゃないか。
「ずっとがまんしてきた、でもこうしないではいられない。 もうがまんできないんだよ」
 そんなにがまんしてたんだ。 私は気づかなかった、友達なのに。
 知っていたら、もっと早くキアランが私に触れようとしていたら、拒んだりしなかった。
 かすかに震えている赤い巻き毛をそっと梳いてやると、キアランは私にキスをした。

 ふっくらした、なめらかなくちびるで、それが私の下くちびるを優しくついばんで、それから少し強く押し付けてきて、私の口を開かせて、それから。

 キアランの清潔な舌が、聖別されたパンみたいに私の口に差し出される。
 私は目を閉じて、それを受け取って、大切に味わって、自分のものにする。
 
 キアランが何か耳元で言っている。
 何て言ってるのかわからないけれど、それは耳に心地く、ふわっと体の力が抜けていく。
 キアランが、またゆっくり動き始めたときは、もうそんなに痛くなかった。
 くすぐったいみたいな不思議な気分、ずっとそうしてくれるのを、実は待っていたみたいな気分だった。
 とても、いい気持ちだった……声を上げて笑いたいぐらいだ……私はどうしたんだろう?
 体の中でキアランがどんどん大きくなっていって、かれを包み込んでどこまでも、私の体が広がっていく。
 風船みたいに、体が軽い。 夢を見て、達したときみたいだ。
 ぼんやりと開けた口の中に、ぱらぱらっと、キアランの塩辛い汗が入ってきた。
 何か叫んで、キアランは私の上におおいかぶさり、激しく震えながら、骨がきしむほど私を抱きしめた。
 それからキアランは何か言いながら、私の顔を撫でていた。
 もう眠くて、悪いけどまともに応答できなくて、そのまま引きずり込まれるように眠ったらしい。

 目が覚めると朝で、キアランはもういなかった。 朝だというのに、体がまだふわふわして、なんとも頼りなく、熱いシャワーでも浴びないとしゃきっとしそうにない。
 でも今日は仕事だ。 今日中に、仕上げなくてはならない金型がいくつもある。
 しゃんとしなくては。
 ベッドサイドの鏡で、まさかと思うけど、アトなんて残っていないだろうな、と確認する。
 うん、大丈夫だ。
 そう思ったのが間違いだった。 両手首にくっきり、手の跡が残っているじゃないか。
 キアランに手首をつかまれたときのだ。 どうやら、シャツで隠れそうにない。
 考えてもしかたがない、とにかくシャワーと思ったとき、電話が鳴った。
 受話器を取ると、しばらくして、何だか歯切れの悪いキアランの声がした。

「お、おはよう、パット」
「おはよう、じゃないよ。 バカ!」
「すまん……その、痛くないか?」
「まだ腰が抜けてるよ」
「……ごめん」
「手首だって真っ青だ。 キアランがつかんだからだよ。 恥ずかしいったら」
「え? そうなのか?」
「今度は、アトをつけないでくれよ」
 私は少しだけ優しくそう言った。
 しばらく間が開いて、少しうれしそうにキアランは「了解」と答えた。



小説トップへ戻る

トップページへ戻る